人間達は何を勘違いしているのか、クリスマスは恋人同士の日だと思っている。
 だから絶対アイツもクリスマスにつー兄を迎えに来るだろうと思ったら大当たりだった。
 りんごーんと玄関のチャイムが鳴ってすぐ、俺は待っていましたとその扉を開け放つ。
「残念だったなー!更科!つー兄は風邪でお休み中だ!つーわけで帰れ帰れゴォッホ!!」
 堪えきれなかった咳をしてしまい、しまったと思ったけれど、更科は俺を驚いた目で見ていた。
「・・・・・・風邪はお前なんじゃないのか?」
 更科の目に映っている俺の姿は、厚い服を着込んで額に冷えピタを貼って、ついでにマスクをつけていて、どう見ても病人の姿だった。
「っせぇ!つー兄も風邪ひいてんだよ!なんていったってクリスマスだからな!」
 そう、俺たち狼人間はクリスマスに必ず風邪をひく。聖夜の空気にあてられるから。
 ピンピンしている更科はムカつくが、つー兄が風邪ひきだからヤツが思い描いたようなクリスマスは過ごせまい!ざまぁみろ!
「・・・・・・紬ちゃんは、部屋?」
「あ、オイ!勝手に・・・・・・」
 階段を上り始めたヤツにくってかかろうとして、視界がぐらりと揺れる。
 あ、ヤバイ。
 そう思ってすぐに、視界が真っ暗になった。


 ひんやりした手が額に触れている。それがとても心地良くて。
 誰だろう。母さんか?いや、つー兄・・・・・・でも、皆風邪ひいているはずだ。
 父さんと母さんは風邪をひくのが嫌だからって日付変更線を超えて行ったし、兄さんたちはそれぞれの契約者に面倒をみてもらっているはず。
 じゃあ、一体誰が。
「お。起きたかー」
 目を開けて、一番最初に目に入ったのは、一番見たくない相手の顔だった。
「さらしっ!」
 慌てて起きようとしたけれど、ぐらりと頭が揺れて再びベッドに倒れこむ。
 何でテメェがココに居やがるんだ、更科!
 俺が言いたい事を察したらしく、ヤツはにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「将来の弟を放っておけなくて」
「次言ったらぶっ飛ばす」
 誰が将来の弟じゃあ!ボケェ!!
 本当は今すぐぶっ飛ばしてやりたいところだけど、体が熱のお陰で上手く動かない。
 しかも、ココは見慣れた俺の部屋。玄関辺りで倒れたはずだから、コイツ俺のこと運んでくれたのか。
 て、敵に借りを作ってどうする!
「紬ちゃんの作るついでにお前の分も作ったけど、喰うか?」
 ついでに、を強調して更科は小さな土鍋を指差した。中身は多分粥だろう。
「いや、俺としては目の前にある生きの良い肉を食いたいところですが?」
 喰うって言うか、ぶっ殺したいっていうか。
 更科は怯えることなく笑顔で
「消化に悪いぞ」
 ・・・・・・・確かに。
 大人しく更科が作ったという粥を口に運び・・・・・・う、美味いじゃねぇか。伊達に一人暮らししてねぇってわけ。
 喰いながらちらっと更科を見るとにやりと笑われた。く・・・・・・む、ムカつく。
「つー兄は?」
「寝てる」
「風邪ひいてるところ襲ったらぶっ飛ばす」
「安心しろ、そこまで鬼畜じゃない」
「・・・・・・ならいいけど」
「まぁ、多少ムラっとは来たけどね〜〜。熱に喘いでる姿、色っぽいから」
 ま、お前には絶対見せないけどな、と言わんばかりの笑顔が更にムカつく。
 俺の、俺のつー兄が穢されていく!!
「あのなぁ、更科!言っておくけど俺は」
「何?紬ちゃんの事が好き?」
 ・・・・・・ら、ライバル宣言しようとしてるのに何でコイツこんな笑顔で言ってくるんだ!
 すでに負けているような気がしなくもないけど、気のせいにしておこう。
「ああ。俺はつー兄が好きだ。いつか絶対」
「絶対なんてないね」
 そこまで言い切れる自信を持つ更科に、かっと頭が熱くなる。
「んだよ、つー兄が別なヤツ好きになる可能性だってあるだろうが!契約解除になったらお前はつー兄のこと忘れちまうんだよ!ざまぁみろ!」
「別に。そんな事になっても俺、紬ちゃんの事好きでいられる自信あるし」
 ・・・・・・はぁ?
 何言ってんだコイツ。
 俺は今まで色んなヤツと契約を結んだり解除してきたりしてきた。解除したヤツは俺の事なんか忘れてさっさと別な恋人を作ったり、恋をしたりしている。
 なのに、好きでいられるだって?
 ばっかじゃねぇの?
「言ってろ、バァカ」
「ああ。お前も紬ちゃんくらい可愛げがあれば可愛がってやるんだけどなぁ」
「いらねぇよ」
 いつか絶対ぶっ飛ばしてやる・・・・・・。
 そういうつもりで睨んでいると、くらりとめまいがした。
 あちゃー、こりゃ本格的にやばいな・・・・・・。こんな酷いクリスマス風邪は久々だ。
 ぐらりと倒れそうになった俺の体を誰かの腕が支えてくれる。
「ったく、キツイなら素直に甘えればいいのに」
 そんな苦笑混じりの声の持ち主が誰なのかも、理解出来ないまま意識を失った。

 思えば、今まで俺はつー兄のことしか見て来なかった。

 いつからつー兄のことが好きだったのかは解からない。気が付いたら、という恋だった。
 それは本当に恋だったのだろうか。広貴兄の言うとおり、単なる兄弟愛を俺が勝手に勘違いしていただけなのかもしれない。
 つー兄が人間嫌いになって、俺もつー兄を傷つけた人間が許せなくて、契約者が必要になっても誰かを本気で好きになる事は無かった。本気で好きになろうとも思わなかった。
 俺はもしかしたら、つー兄以上に人間が嫌いだったのかも知れない。
 大昔は、人間と俺たちの一族は敵対していた。人間は俺達を忌み嫌い、俺たちは人間を蔑視していたと聞く。母さんはそんなのは時代遅れだと笑うが、俺はつー兄を傷つけた人間が嫌いだった。
 契約者という存在を俺たちは必要とするけど、つー兄はそれをひたすら拒み、俺はそれをただ搾取するものとすることで拒否をしていた。いつか、そんなものが必要が無くなる方法を探すつもりだった。
 つー兄の為に。
 俺自身の為に。
 なのに、つー兄が人間を好きになって。
 人間を、赦して。


 あぁ、もう俺はどうすればいいんだよ。

「俺を認めればいいんじゃないかな?」
 
 そんな声が遠くから聞こえてきた―――と思ったら。

「おはよう臣くん?」

 目が覚めた俺の目の前にあったのは、父さんでも母さんでも兄さん達でもなく。
 何故か更科の笑顔だった。

「ぎゃあああああ!!」

 思わず叫んでしまった俺に誰か同情してほしい。
 嫌いな人間のアップの顔が目覚めの光景だなんて心臓に悪いにも程があるだろう。
 しかも、むかつく笑顔で!

「何?何でてめぇがココに!」

 ベッドの端まで逃げた俺に更科は肩をすくめていた。

「お前の具合が悪そうだったから様子見に来てやったんじゃねぇか」

 あーあ。そんな態度とられるなんて心外だなぁ。

 更科のため息に頭の中が混乱する。
 何で、俺?だってつー兄だって風邪引いてただろう!
「紬ちゃんがお前に付いててやってくれって頼んできたんだよ」
 俺の疑問に彼はもう一度ため息を吐きながら答えた。つー兄・・・・・・自分も熱があるのに俺の心配してくれたのか・・・・・・。かなり感動!
 ・・・・・・って。
「お前、俺にずっと付いててくれたのか?」
 つー兄の頼みだとしても、まさかずっと俺についていたわけじゃあないだろう。
「まさか。紬ちゃんが回復してきたから、お前んとこに来ただけ」
 そりゃ、そうだろうな。
 そうか、つー兄の方も回復してきたのか。
 その情報にほっとして俺は肩の力を抜いた。今までつー兄には契約者がいなかったからその分体力も普通より無くて、毎年この時期酷い風邪に襲われてたから。
 悔しいけど、更科のおかげ・・・・・・か。
 何だか物悲しい気分になる。つー兄が俺の知らないところに行ってしまったみたいで。
「お前もそろそろ熱下がっただろ?」
 じぃっと更科の顔を見つめていたところで話題が俺の事になり、ビクリと体を揺らしてしまう。
「え!?」
 こっちが驚いているのにも構わず更科は俺の額に手を伸ばして熱を測っていた。
 ちょっと、待てー!!
 何だか解からないが物凄く動揺してしまう。何で俺、恋敵にこんなに優しくされている上、それ甘受しちゃってるわけ?
「うん、下がってる」
 よかったなーと笑顔でまるで子どもにするように更科は額に当ててきていた手をそのまま俺の頭に移動してぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回してきた。
 あぁ・・・・・・もしかして、俺子ども扱いされてるから、ライバル認定もしてもらってないわけ?
 そう考えると物凄い精神的ダメージが。
 何だか段々腹が立ってきて、俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でるその手を叩き落としてやろうとした、その時。
「お前も早く風邪ひいた時に面倒見てくれる相手見つけるんだな」
「・・・・・・は、あ?」
 すぐ近くにあった更科の眼は全てを見透かすような色で俺を見ていた。
 何で人間にこんな眼で見られないといけない?
「どうせ、お前も本気で想えた相手なんて見つけてこれなかったんだろ?ついでに言えば、本気で思われたことも無いな?じゃなかったら、クリスマスに一人で風邪引いて寝てるわけないもんな」
 本気で思われたこともない、と言われて今現在契約している隣のクラスの女子の顔を思い浮かべようとしたが・・・・・・無理だった。 顔もよく覚えていない相手と俺は契約してるってことか。
 そういえば、クリスマスがどうのこうの言ってきたけど、俺は用事があると言って断わったんだっけ。
「な・・・・・・アンタには関係ないだろ!それに、俺はそれでいーんだよ、人間なんて本気で好きになれるわけがない。本気で想われるなんて重くてうざってぇんだよ!」
 考えただけで気分が悪くなってくる。人間相手に恋愛だなんて、兄さん達は普通にこなしているみたいだけど俺は絶対に無理だ。
 だから、つー兄しかいなかったのに。
 すべての苛立ちは更科の所為だ。コイツが何か言うたびにイライラする。人間で、俺からつー兄を奪った相手だからなのか、それともコイツの言った言葉に対してイライラしているのか解からないけれど。いや、両方かもな。
 渾身の力を込めて、近くにあった枕を引っつかんで更科のその眼に向かって投げつけたけれど、それはあっさりと受け止められてしまった。
「・・・・・・臣さぁ」
「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇよ!」
「俺は、今回の事でちょっとだけ何で人間っつー条件が契約相手に入ってるのか解かった気がする」
「はぁ?」
 俺の怒りに気付いているのかいないのか、更科はのんびりとした口調でそんな事を言い始めた。
 思わず鼻で笑ってしまう。
 俺はずっとその事を考えていたんだ。それで結局その理由も、人間を選ばなくていい方法も見つからなかった。いまだに何で人間相手じゃないといけないのか、正直理解出来ない。
 わかったんなら教えてもらおうじゃねぇか。
 更科は俺が投げつけた枕をしばらく両手で弄びながら視線を宙に彷徨わせていた。そして
「だって、なぁ?狼男、みんなクリスマスん時熱出すんだろ?だったら、誰がその面倒見るわけ?」
「・・・・・・はい?」
「病気の時ってただでさえ不安で一人で居たくないのに、家族も誰も面倒見れないだろ?」
「だから?」
「人間だったら、面倒見てやれるじゃないか」
 ・・・・・・・・・。
 更科は至極真面目な顔でそう言った。
 まさか、と思うがそれがコイツが見出した、理由か?俺がずっと考えていた質問のコイツなりの答え?
「お前・・・・・・アホか?」
 もう怒りなんてどこかに吹っ飛んでしまうほど俺は脱力していた。
 あーあ。熱出してた体が重い。もう一眠りしよう。
 更科に背を向けて俺は毛布を頭まで被った。そんな俺の態度に更科は枕を俺の頭の位置に戻して、ポンと背中を叩いてくる。
「来年は、看てくれる相手見つけろよ」
 そんな優しげな声に、眉間に入っていた力が弛む。
 何だよ。本当に、何なんだよ。
 更科が嫌なヤツだったら良かったのに。
 更科が出て行った扉の開閉の音が聞こえてから妙に淋しくて仕方が無い。
 馬鹿みたいな答えだと思ったのに。
 アホらしいと思ったのに。
「くそ・・・・・・」
 手に握っていた毛布を思い切り強く握り締めて、体を丸める。
 寝てしまえばもう全部忘れられる。そう思いながら。
 そう思っていた、ら。
「な?やっぱホラ、淋しいだろ?」
「って何でまだお前いるんだ!!」
 ドアの方から聞こえてきた飄々とした声に身を起こして怒鳴っていた。そこには壁に寄りかかって俺の様子を伺っていたらしい更科がいる。
 出て行ったと思ったあの音は偽ものだったのか!
 やっぱりコイツ嫌なヤツだ・・・・・・。
「てめ、さらしっ」
「怒るのはいいから早く寝ろよ。お前が寝るまではついててやるから」
 物凄い力で起き上がろうとした体をベッドに押し付けられて、俺は大人しく寝るしかなかった。
 おかしいな、俺狼男のはずなのに、人間に敵わない・・・・・・。やっぱり病気だからか。
「だましやがってぇ・・・・・・」
 俺の恨みがましい声にもヤツは苦笑を浮かべるだけで、ポンポンと布団の上から赤ん坊をなだめるように叩いてくる。
「ホント、お前紬ちゃんの弟だよなぁ、そっくり」
「・・・・・・つー兄の方が可愛い」
「そんな事は解かってる」
 即答するな、何かムカつく。
 そうこうしているうちに段々眠気が襲ってきて、意識が完全に沈む前に頭を誰かに撫でられるのがわかった。

「狼も人間も、淋しいのは同じだよな」

 そんな呟きも一緒に降って来て。
 更科だからつー兄も好きになったんだ、と前々からどこかで理解出来ていたけれど、今回改めて思い知った。
 更科はつー兄にはぴったりの相手だったのかもしれない、と。
 でも、それでもきっと俺はずっと更科にキツイ態度をとり続けると思う。恋敵には変わらない。いつか絶対にコイツ以上の男になってやる、というのが当面の目標となりそうだ。
 でも、眼が覚めた時もコイツがいたらいいなと思ってしまったのは、眠気による過ちだと思いたい。


 終わり。


更科と臣。アハハ。
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