2.いつも傍にいるのに

彼と初めて出会ったのは、このドラマのオーディションの時だった。
出会った、というのは語弊がある。自分はオーディションを受けに来た彼を見ただけだったから。
すでにこのドラマの主演は人気アイドルグループ“天”の星夜である俺ということは決まっていて、今回のオーディションはそこそこ演技力があって、俺と並んで目劣りしない新人発掘が目的だった。
ソラに言わせれば、そんな奴そうそういねぇよ、だったが、人は集まるもんだ。千人以上の応募書類から数百人を選び、更に書類で削って、残った数十人をオーディションに呼んでいた。
俺は、審査員の一人として座っているだけで良いと言われたので、とりあえず座っているだけ座っていた。
色々なタイプの美形が集まっているのをボーっと見ていた。可愛い系格好いい系美人系・・・・・・日本ってこんなに美形が多かったっけ?と思わず錯覚してしまうくらい。
けれど、終盤の方で俺はサングラスで隠していた目を思わず見開いてしまう。
綺麗な蜂蜜色の髪に色素の薄い肌、大きな眼に薄い唇、緊張の所為か憂いを帯びた表情、一瞬女の子が来たのかと思ったが、声は低めでやっぱり男だった。
っていうか、凄い美人!!
思わずぽかーんとその顔を見ていたら、彼もこっちの視線に気付いたのかおずおずと顔を上げ、かぁっと白い頬を桜色に染めた。
か、可愛い・・・・・・。
オーディション中じゃなければ問答無用で抱きついて、お持ち帰りしていた。
どうにか理性を保ち、監督や演出さんの質問を聞いていた。4人、目の前にいるがもう俺の眼には彼しか映っていない。早く、彼の質問の番にならないかとそわそわしていた。
「えーと、ではお名前と軽い自己紹介を」
彼の番が来た。
「はい。伊佐穂積です。歳は24で、劇団とモデルをやっていました」
劇団員、ということはそれなりに演技が出来る。よし、と監督が頷くのを見た。
本当は、俺が格好いい系だから相方も見た目は格好いい系で行くつもりだったらしいが、彼が出て来てその方向を改めたと聞いている。格好いい系と綺麗系を並べるのも良しとした。新しい組み合わせが凶と出るか吉と出るか、賭けたんだ。
そしてそれは大当たり。
俺はオーディションの決定権を持っていなかったから、彼が相手役だと聞いて本当に嬉しかった。
そして、彼に告白までされて、本当に嬉しかったのだけれど・・・・・・。
「なぁー、伊佐っち。ご飯食べにいかん?」
テレビの前に座る彼に背中から声をかけた。が、彼は画面を食い入るように見つめて無反応。
テレビに映されているのは、昨日オンエアされた俺と彼が出ているドラマ。今日もドラマの撮影で、今はこの控え室で昼休みだけれど。
「伊佐っちー」
「演技の勉強中」
そう、彼は勉強家で一日に二三回自分の演技をこうやってビデオで見直し反省会をしている。そこまで演技力は多分求められていないよ、なんて言える訳が無い。言ったところで、「この腐れアイドル」と言われるだけだろうから。
まぁ、脚本もストーリーもそれなりに面白いから、視聴率は高いらしい。今季、“天”でドラマに出ているのは俺だけだ。もしここでソラ辺りが主演のドラマをやっていたら、多分俺とソラの間で視聴率対決が行われていただろう。
伊佐っちの人気もそれなりに上がっている。女の子にも・・・・・・・男にも。
「演技の勉強しとるんやったら、俺も付き合うけど」
明日の撮り分の台本を取り出すと、ようやく彼がこっちをくるりと向いた。本当に勉強家だ。
最終回も間近な台本をぱらりとめくると、例のシーンが飛び込んできた。
「あ。そいや、俺明日、明日美とキスシーンや」
俺演じる那賀に恋をしている女性との初めてのキスシーン。弾みに近いそれは、ラブシーンとも言えるものでもないが。
あんまりキスシーンというものを撮った事のない自分としては、少し緊張する。ドラマの主演自体初めてのことだったし。
ちらりと彼の様子を伺った。キスシーンということに彼は少し位妬いてくれないものかと期待しつつ。
けれど、彼は「ふーん」と言ったきり、台本から顔を上げてくれない。
「・・・・・・それだけなんか」
「あ?何が」
「恋人が他人とキスするっつーに、それだけの反応!?」
酷い、伊佐っち!
わーんと泣きまねをしつつ抱きつくと彼は「うわ!」と悲鳴を上げる。
「そんなん、仕方ないだろ!俺もお前も役者なんだから」
「そりゃそーやけど」
「俺だってそのうちキスシーン有りの仕事来るかもしれねぇし」
・・・・・・・・。
確かに、仕方ない事といわれればそれまでだけど。何かそれ、想像するとすっごいムカつく。
「なー、伊佐っち」
「何」
「じゃあ、ちょっと俺の演技練習につきおーて?」
にっこりと笑う俺に、彼は何か嫌な予感を感じ取ったらしい。不安げな眼を見なかった振りをして、俺は彼の唇を奪う。
彼の体が硬直する前に、舌をねじ込んだ。
「せぃ・・・・・・っ!」
ソファの上に押し倒して、俺の思うがままに彼の唇を味わう。誰がいつここに来るか解からない状況でのキスの味は普段とは違う。
「いきなり、何すんだ、コラっ!」
彼は俺の肩を押して逃げようとするが、俺は眼を細めて口を開いた。
「明智」
低いトーンの声は、俺が普段演技をする時に使うもの。そっと彼の頭を撫でると、大きな眼が更に大きくなった。
知っている。彼が本当は誰に恋をしているのか位。
報われる事のない恋をしている彼は大馬鹿だ。
それでも手に入れたいと思う俺の方が、大馬鹿なのかも知れないけど。
「那賀、さん?」
俺の役名を口にした彼の表情は、可愛くて。
テレビの中で台詞を言う彼に妬けた。
側にいるのは、アイツじゃなくて俺なのに。
もう一度唇を落とそうとした、その時。

「くぉら星夜!!てめー楽譜音読みしてこいっつったろーが!何だこのヘロヘロ具合は!!」

邪魔をしてきたのは、我等がリーダー夕日だった。
彼の手には昨日録った新曲の俺のソロ部分のテープ。俺の腕には、硬直している伊佐っち。
夕日は俺と伊佐っちの状況をぽかんとした顔で見て、伊佐っちは夕日をぽかんとした顔で見て。
ていうか見詰め合うな、俺ほんと妬けるんですけど。
「・・・・・・那賀と明智がラブってる」
夕日の口から出たのは、前にソラに言われたのと同じ台詞。
「・・・・・・そういう事だから、邪魔しないでくれるか?」
那賀っぽい演技をして夕日をちらりと見ると、彼の眉がひくりと動く。あ、やべ。
「・・・・・・星夜・・・・・・・お前なぁ・・・・・・・邪魔って、な・・・・・・・」
夕日は額を押さえ、ひくひくと肩を震わせていた。物凄く嫌な予感がする。
「遊んでいるならこれからミーティングだ!来い!!」
「遊んどらん!俺は真面目に」
「真面目にシチュエーションプレイか!アホが!んな暇あるなら楽譜読め!今の時間暇らしいから、俺が指導してやる、来い!」
ぐいっと襟足を夕日につかまれ、そのまま俺は引きずられるように控え室の外へと連行されていく。
「いやや〜〜俺は伊佐っちと一緒にいたいんやー」
「やる事やってから恋愛に興じろ。伊佐君、ごめん。ドラマの撮りには返すから」
夕日が伊佐っちに謝ると、彼はにっこりと・・・・・・・そう、思わず見とれてしまうくらいの笑顔を夕日に向け
「煮るなり焼くなり好きにどうぞ」

酷い!!

折角伊佐っちと共にお昼ご飯!!

「夕日のドアホー!!」
そう叫ぶ俺の声は、閉められたドアに切断された。


××××


あの馬鹿が夕日さんに連れられて数分、俺はまだ硬直していた。
心臓がドクドク鳴っている。顔も熱い。でも、唇が一番熱い。
アイツ、解かってんのかな。
俺達、初めてキス・・・・・・したんだぞ?
「・・・・・・ばか」
初めて触れた唇の感触を思い出し、俺は一人、控え室で紅くなっていた。
確かに、ずっと一緒にいたから、変に意識をするのもな、と思っていたけど。というか、もしかして今まで意識しなさすぎた?
星夜の明るい笑顔を思い出し、頭の中が熱くなった。
「・・・・・・あれぇ?」
俺が恋しているはずの那賀は、こんな笑い方はしないのに。
星夜の笑顔を思い出して、ドキドキしている自分に気が付いた。

いつも、アイツとは一緒にいるのに。
何で俺が、キスぐらいで動揺しないといけないんだよ、バカ星夜。



終。




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