あの12月のクリスマスから早1年。
俺がず―――――っと可愛いと思っていた兄が恋人だと紹介してきたのは、男で、しかも兄さんがいわゆる男役だということに俺が打ちのめされてから1年。
「はい、深継くん、あーん」
「あ、あ、あ……くっ!全さん、いい加減にして下さい!」
「え。深継くん冷たい。だって腰が痛いっていうから一生懸命介護してやろうと」
「誰の所為ですか、誰の!」
「うん、誰の所為だっけ?」
相変わらず、兄達は毎日ラブラブです……。
「せ、誠一郎さん……」
俺がいつも泣きつくのは、深継のお兄さんの誠一郎さん。同じ食卓でイチャイチャしている恋人同士を彼も呆れた眼で見て、持っていたフォークをからりと皿に投げ出した。
「おい、全、深継」
「だって兄貴、この人が!」
深継が半泣きでうちの兄を指差して訴えると心外だと言いたげに兄の顔が不満げなものになる。
「あ、深継君酷い。僕の所為?」
「当たり前でしょうが!」
……俺の学校までは、学院の生徒会長様はとても冷徹で誰かに振り回されるという事を嫌う人物だという噂が流れてきていたけど、この状況を見たらそれが噂だったことを知る。
冷徹と言われている学院の生徒会長は今俺の前で顔を真っ赤にして騒いでいる。
「深継君が可愛いのが悪いんだよ」
くどいようだけれど、俺がず―――――っと可愛いと思っていた兄はその可愛い笑顔を浮かべながらフォークに刺したソーセージを深継の口に突っ込んだ。ああ、税込み4本840円のハーブ入り自家製ソーセージが……。これでも社長兄弟が増えたから食べ物の質には注意しているんだぞ、兄さんと二人暮らしだったときより、食費は4倍くらいの値段になっている。品質にこだわるとやっぱり高くつく。
特にお金が無いというわけではなかったけれど、買い物する俺としてはやっぱり特売とか激安とかそんな赤い文字に眼が行くもので。それに手を伸ばしたいのを堪えて店で一番高いものを買っているんだ、偉いだろ?
深継は兄さんに入れられたものをむぐむぐと咀嚼して飲み込んだ。
「おいしい?」
無邪気な兄さんの笑顔に彼はおずおずと頷いた。美味いに決まってるだろ、840円だぞ840円!それで不味かったら店訴えてやる。
「おいしいです」
「僕のとどっちが美味しい?」
……この場合、店より兄さんを訴えるべきだろうな。
兄さんの下世話な発言に誠一郎さんも深継さんも凍りつき、俺にいたっては意識が宇宙の彼方に飛んで行ってしまいそうだった。
父さん母さん、840円のソーセージが美味しくないです。というか食べたくなくなりました。
「全!お前は浮かれすぎだ!」
テーブルを叩いて誠一郎さんが兄さんを強く睨みつける。けれど、もう慣れたのか元々効力がないのか、兄さんはそれに構わず深継にちょっかいを出し続ける。
「ね、深継君」
「全さん……あの、それは」
ああ、兄さん。
俺は、貴方と出会って16年?貴方がそんな人だと初めて知りました。
別にいいよ、貴方が幸せならそれで。
どんな人でも、俺のたった一人の兄弟。それは何があっても絶対に変わらない事実。それと同時に、大切な人だから。
でも、俺の幸せは?
毎朝ほのぼのと朝食を取り、美味しいものを美味しいと思う俺の幸せは!?
「兄さん」
カラン、という俺が皿の上にフォークを置いた音が妙に響いた。
ぎくりと兄さんの肩が動くのを見て、呆れてしまう。怒られると解かっててやるんだから、この人はもう。
「俺、今日夕飯作れないから自分でどうにかしてくれよ」
「え、何で?」
てっきり怒られると思った兄さんはほっとしつつも少し驚いたように身を乗り出してくる。それに答えたのは誠一郎さんだった。
「今日は日頃の詫びに俺が蒼生を誘った。夜まで借りるぞ」
「は!?ちょっと待てよ、聞いてない!」
兄さんは驚いたような怒ったような声を上げて誠一郎さんを睨み付けたけれど、誠一郎さんの方は動じない。
「今言った」
「急すぎる!ダメダメ、絶対ダメだ!」
自分は恋人とラブラブしてて、弟が遊びに行こうとするとそれかよ。
その事にちょっとむっとして俺は兄さんに冷たい視線をやる。
「いいじゃん。それに、俺前だってよく友達と夜食べてきたじゃん」
「友達はいいけど、誠一郎相手は駄目だ!」
「何で」
「危ないから」
何がだよ。
少なくとも、兄さんよりは誠一郎さんの方が常識人だとこの4ヶ月、見ていて思う。
食事中に下ネタ言わないし。というか、物を食べている時には喋らない。
「馬鹿らしい……行くぞ、蒼生」
呆れた誠一郎さんの声に俺は返事をして立ち上がる。
「ちょ……!蒼生!!」
兄さんの止める声なんて気にも留めない振りをして。
クリスマスも間近な今日は、街に出て兄さん達のクリスマスプレゼントを買うつもりだった。それを昨日の夜誠一郎さんに話したら、それなら一緒にと言われ。
思いがけない申し出は物凄く嬉しかった。嬉しかったんだけど……正直、俺の心臓がもたない。顔、紅くないといいけど。
ちらりと隣りを歩く彼を見上げ、ため息を吐いていた。まさか、人を好きになるというのがこんなに緊張するものとは思わなかった。二人きりってのも前はまだ大丈夫だったけど、意識してしまった今は色んな意味で辛い。嬉しいけど。
で、それを想像して、それに耐え切れなくなって、俺はある人にヘルプメールをしていたわけで。
コートのポケットの中にある携帯をこっそり握り、心の中で誠一郎さんに謝った。
俺は、気が付いたらこの誠一郎さんに恋をしていた。まぁ、カッコイイし優しいし、女だったら絶対に惚れていただろうな、と思ってはいたけど、男でも恋してしまいました。なんて。
口が裂けても言えないよなぁ……。
誠一郎さんは、今日も格好良かった。惚れ目を差し引いても十二分にカッコイイ人だ。その証拠に、街中についてからずっと周りにいる女性がそわそわと彼を見ている。
でもまさか、この人が某有名企業の社長で、しかも婚約者持ちだなんて誰も思っていないだろうなぁ。
一度だけ会った事のある彼の婚約者はとても美人で、しかも有名企業のお嬢様だ。俺は張り合うくらいの立場を持っていないし、とりあえず秘めた恋ってヤツをしてそろそろ1年。
今日のお出かけも、クリスマスはその彼女と予定が既に入っているから、俺に深継へのプレゼントを預けたいとかそういう理由もあるらしい。
思わずため息を吐くと、誠一郎さんが俺を見る。
「大丈夫か?」
「へ?」
「いや、悪いな……いつもいつも全が」
日々の兄の奇行を俺が苦に思っていると思ったのか、誠一郎さんは申し訳無さそうに言う。
「それは誠一郎さんが謝る事じゃ……むしろ俺が」
そうだ、俺の兄貴なんだから俺の教育が悪かったからで…・・・。
「今年は全の奴もクリスマスに仕事が入りそうなんだ」
と、そこで誠一郎さんがもう1つため息を吐いた。
「え。そうなんですか?」
「ああ。だから、まあ……今日くらいは二人きりにしてやろうかと」
そこで、俺は誠一郎さんが俺を誘ったもう1つの理由を知る。深継の為だ。
深継も何だかんだいって兄さんのこと大好きらしいし、それは見てて凄くよく分かる。深継もクリスマスに兄さんと過ごせないと知ったら多分結構落ち込むだろうから……その前の日に二人きりにしてやろうという誠一郎さんの兄心か。
「ま、俺も蒼生を甘やかす時間が今日ぐらいしかなかったしな。どこに行きたい?」
ぐしゃりと頭を撫でられ、少し複雑な気分だった。この1年、どうやら俺は誠一郎さんの中で可愛い弟分というカテゴリ分けをされてしまったらしい。ま、意識して欲しいとは思わないけど、もうちょっとなんかないのかな……とも思うけど、この人に優しくされるのが俺も嬉しいから困る。
「え、えと……じゃあ、適当にふらふらしましょうか。下には、服屋もあるしアクセ屋とかも」
ここのショッピングモールには俺は何度か足を運んでいるから、何がどこにあるかも大方把握している。
そうか、と誠一郎さんは笑った……けど。
これって、何かデートみたいだよな……うわ恥ずかしい。
「あ。でも少し本屋に寄ってもいいか」
「はい」

正直、どこに行きたいとかどうでも良かった。この人と一緒にいられるなら。

「まさか、蒼生と二人で歩く日が来るとはな」
「はい?」
本当に適当にぶらぶら歩いていたら、唐突に誠一郎さんが呟くように言った。
「いや、蒼生は奈良崎の秘蔵っ子だと聞いていたからな。パーティにも顔を出さない、そういう子どもが集まる学校にも進学しない、で財界じゃさり気無く有名人なんだぞ、お前は」
「……ゆうめいじん」
うちに住む4人の中で一番平凡人である俺に与えられていい称号なのか解からないな。
「俺も、あの全の弟がどういうヤツか気になってはいた」
「……すいません、こんな凡人で」
店を回っていてプライスダウンって表示に真っ先に眼が行く人間です。
けれど、誠一郎さんは首を横に振る。
「いいや。想像以上に可愛くて驚いた」
「……へ」
可愛くて。
可愛くてって……。
いや、ここで嬉しいとか思うなよ俺!俺は男だ!男なんだぞ!
とか、理性的な俺が言うけど、好きな人に褒められて喜ばないわけがない。
「……俺、可愛い?」
「ああ。俺は秘蔵っ子だと聞いていたしあの全の弟のことだから、パンが無いならお菓子を食べれば良いだろう的な人間だと思っていたからな」
……。
あ、何だろう。眼から涙が零れそうだよ兄さん。
確かに、兄さんは結構わがままだ。それは弟の俺も認める。それにしたってその想像は酷い。
「誠一郎さん……」
恨みがましい声を出すと、彼は面白そうに笑った。あ、何俺からかわれた?
「だが、本人に会って少し驚いた。外見も中身も想像以上だったから。しっかり者だしな。スーパーの安売りには敏感だし、どこの肉が一番安くて美味いかも把握している。それに確かに紅茶は美味かった」
「……ティーパックですけど」
このネタ引っ張られるのか。
むぅ、とちょっと顔を膨らませて答えると、誠一郎さんは笑いながら俺の背を叩く。よっぽど彼のツボにはまったんだな、ティーパック。
「それでも、美味い」
「……なら、帰ったらお茶淹れてあげます」
「それは楽しみだ」
笑う誠一郎さんを見上げて、何となく思い出したのは前に深継が「あの兄さんが笑った?」と驚いていた事。俺は、この人の笑い顔を結構見ている気がするんだけどな。
「……俺も、じーさんから結構聞いていましたよ。深継と誠一郎さんのこと」
「奈良崎の総帥か。散々な言われっぷりだったんだろうな」
「うん、まぁでも、俺誠一郎さん達に直接会えてよかったと思います。出会わなかったら、きっと嫌ってましたから」
小さい頃から久慈の悪口だけ聞いていたから、多分兄さんがこの二人を連れてこなかったら俺はずっと久慈に対して警戒心だけ抱いていたと思う。
「……蒼生は可愛いな」
……しみじみと言わないで下さい恥ずかしい。
「久慈か?」
そんな時、後ろから声がかかり誠一郎さんが振り返る。俺も、それにつられて振り返った。そしたらそこには何と言うか、誠一郎さんとはまた違った格好良さを持つ黒髪の男の人が立っていた。
彼は俺に視線をやり、意味あり気に笑う。それに俺は苦笑を返すしかない。
「久我?」
彼の登場に誠一郎さんは少し驚いたようだった。俺は、えーと……彼が来る事を知っていたから驚くこともなかったんだけど。っていうか、俺が頼んだ。来て欲しいと。
前に一度会った時にメルアドを交換してから、俺と久我さんは実はメル友という関係だった。こっそり恋愛相談なんかもしていたんだけど……いや、だって兄さんには言えないし、深継にも知られてるけど言い難いし。
それで、昨日事情を知る彼に明日二人で出かけることになったんだけどどうしよう?と相談したら、二人きりが駄目なら他者がいればいいんじゃね?ってことになり、彼に今日付き合ってもらうことになったんだ。
「お前、こんなところで何をしているんだ……市場視察か?」
久我さんの方は偶然を装ってくれている。ああ、本当に有難う御座います……。
「お前こそ、随分と似合わないところにいるな。仕事はどうした」
「今日はオフ。まったく、仕事じゃないのに仕事上の付き合いのヤツに出会っちまったな。しらける」
久我さんは肩を竦めて誠一郎さんの顔を面倒臭そうに見て、ため息を吐いた。心底疲れると言いたげに。っていうか演技上手いな、久我さん。そして、そこで彼は俺に視線を向けた。
「奈良崎の秘蔵っ子。久し振りだな」
会うのは確かに久し振りだ。メールは何回かやりとりしたけど。
「どうも、お久し振りです」
っていうか有難う御座います。と、心の中で呟きながら頭を下げれば、後頭を撫でられた。
「おーおー。相変わらず可愛い可愛い。そういや、全が深継君と付き合ってるらしいな」
どうやら久我さんは兄さんと深継の事を知っているらしい。その一言に誠一郎さんの体が硬直した。
「……待て、久我。何故お前がその事を」
「ん?全のヤツが毎週のようにメールで惚気てくるから」
……にーさーん!!
身内の恥は俺の恥だ。この人の前から消えてしまいたい気分に襲われる。それは誠一郎さんも一緒だったんだろう、肩が震えている。っていうか、この人兄さんともメル友なのか。
そんな俺達に気付いているのか気付いていないのか、久我さんは笑顔で俺の肩を叩いた。
「しっかし、本当に想像していたのよりずっと可愛いな」
へ?
久我さんの呟きに俺は眼を丸くすると彼は苦笑する。
「いや、あの全の弟だからな。パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない的な弟かと思っていた」
……あんたもかよ!!
一体うちの兄さんはどんな印象をこの人達に与えていたのか、俺には解からない。けど、何か散々な言われっぷりだから、散々な印象なんだろう。っていうかメールではそんなこと言わなかったのに!
「確かに、秘蔵っ子にしたくなる気持ちも、解かる。俺は全より君とよろしくやりたいな」
久我さんは人好きする笑みを浮かべて、俺の頬に軽くキスを……って、えぇ?
ざわっと周りがどよめくのが俺の耳まで届いてくる。そりゃ、美形な男二人が揃ったら、人目は引くよな。
「おい、久我」
「なんだ、久慈。怒るなよ、俺が国際部門だってことくらい知ってるだろうが」
「……ここは日本だ」
「堅い事言うな。それとも、お前にとっても秘蔵っ子だった、か?」
挑戦的に笑う久我さんに誠一郎さんの眉根が寄る。
「蒼生は俺にとって弟みたいなものだ。お前みたいな教育に悪い人間と会わせたくない」
「……教育に悪い人間って、随分と散々な」
「違うか?」
「違う、と一応否定させて貰いますか。って!」
ゴッと何だか痛そうな音が響いたと思ったら、久我さんが後頭部を抑えて後ろを振り返った。
「何やっているんだよ、馬鹿叔父」
ちょっと冷たい声が彼の背後から聞こえてきて、誰かが彼の頭を叩いたのだとその時俺達は気付く。
「要……お前ね」
恨めしそうな久我さんの声に、ああ、と俺も思いだした。島崎要君だ。久我さんの甥の。
俺とのメールは久我さん側にとっても色々と利点があると彼本人からすでに言われている。それが彼、要くんだった。彼と俺は同年代で……そういう思春期真っ盛りの子どもの相手をどうやればいいか、さり気無く久我さんも悩んでいたらしく、そこで良い相談相手が出来たと言っていた。
まぁ、俺も適当にアドバイスしていたんだけど……。
相変わらず要君は不機嫌っぽい。
「ちょろちょろ動き回るな。迷子センターで放送してもらおうかと思ってたところだった」
「それものすっごいカンベンなんですけど」
良い大人が呼び出しをされるなんて情けなさすぎる。
殴られた頭を撫でながら久我さんは肩を落とした。さっきまで誠一郎さんにとっていた態度とは全然違う。
物凄い久々に見た、一部で有名人な島崎要は相変わらず叔父さんに厳しい子だった。
彼は久我さんを一睨みしたその目を俺に向ける。それにぎくりと身を竦めてすぐ、彼は真直ぐに俺を見た。そして
「君には訴訟を起こす権利がある」
「へ?」
「猥褻罪辺りが無難か。その気があればいつでも訴えてくれて構わない。言い逃れは出来ないからな、賠償金はきちんと払う」
「ちょっと待て、要」
俺は何を言われているのか分からなかったけれど、久我さんが慌てた様子で島崎の肩を掴んでいた。
「頬にキスしただけだろうが。外国じゃ挨拶だぞ」
「外国ならな。だが、ここは生憎日本だ。そんな言い逃れは通じない」
「……あのな、要君?君は知らないだろうけれど、俺にキスして欲しい女性はこの世に沢山いるんだぞ」
「だろうな。でも彼は女性じゃなくて男性だろ、どう見ても」
彼はちらりと俺を見て、勝ち誇ったように腕を組む。確かに、久我さんの負けだった。
ぐっと物言いに詰まったその様子に、誠一郎さんが人の悪い笑みを浮かべる。
「お前の甥は随分と頭が良いようだな?ん?久我」
「……是非とも君の可愛い蒼生くんと交換して欲しいところだ」
「駄目だ、やらん」
わ。
思わず心の中で声を上げてしまったのは、誠一郎さんが俺を抱き寄せたから。その場のノリだってのは分かるけど、俺の心臓は跳ね上がる。
「いいじゃないか。俺だって奈良崎の秘蔵っ子と仲良くさせて貰いたい。色々と役に立ちそうだしな。な、蒼生くん。機会があったらフランスに是非来てくれ。支店社長直々に案内させてもらおう」
久我さんの話によれば、彼は来年からフランスに住むことになるらしい。しかも、そこに新しく出来る支店の社長になると。
「ヨーロッパを支配してみせるからな」
ふ、と挑戦的に笑んだ彼のその表情は誠一郎さんに向けられていた。仕事上は敵である彼らの間には見えない火花が散った気がする。でも、仕事を頑張ってる男の人って格好良いんだよな。誠一郎さんも、兄さんも、久我さんも。
ぽけーっと二人を見ていると、不意に誠一郎さんが目を上げる。その視線の先には、要くんがいた。
「お前がフランスに行くとなると……彼は?」
そうだ、彼らは二人暮らしをしているらしいって話は聞いてる。でも、久我さんがいなくなるとしたら彼は独りになるんじゃないか?
「……大学生ってのはもうガキじゃねぇしな。それにコイツしっかりしてるから、これ以上俺が面倒見る必要はない」
久我さんの言葉は何ともあっさりしたものだった。でもまぁ、そんなものなんだろうか。
その時だった、誠一郎さんの携帯電話が鳴ったのは。
「俺だ」
結構よくある場面だから俺も気にしないでいたら、今度は久我さんの携帯も鳴った。
「何だ?」
……電話の出方ってのも個性あるもんだなーと思いながら、見ていたら、ほぼ二人同時に「何!?」と声を上げていた。この反応は、覚えが有るぞ……。
「わかった、向かう」
「落ち着け……今から行くから」
そして二人ほぼ同時に電話を切り、お互いの顔を見合わせていた。
「久我、お前のところもか……」
「あ、久慈のほうも被害ありそうなのか。そりゃ、ちょっと気が楽だな」
多分仕事の話なんだろうけど、俺には状況がよく解からない。きょとんとしていると、誠一郎さんが申し訳無さそうに眉を下げた。
「すまない、蒼生。仕事が入った」
……あ。
「別に、大丈夫ですよ」
そういうのがやっとで……俺ちゃんと笑えてるのかな。
こんなに残念なら、久我さんに来てくれとか頼む必要もなかったかもしれない。あー、俺って馬鹿だな。
でも誠一郎さんは軽く首を横に振った。
「いや、1時間で戻れると思うから、ここで待っていてくれ」
「へ……」
「要もここで待っててくれ。夕飯おごるから」
久我さんも要君に交渉しているのが聞こえ、俺は少しぽかんとして二人同時に走っていくのを見送った。
1時間……で、戻ってこれるのか?本当に?
戸惑いつつ何となく首を動かすと、そこに要くんがいて少々驚いた。
そして、気まずい……。
俺はメールで色々久我さんに聞いていたから、要君を知っているけど、彼は何も知らないだろうし、てかそんな話されてることも知らないだろうし……うおー、気まずい。
「……奈良崎、蒼生」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれ、俺は思わず背筋を伸ばしていた。何か、この子の清涼感というかそんな空気が俺を緊張させるんだよ……!
けれど、そんな反応を彼は柔らかく笑った。
「そう硬くならなくても良いだろ。最近叔父がお世話になっているようで」
「え?」
「君だろ?最近の久我さんのメール相手。高校生の可愛い子とメル友になったと喜んでいた」
……久我さん。
「え、と……いや、こちらこそ」
何となく頭を下げると彼は小さく息を吐いた。
「もし良ければ、今日の夕食、アイツと一緒に食べてやってくれないか。久慈さんも一緒なんだろ?」
「へ?でも……」
さっき確か、久我さんは要君に夕飯おごるって言ってなかったっけ?
困惑していたら、更に要くんは笑みを深めて
「久我は君が好きらしいし、アイツも喜ぶと思うんだ。俺は帰るし」
「……へっ?」
……今、なんて言ったこの人。
「くが、さんが……俺を?」
「何だ気付いていなかったのか?あんなに可愛い可愛いと君に連発していたじゃないか。家でもたまに言ってるしな……大分お気に入りらしいぞ」
……いやいやいやいやいや!
それは何だろう……絶対に無い気がする。だって、メールしてるけど内容はほぼ全部要君のことだし……なんて言えないけどな!
要君も大概鈍い人なんだと、今知った。
「でも、君は久慈さんのことが好きなんだろ?」
……でも、変なところで鋭い人なんだ。
「わ、分かりますか……?」
ってか、俺そんなにわかりやすいのかよ!
思わず俯いてしまった俺に、彼が笑った音が聞こえた。
「分かりやすい」
へこむ。
まさか、兄さんには気付かれていないだろうな……と考えていたら、要くんが「じゃ」と踵を返すのが見えて、慌てた。
「ちょ、待って……!」
俺の今の使命は間違いなく、彼を引き止めることだ。
黒いコートを着ているその腕を慌てて掴んで、怪訝な顔をした彼に必死に引き止める理由を考えて、そして
「あ、あの……!誠一郎さんにあげるプレゼント……一緒に選んでくれないかな!?」
1時間、持つだろうか。と考えて、他に兄さんと深継もいることを思い出した。ナイスうちの家族構成。

って、俺なにやってんだか。


「へぇ。島崎んとこの息子に会ったのか……元気だった?」
 後でその話を深継にしたら、彼は要君と面識があるらしい。
「で、兄さんに好きだって言えた?」
「言えません」
「何だ、折角二人きりだったのに」
「……」
 まさか、俺が久我さんに頼んで二人っきりじゃなくしたなんて、言えないよなぁ……。
 はぁ、とため息を吐いていたら深継は小さく笑う。
「なんだ、蒼生もやっぱり残念だったんだな」
「え?」
「兄さん、折角蒼生と二人だと思ったのに、変な邪魔まで入った上に仕事も入ったって言ってたから」
「……え」
 それって、
「脈アリって考えるのが普通だよ、蒼生」
 にやりと笑う深継の言葉に、顔が熱くなる。
 本当なんだろうか、ちょっとはうぬぼれてもいいのかな。
「来年のクリスマスはWデートとかも悪くないかもな、蒼生」
「……深継、そういうガラじゃないくせに」







デェト。
クリスマス企画で2位に輝いた蒼生でした。
何か、くっつきそうでくっつかない感じが売りです多分。
投票してくれた方有り難う御座いました!