婚約者、と言われた時頭の中が真っ白になった。
そういえば、今回の親睦会には彼らの婚約者も顔を出すと情報が入って来ている。
その間は彼の隣りにいるのは自分ではなく、某有名政治家のご息女である彼女。
その顔に見覚えがあるからタチが悪い。
ほんの少しの時間だけだ、と自分に言い聞かせても心臓がキリキリと痛かった。
馬鹿らしい。
こんな感情、何の特にもならないのに。
「疲れる・・・・・・」
着慣れない礼服はなんだか息苦しく普段より緊張する。
いつもは被らない儀礼用帽子もなんだか暑苦しかった。
優雅な曲が流れる親睦会。
若い生徒に紛れて、明らかにお前生徒じゃないだろうという歳のオジサンが仮面をつけて自分達と同じ服を着ているのは
気のせいだろうか。
「気のせいじゃない。政府のお偉方が混ざっている」
隣りに居た克己の一言に脱力。
仮面舞踏会である為のもう一つの理由はそれか。
政府のお偉方が気兼ねなく新入生を狩る為、別名今年の新入生お披露目会といったところか。
美形ぞろいの軍でお気に入りの子を見つけて国家権力の名の元で喰ってしまおうという魂胆が見え見えだ。
でも、それを喜ぶ人間もいるだろう。いいパトロンを見つければこの先色々な面で役に立つ。
けれど翔にはまだそんな勇気はなかった。
「お前だったら多分5歩くらい前に出たら7人は集まってくるぞ」
克己のからかうような台詞には思わず表情を顰めてしまう。
「うっわー・・・・・・カンベンしてもらいたいよ」
広い館内では女生徒達が色とりどりのドレスを着てくるくる踊っている。まるで小さい頃見たオルゴールの人形のようだ。
日頃土臭いことしか出来ない彼女達にとってはいい催し物なのかもしれない。
舞踏会とか夜行会とか、きっと主役は女性だ。
でも、その姿に舐めるような視線がまとわりついていることに気付けるほど、彼女達はまだ経験をつんでいない。
「俺、男なんですけど」
「今更だな」
綺麗な彼女達を差し置いて7人も自分に寄ってくるもんか。
そういう意味を込めての抗議だったけれど克己はさらりと返してくる。
なんなら試してみろ、とすでに仮面を外していた眼がちらりと真ん中の方を指した。
「・・・・・・やだ」
「なら俺から離れるなよ」
「はい・・・・・・」
そういえば他の友人達はどこにいるのだろう。この広い会場の中適当に時間を潰しているとは思うが。
このまま壁に背をくっつけていたら、ワルツを習った意味も殆ど無い。
まぁ、それも有りか。
ぼーっとしていると人の間を潜り抜けて一人の男が二人の前にやってきた。
噂の、紛れ込んだ政治家の一人だろう。仮面から覗いた肌が若くない。
「ああ、君達、ちょっといいかな?」
どことなく息が荒いのは気のせいか。
その態度を不気味に思い、反射的に後ずさろうとしたけれど背中はすでに壁についているから無駄だった。
自分とは反対に前に出て克己がじろりと相手の男を睨みつける。
「何か?」
殺気が込められたその眼に男は震え上がっていた。
その眼は演習や授業の時に相手を怯えさせるもの。
大体、まだひよっこだけれど軍人に睨まれて平気でいられる人間はいないだろう。
引くか?と思った、が
「いいねぇ、その眼!」
克己の殺意を絶賛する彼は、どうやら歓喜に打ち震えたようで。
「見たところ二人は友人のようだが、この後私の家に来ないか?」
セットでのお誘いだとは思わず、二人ほぼ同時に「は?」と間抜けな声で聞き返していた。
一体何が目的だ、この男!
彼の思考が読み取れず、翔は克己の腕を引っ張って少し引くように訴えた。
その仕草がまるで怯えて克己にすがりついているように見えたのだろう、男の鼻息が荒くなる。
「素晴らしいよ・・・・・・!是非ともウチに来てくれ!」
ふらふらとこちらに近寄ってくるその姿は変質者そのもの。
こんな奴等にこの国が任されているのかと思うと一抹の不安が過ぎるのだが。
息を荒くして彼は自分の目的を叫んだ。
「そして君達が交わる姿をビデオに収めさせてくれ!!」
もう駄目だ、この国。
一抹の不安どころか、絶望的な何かを感じた。
趣向がマニアックすぎる。
「克己・・・・・・俺、どっかに亡命したい」
「その時は是非とも俺も誘ってくれ」
克己くらい度胸と実力がある人間が一緒だったらきっと亡命も成功するだろう。
名のある政治家を何の躊躇いも無く蹴り飛ばす彼の姿を見てそう思った。
文官だったらしい男はまさか蹴られるとは思わなかったらしく、床に倒れながらふるふると体を震わせていた。
「き、君!」
「何か?身分が関係ない仮面舞踏会だ。つまり、誰でも殴り飛ばしても良いってことだろう?」
ゴキ、と手の骨を鳴らしながら克己は男を冷たい眼で見下す。
どうやらかなり虫の居所が悪いようだ。
けれど、男は恐れる素振りも見せず、むしろ眼が輝いているのは気のせいだろうか。
「君、SM趣味なんだね!丁度良い、なら私を組み伏してくれ」
「・・・・・・翔」
男の台詞の意味がイマイチ理解出来ず、茫然としているところを呼ばれ、顔を上げると眼が据わっている克己がそこには居た。
「『政治家を一人殺害して兵士二人逃走』なんていうのはどうだ?」
「い、いや、克己!殺しはヤバイって!」
本気でやりかねないそのオーラに慌てて彼の背にしがみ付いた。
それをどう勘違いしたのか、相手の男も克己に正面から抱きついてご満悦の様子。
地獄だ。
「おー、日向ちゃーん。なになに?楽しそうだね〜〜」
どこを見てそんな事を言ってくるのか解からないが、海の将校用礼服を着用した瀬野がふらっとやってきた。
珍しく達川は一緒ではないようで。
もしかして、助けに来てくれたのだろうか。
「あ、瀬野副会ちょ・・・・・・」
「丁度いいやー、ちょっと俺に付き合ってよ。甲賀くん、借りてくよ」
今の克己の状況を知りつつも、彼の体から翔を剥がして強制連行手段に出た。
彼が救出したのは何故か翔のみ。
「ちょ、副会長待ってください、克己が!」
「大丈夫大丈夫、彼なら何とか出来るだろー」
彼は楽観してくれるが、大丈夫だろうか。
瀬野に腕を引かれながら後ろを振り返るとすでに人の波に自分が飲まれている所為か克己の姿は見えなくなった。
だ、大丈夫かなぁ・・・・・・。
自分が戻るまで、彼が早まった行動に出ないと良いのだけれど。
「で、先輩、何の用ですか?」
「んー、今碓井のヤツが帰って来てるから、君を海に移籍させるっていうのを直談判しようと思って」
さらりと言われたが、それって・・・・・・。
「ちょ、待ってください!俺そんなの望んで」
大体、海には例の鮫狩りの授業がある。そんな授業に参加なんて絶対したくない。
そういう問題だけではないけれど、まず先にその事が脳裏をよぎり青ざめた。
「海はいいよー。きっとウチのセーラー服日向ちゃんにはぴったりだと思うけど」
「余計嫌になりました」
セーラー、と言われて海の階級下の人間はセーラー服なのだということを思い出す。
翔に拒否されたのにも構わずどこか瀬野は楽しそうで。
何でこんなに軽いノリの人なのだろう。
「こんなことしてたら好きな人に誤解されるんじゃないんですか?」
ぴたり。
ため息混じりに翔が呟いた台詞に瀬野が足を止めてくるりとこちらを振り返った。
「・・・・・・好きな人って?」
「え?先輩、達川先輩が好きなんじゃないんですか?」
「・・・・・・何で?」
「いや、何となく・・・・・・」
何だか彼の話をする時は微妙に嬉しそうだったり、彼が褒められると嬉しそうだったり。
そんな空気がそう思わせたのだけれど、瀬野は思いがけないことだったらしく、自分の口を片手で覆って困惑している様子だった。
違うのだろうか。
彼の戸惑い振りに翔は首を傾げるが、瀬野は何かを振り切るように一瞬だけ目を閉じてため息をついていた。
「ダメだな、俺もまだまだ軍人になりきれないな・・・・・・この程度で動揺するなんて」
金色の髪の毛をぐしゃりと撫でて彼は細く息を吐く。
「日向翔君」
「はい?」
「言い当てたからには、責任を取ってもらうぞ」
「責任・・・・・・ですか?」
また変な事を言い出すんじゃないだろうな。
そんな眼で見ると彼は苦笑した。
「愚痴、聞いてよ。同じ科じゃない君になら言いやすい」
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