つい一週間前に大学進学の為に上京して、俺はワクワクしていた。
 憧れの東京!憧れの都会!某日本の北に位置する県から来た俺としては、渋谷の人の多さは本当に新鮮だった。まるで、お祭りだ。ウチの街には全国的に有名な祭りの時じゃないとこれくらい人が集まらない。
 俺の名前は遊佐旭。東京に来たばかりの俺がさっそく街に出て何をしているのかというと、バイト探しだった。
 仕送りも貰っているけど、遊ぶ金とかは自分で稼ぎたいし、何よりバイトという事に俺は憧れを感じていた。
 手にはバイト情報雑誌、適当に選んだところには付箋が貼ってある。
「よし、頑張れ俺!」

 希望を胸に、俺は街中に一歩踏み出した!

 のは、初めの方だけ。
 行く店行く店でもう間に合っているという返事を貰い、気が付けばもう夜に近い夕方。
「流石東京・・・・・・一筋縄じゃいかないな」
 と、ワケのわからない事を呟きながら、駅のベンチで肩を落としてた。
 あー。どうしよう。もう、帰ろっかな。
 そういえば、前髪がどーのとか言われたっけ。ちょっと長いかな、前髪。切ろうかな、前髪。
 どれぐらい切ればいいかなーと前髪を掻き上げたら、周りの人の目が集中した。何だ!?田舎者だとばれたか!?
「君はバイト探してるんですか?」
 その時だ。
 スーツを着た美形の男が、俺ににこやかな笑顔で話しかけてきたのは。
 この人、まさか噂のホストってヤツ!?うわわ、俺テレビでしか観たこと無い!
 いや、ウチの市のアーケードにもそれらしいのはいたけど、お世辞にも格好良いなんて言えない長いコートを着た男達だ。長いコートは短足に見えるから着ない方が良いよとか思ってたけど。
 この人は、文句なしに格好良かった。
「は、はぃ!」
 思わず声も裏返るってヤツだ。
 てか、ゲーノー人とかだったりして!
「私はすぐそこの喫茶店のオーナーなんですけど、もしよかったらうちで働いてはみませんか?」
「え・・・・・・喫茶店?」
 ホストクラブじゃないのか?
 ポカンとした顔で見てると、彼は笑みを深める。その綺麗な微笑みにちょっと安心してしまった。
「そう。喫茶店。夜は多少お酒も出すけど、18歳以上ですよね?」
「はい、そうですけど」
「なら、大丈夫ですよ。どうです?店の雰囲気だけでも観てみませんか?」
 ・・・・・・。
 この時俺は、5件のバイトを断われててちょっと沈んでいた。だから、美形に声をかけられて、しかもスカウトなんてされちゃって、思わず頷いてしまっていた。
 この判断が俺の東京生活を大きく変えるとは、思ってもみなかった。

 街の喧噪より少し離れたところに、その店は有った。
「先月開店したばかりなんだけど、それなりに評判がいいんですよ」
 少し古ぼけた印象のある壁も、その壁に巻き付いている蔦も、その建物の古めかしい雰囲気を引き立てている。
「ただいま」
 彼がガラス扉を開けると、カランと鈴が鳴る。
「あ。オーナーおっかえりなさい!」
 明るい少年の声と、きゃあ、という女性の黄色い声が。
 この時点で何かを察しておくべきだったんだ。
 パッと輝く笑顔で振り返った少年は、紅茶を注ぐ手を止めて、こちらに走ってきて・・・・・・オーナーに、ぽすっと抱きついた。そして、俺と一緒に来たオーナー?はそれを抱き返す。
 ・・・・・・・んん?
「律くん、きちんとお客様のお相手出来ましたか?」
「はい!紅茶の入れ方もずっと練習していましたから・・・・・・わ」
 律と呼ばれた少年は可愛い笑顔を浮かべてオーナーを見上げている。そんな時、ギャルソンを着た背の高い黒髪の青年が、彼の腕を引っ張り、オーナーから引き剥がす。
「雅臣?」
「オーナーに引っ付いている暇があるのなら、店の品の名前をすべて覚えろ。今日は皿何枚割った?お前はいつまで経っても成長しないな」
 雅臣と呼ばれた青年が恐ろしく背が高いのにも驚いたけど、その低い声の毒舌ぶりにも驚いた。
 律はむっとした顔になり、青年の手を振り払う。
「うるさいな。雅臣には」
「関係有る。誰が足りなくなる皿を買ってくると思っているんだ」
 そんな二人の言い争いを、何故かお客の女性達はにやにやした顔で見ている。
 な、何かおかしいぞこの店の雰囲気・・・。
 茫然としていると、店の端の方でガターンと何かが倒れる音がする。
「きゃあ!圭くん大丈夫?」
 お客の声に、転んだらしい少年がむくりと起きあがり
「あ・・・・・・眼鏡っ」
 わたわたと落ちたらしい眼鏡を探していた。俯いている顔は長めの前髪でよく見えない。
 けれど、そこに背の高い、これまた格好良い青年が彼に落とした眼鏡を差し出した。
「あ、すみません、矢崎さん」
 ぱっと顔を上げたその少年の顔に思わず言葉を失ってしまう。物凄く綺麗な顔立ちに、桜色の唇、大きな眼が・・・・・・男か!?と疑うほどの顔だ。
 そしてその笑顔がまた最上級に可愛くて、周りのお客さんもぽぅっとして観ていた。
 が、矢崎と呼ばれた青年の方はあまり面白く無さそうな顔をしている。
「俺以外にその顔を見せるな、圭」
 そして、その一言に周りの女性がキャアと声を上げる。
 ・・・・・・・んん?
「あの、店長さん?」
 満足げに店の中を見ている彼は、俺の声に「オーナーと呼んで下さい」と・・・・・・いや、それは良いんですけど。
「オーナー?あの、俺」
「取り敢えず、店の奥で軽い面接をやるので」
 あれ。俺スカウトされたのに面接?
 ぽかんとしている俺を連れて、オーナーは他のウェイターによろしく、と声をかけてから店の奥の部屋へと向かった。

「さて。自己紹介がまだでしたね。私は吉住宗一といいます」
 黒いソファーに座り、彼は自己紹介をする。周りにあるロッカーは、あの従業員の人達のだろう。
「俺は、遊佐旭です」
「旭!可愛い名前ですね」
 ・・・・・・可愛いとか、言われても嬉しくないんだけどなぁ。
 けれど、吉住さんは何だか知らないけど上機嫌だ。
「身長は何pですか?」
「164です」
「あ。ぴったり20p」
 ぼそりと彼は呟き、更に笑みを深めていたけれど。何が、ピッタリなんだ!?
「この喫茶店って・・・・・・何なんですか?」
 おそるおそる、俺は聞いてみた。
 なんか、さっきから男が男とちょっと怪しい雰囲気を醸し出しているようにしか見えなかったんですが。
 そして、女のお客さんがそれをきゃいきゃい観ている。何で!?
「旭くんは、BLというのを知ってますか?」
「・・・・・・イギリス文学の略ですか?」
「ボーイズラブの略ですよ」
「ぼぉいず・・・・・・?なんですか、それ」
「主に美形の男の子同士がいちゃついてるというものなんですが、それが最近女性に人気で」
「・・・・・・はぁ」
「それを、商売にしようと思ったわけですよ」
「すいません、この話無かったことに」
「あさひくーん!」
 立ち上がりさっさと帰ろうとした俺を、店長は腕を掴んで止めた。
「まぁまぁ、最後まで話を聞いて下さい」
「嫌です。何か、無理です!」
 やっぱ東京コワイトコだー!!
 なんかもうマジ無理!
「時給昼は900円、夜は1000円!!」
 しかし、吉住さんのその一言に、俺は暴れるのを止める。
「・・・・・・きゅうひゃく・・・・・・せんえん?」
「人気だと言ったでしょう?しかも、お客さんからプレゼントも貰えますよ?」
 貧乏学生である俺にとっては、何ともいい話以外の何ものでもなく。
「それに、いちゃつくと言っても、変なことは求めません。昼は台詞だけ、夜は最高で軽く抱きしめる程度の節度を保っています」
「そうなんですか・・・・・・?」
「一応喫茶店ですから」
 そう笑う吉住さんの笑顔はやっぱり人を安心させる何かを持っている。
「後、攻め受けやカップリングはお客様のご希望で成り立っています。今日はさっき観た通り、雅臣×律と矢崎×圭がオーダーされていますね。ここは王道カップルですが」
「・・・・・・」
 よく解らない台詞が並べられていて、俺は困惑するしかない。
 攻め受けって何?カップリング?
「因みに私は総攻です」
「いや、だから解らないですって」
 キラリと目を光らせて吉住さんは言ってくれるけど、よく解らん。
「今週の人気NO.1は矢崎×圭カップルですね」
 そういって吉住さんが取り出したのは、アレだ、テレビでしか観たことないけど、ホストクラブに貼ってあるNO.1とかNO.2とかの人気ホストの写真みたいなやつ。
 それと違うのは、その写真には二人の男がちょっとアレな感じで映っているというところだろう。
 何で、矢崎さんが圭って子を姫抱っこする必要があるんだ。しかも、圭ってこもイイ感じに頬を染めている。
「どうです?働きたくなりましたか?」
「いえ、全然」
「旭君、意外とクールですね。クール受は確かうちにまだいなかったので丁度良いです」
「コラコラ、勝手に話を進めないで下さい。嫌です、俺・・・・・・そういう趣味持ってないし」
 ぼそっと言うと、彼はにっこりと笑い
「大丈夫ですよ。ああ見えて、店員はみんな趣向はノーマルですから」
「え!?じゃあ、何であんな」
「うち、時給高いですからね」
 ・・・・・・ビジネスか!!
 意外と算段高いウェイター達は金の為なら男といちゃつける人達らしい・・・。
 良いのか悪いのか・・・・・・仕方ないな、世の中所詮金だもんな。これもすべて格差社会が悪いんだちくしょう。
「まぁ、一応王道カップルというのもありまして、最近入った子も格好良いんですが、そういった王道の相手役がなかなか見付けられなくて困っていたんですよ」
「はぁ・・・・・・」
「そんな時に、君が!」
 そんな期待イッパイの目で見ないでくれマジで!!
 でも、確かにその時給には惹かれるものがある。でもなぁ・・・・・・。
「マスター、遅くなりました」
 その時、この部屋に入ってきたのはまた美形で長身の青年だった。そうか、美形にも色々と種類があるんだなと思ってしまったくらいで。
 俺、何か男としての自信無くしそう。マジで。
「ああ、達紀くん。紹介します。君の相手役として今口説いている遊佐旭くん」
 吉住さんの紹介に彼は俺にちらっと目をやり、何故かため息を吐いた。って、俺の相手役って・・・・・・。
 彼は背が高い。俺との身長差は多分、20pある。
 あ、だから20p・・・・・・。
「オーナー。こんなヤツが俺の相手役?俺こんなの演技でも口説けないんですけど」
 ・・・・・・。
 こんなの、だとぅ?
 男のあまりにも酷い言い方に流石の俺も口元を引きつらせた。
「そうですか?私は結構イイ線行ってると思いますけど」
「全然。お前もどうせ受けるつもり無かったんだろ?さっさと帰れよ、不採用」
 しっしと犬を追い払うようなその仕草と、不採用という言葉がトドメだった。

「俺、やります。ここで働きます」

 俺は自分が元来負けず嫌いの性格で、時としてそれがあだとなっていることをすっかり忘れていた。



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