俺は今物凄く不毛な恋をしている。


「待ってよ、那賀さん!」
俺は雨の降る中、必死に彼の背を追いかけた。
彼は、一人ですべてを解決するつもりだ。
初めて会った時から感じていた、どこか他人を避けるようなその態度。頭は切れる、顔も良い。常に美人に囲まれていた彼だけど、その横顔はいつも淋しげで。
多分、俺はそんな彼の強さと弱さに惹かれていた。
「・・・・・・何だ、バイト。残業手当は出ないぞ?」
彼は少しかったるそうに振り返り、そう言いながら苦笑する。
まるで自分達の関係はそれだけだと突きつけられているようで、俺は胸が痛かった。
「そんなの要らないし、俺の名前はバイトじゃありません!いい加減、覚えてください・・・・・・っ!」
もう何ヶ月一緒にいるのか、俺も今は数えている暇は無いけれど、彼はいつも俺の事を“バイト”としか呼んでくれない。確かに、俺は彼の探偵事務所で雑用するバイトだけど、いい加減覚えてくれたっていいものじゃないか。
キッと彼を睨み付けようにも、目蓋が震えてきっと上手く睨みつけられていない。
「俺は、俺の名前は・・・・・・・っ!伊佐!・・・・・・・・・・・じゃない、明智だ!!」

『はーい、カット。伊佐君、コレNG大賞行けるかもよー』

良い場面で思わず本名を口走ってしまった俺への監督からのコメントに、スタッフや周りの人々がどっと笑い声を上げた。
しまった、うっかり。
慌てて彼に視線をやると、彼もくすくすと笑っている。それを見て顔を赤くしてしまった。
今、一緒にドラマの仕事をしている“天”のメンバーの一人、星夜。
「ごめん、星夜!」
慌てて頭を下げると彼は手を横に振る。
「気にしない。俺だってNG結構やってるだろ?」
その言い方といい、雰囲気といい、格好良いとしか良いようが無い彼に俺は心臓が止まるかと思った。
でも、もっと俺が動揺してしまうのは、演技中だった。
星夜さんが演じるこのドラマの中の主人公である那賀は、クールで頭が良くて格好いい人。星夜も普段はクールで格好いいから、演技していない時も彼が那賀に見えて仕方が無い時がある。そんな時が、俺の心臓が危うくなる瞬間。

俺は星夜さん演じる那賀に恋をしていた。



1.一方通行両想い




“天”の星夜はテレビで観るといつもクールで寡黙で硬派で。
そういうところが受けている人物だ。
実は彼本人に会うまで、俺、伊佐穂積は“天”のファンでもありその中でも星夜のファンだった。
その寡黙な横顔、無駄な事は一切喋らない男らしい態度に心底惚れていた。こういう俳優になりたい、と密かに思いつつも、小さいときからからかわれていた女顔ではそういうキャラクターではいられない。
彼本人と出会ったのは、デビューして1年、初めてドラマの話が舞い込んできて、それであの星夜と主役級を張るっていうから、卒倒ものだった。
初めて、本物に出会って、その硬派な素振りを生で見てしまい、本気で恋をしてしまい。
ついでにいえば、共にやるドラマのその役柄も、硬派で頭が良くて格好良くて、彼と彼が演っている役の人物にも心惹かれてしまった。
なのに。

「はぁー、やっぱあかんわ。那賀の性格演ってると肩凝るわー。あ。伊佐っち、お疲れ〜〜」

理想と現実は、やっぱり違う。
控え室に帰ってきた途端、気の抜けるような方言に迎えられて俺は軽い眩暈を感じた。
クールな星夜や那賀なら絶対見せないような、人懐っこい笑顔で手を振ってくるのはさっきまで共に仕事をしていた“天”の星夜。
クールで格好良い、なんて何で思っていたんだかわからない程彼の本性は明るい人だった。
普段は見かけと周りのイメージに即した「星夜」を演じているけれど、この事を知らない人が居なくなると彼はすぐにこの素を出す。この姿を見せられ、俺の彼に対する恋心は砕け散り、残るは架空の人物である那賀に対する恋心だけ。
そりゃあ、芸能人は二面性があるっていうのは知ってるけど、これはもうすでに詐欺の領域だ。
「お疲れ。悪かったな、NG出して」
この星夜に対してはまったく心がときめかないので、俺は普通に接する事が出来る。
那賀に対しては乙女かってくらいときめくからな・・・・・・。
「そんなん気にせんでええよー。俺達恋人同士なんやから」
語尾にハートマークがついていたのは気のせいじゃない。飲みかけていたミネラルウォーターが変なところに入って咽た。
「・・・・・・星夜、てめぇ」
「そーんな、照れなくても。今度デートしよな?もうすぐこのドラマも終わりやし、そしたらお互い時間が出来るやろ」
そう。半年間のこのドラマはもうすぐ最終回を迎える。
そうなると、那賀にはもう会えなくなるわけで。多分星夜本人にも会うのが難しくなるんじゃないだろうか。俺はともかく、コイツはこんなんでも一応天下の“天”サマだから。
その時のことを考えると、多少もの淋しい感じもするが・・・・・・。
「そんな淋しそうな顔せんといてーやー。俺毎日メールするし」
「要らんわこのハイテンションアイドル!」
「酷いなぁ。俺淋しいわぁ。うさぎは淋しいと死んでしまうんやでー?」
「でかい図体してうさぎなんてよく言う・・・・・・ってこら!抱きつくなー!」
ここはドラマの控え室なんだ。いきなり後ろから抱きついてきたうさぎというより犬の腕の中で暴れてもヤツは俺を放そうとしない。誰かに見られたらどうするつもりなんだ、本当に。
とはいえ、コイツに抱き締められてそんなに嫌だと思っていない自分もいる。
正直な話、この素の星夜は俺にとって一番苦手なタイプだ。最初からこの素を知っていたら、きっと俺はコイツに告白なんてしていなかった。
今、コイツと俺が恋人同士だっていうのは、悔しい事にまだコイツの素を知らなかった俺が思い余って告白してしまったからだ。
好きなんです、と告白したら「俺も、ずっと」という返事を貰った。
夢かと思った。
けど次の瞬間
「え、ほんまに?うっわぁ、ほんまなんか?嘘や無い?」
・・・・・・夢かと思った。
何だよその関西弁!何だよその微妙なハイテンション!
と、あの時は思ったけど、もう慣れたものだ。
人間って、成長出来るんだよなぁと俺は星夜の腕の中で薄ら笑いを浮かべていた。
まさか、その場で告白の撤回が出来るほど俺も度胸がなくて、それで今もずるずると・・・・・・。
「うさぎは俺やのーて、伊佐っちの方やけどな?」
「え?」
「おい、星夜!ドラマの収録終わったんだろ!?さっさとミーティングに来いよ!約束の時間すぎてんぞコラ!」
バターン。
扉が壊れんばかりに開かれたそこで怒声を叩き付けて来たのは、“天”のソラだった・・・・・・。俺の知っていたソラは天然の弟タイプだったのに、彼の本性もまたギャップがあるもので。何だ、“天”って二重人格の集団なのか?
そんなソラさんは俺達の様子に硬直し、一歩引き気味で
「うわぁぉ・・・・・・那賀と明智がラブってる・・・・・・」
コイツが那賀だったら俺は今頃天にも登る気持ちだよ。
「離れろ、馬鹿星夜!さっさとミーティング行・・・・・・」
そういや、俺も星夜もまだ衣装のまんまだった。くるっと振り返ると、そこにはちょっと驚いた風で笑顔を消した彼が。
やっばい、那賀っぽい!
思わずその表情に見惚れてしまった俺の様子に、何を思ったのか星夜はずいっと顔を近づけてくる。
その無表情の顔を近づけてこないで欲しい。本当に、那賀に見えるから。
緊張で思わず眼を閉じてしまった俺は、何かされるのかと思ったけれど何かされる気配も無く、ちょっとだけ眼を開けるとそこにはいつもの素の星夜がいた。
「伊佐っち可愛いー!!」
「ぎゃぁああああ!」
何故か感極まっているヤツに俺は再び強く抱き締められる羽目となる。



「あーったく信じらんねぇ信じらんねぇ信じらんねぇ」
ジャンケンに負けて星夜回収を命じられたソラはブツブツ言いながら足早にテレビ局の廊下を歩く。その後を追う星夜は他の人間にうっかり本性を見られては不味いのでクールな二枚目の顔だ。
同じ局で次は音楽番組を控えていたというのに、星夜の遅刻のおかげでスケジュールが狂ってしまった。
「すまない、ソラ」
「っつーか俺にその性格で話しかけてくんな。嘘くさくて笑えてくるから」
「こっちの方がいいと思っている人は多いと思うが?」
「それは素のお前を知らないからだろ」
そうソラに言われ、星夜は表情を少しだけ曇らせる。
「・・・・・・星夜?」
「騙し続けていた方が、良かったのかもな」
すべて気が付いている、と言ったら彼は一体どんな顔をするだろう。
彼が、誰に対して告白し、誰に対して恋心を抱いているのか。
告白された時に、素を見せたのは彼をだまし続ける勇気が無かったから。それと、好きな相手に本当の自分を見てもらいたかったという単純な理由も。
でも彼は自分に対して特別な感情を抱いてはくれていない。
それどころか、日に日に強く感じる演技中に貰う彼の視線。
「“自分”がライバルって一番厄介だな」





終。
自分東北人ですから・・・・・・。

実は設定は一番面白いんじゃないかと思うカップル。だから凄く書きたかった。
今回はOP的な感じで。
ぼちぼち行きます。

色んな意味で一方通行両想いだな、と今思いました(笑)




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