小さい頃から歩いていればお人形のようだと言われ、微笑めば天使のようだとちやほやされてきた。
成長しても俺の容姿は美形を損なうことなく、むしろ成長美なんて言葉があるのならそんな感じに可愛さが増していき、どこに行ってもちやほやされた。
そうしていくと、段々俺もどういう風にすればより自分が可愛く見えるか学習していくわけで、大人に褒められる技法を会得していった。同じようにちやほやされていた兄貴も同じく、だ。
自分に不利な状況となってもどうにか出来るように小さい頃から武術を習っていたのも、勿論計算の上で。
可愛いっていうことは罪なんだと兄貴は笑いながら後ろ回し蹴りを俺にかけてきた。後にも先にも俺を殴れるのはきっと兄貴だけで、俺も兄貴には相当な恨みを持っている。何だかんだ言って兄貴の方が可愛いと可愛がられてたけど、兄貴の方が性格は俺よりずっと悪かった、と思う。
お互いの本性を知っているのは多分お互いだけで。
俺も兄貴も学校の知人や両親の前ではこの容姿に見合った性格で振舞ってきた。
そんな兄貴が一度だけ泣いて帰ってきた時がある。中学の時だ。
何でも、モーションかけてた相手に「お前みたいな猫被りは嫌い」と言われたらしく。
多分悔し涙だったのだろう兄貴の目から流れ落ちたものを見て俺も愕然とした。
あの兄貴が振られた。
俺は絶対にこんな事で泣きたくない。
絶対に好きな相手には、俺のこの地の性格がバレるような素振りを見せない。
密かな決意をしてから早もう3年くらいにはなるんだろうか。
いまだに、俺には好きな相手というものが出来ていない。
可愛いあの子2
こっちが恋愛感情が無くてもあっちが持ってくれるから女も男も不自由しない状態ではあったけど。
「ごめんな、俺今、部活でいっぱいいっぱいで・・・・・・」
今日も告白しに来た女子生徒に頭を下げる。何で俺が謝らないといけないのかさっぱり解からないけど、まぁこれもある程度好感持ってもらう為の動作にしかすぎない。
大体、女子はこの理由で涙を拭いながら「がんばって」と言ってくれてそれで終わる。
男の場合はそうもいかない時がある。時々、「じゃあ一度くらい!」とか寝言を言いながら飛び掛ってくる馬鹿がいるけど、それは俺の鉄拳に殴り飛ばされて終わり。
一発ぐらいじゃ眼が覚めないヤツもいるから、地獄を見せてやることもしばしば。おかげでもう二度と俺の前に姿を現さなくなったヤツはもう・・・・・・10人くらい居たかな?同じ学校なのによく視界に入らないようにしているよ、と感心してしまうほどだ。
勿論、そうやってボコボコにした相手が俺の悪い噂を流すことも考えて、周囲には暴力なんて無縁というようなキャラで振舞っている。相手の言う事なんて誰も信じないくらいの。
一回、そんな噂が流されて、勿論「酷い噂だねー」と周りに庇われるくらいオロオロして見せたり嘆いて見せたりして、周囲へのフォローは完璧。その後噂を流したヤツを見つけ出して、二度とそんな噂を流したくならないような眼にあわせてやった。
そうして、今日も俺の天使の笑顔は守られている、というわけだ。
「芝浦もいい加減相手決めればいいのに」
告白を断わって教室に帰ってくれば、小学校の時からの腐れ縁の佐々木が苦笑顔で俺を迎えた。
猫被らなくてもいいと判断した相手には俺も疲れるような事はしない。
「うっせぇな・・・・・・決めて欲しいなら俺より可愛いヤツ連れてきやがれってんだ」
イスを手ではなく足で引っ掛けて引き、そこにどっかりと座った俺の様子にはもうなれたものらしく、ヤツは「無理言うなよー」と肩を竦めるだけ。
そう、俺の周りには俺以上に可愛いと思える相手が居なかった。格好いい系は好みじゃないので女に的を絞ってみたものの、やっぱり、胸にぐっと来るような相手に出会ったことが無い。
告白してくるのはぶっちゃけた話男の方が多いし。
あぁー、もう望みは無いんだろうか。俺、一生恋なんてしないで終わるんだろうか。
天使と言われるのにも飽きて、小悪魔と呼ばれるのにも飽きてきた。
例の一件があってから、俺の猫被りは磨きをかけて、さらに余計な人間を惹き寄せることになった。
電車の中で痴漢にあってみたり、教師に告られたり。後、全然知らない奴から手紙貰ったり。
自分が把握出来る範囲でのことならまだしも、ストーカーになんてあいたくないし。
好きな相手が出来るまで、猫被りは続けようと思っていたけれど、そろそろ限界だ。
はぁ、とため息を吐きながら何となく窓から外を見て、俺は硬直した。
「・・・・・・おい、佐々木」
「んあー?なんだ、芝浦」
「あの子、誰?」
校庭の隅にあるウサギ小屋の前にちんまりと座っているその姿に俺は眼を離す事が出来なかった。
何か、その姿がそう、無茶苦茶可愛くて。
「アレ、2年の衛藤矩くんじゃん。可愛いって大分評判だぜー?」
「衛藤・・・・・・ただす、くん?」
何だ、何なんだ。
心拍数が無茶苦茶上がってる心臓を押さえて俺は彼をじーっと見つめ続けた。
彼は俺に見つめられていることなんて知る由も無く、彼は彼でじーっと小屋の中のウサギを見つめている。
ウサギ、好きなのかな。好きなのかな・・・・・・何かすっごいときめくんですけど!!
そんな彼に声をかけたのは緑化委員らしき男子生徒。緑化委員があの飼育小屋の掃除とウサギの面倒を見ることになっているから多分間違いない、ほうき持ってるし。
どうやら、ウサギに触らせてもらえる事になったらしく、遠目からも解かるくらい矩君はぱぁっと表情を明るくして嬉しいオーラを出していた。あ、顔を赤らめてるんじゃねぇよ、緑化委員!!
でも、小屋から出た白いウサギを受け取った矩君の表情に、俺は思わず拳を握っていた。
「ちくしょう・・・・・・!!」
だん、とアルミサッシをその拳で叩くと横にいた佐々木が怯えた。
「・・・・・・し、芝浦・・・大丈夫!お前の方があの子より可愛い!!」
どうやら、俺が矩君の可愛さに妬いたと思ったらしいが、そのフォローにはピキリと来た。
「んだとテメェッ!!あの子を馬鹿にすんじゃねぇーッ!!」
「エェー!!そっちですかー!!?」
もう何が何だか解からない怒りに俺は佐々木の襟元を掴み上げ、がくがくヤツを揺すっていた。
「ちくしょー、可愛すぎる!!何あの笑顔!ウサギよりお前の方が可愛いよ!!」
「お、落ち着いてくれー!!芝浦ぁぁぁぁ!!」
「俺も緑化委員になれば良かった!ウサギ渡したかったー!!」
「お前、委員会決める時にそんな面倒臭いことやりたくないっつったろ!!」
「後悔してるんだから突っ込むな!!」
あぁ、何でやりたくないと言ってしまったんだ、4月の俺。
そして、気がついた時にはもう矩君はウサギ小屋から居なくなり、帰ってしまった後だった。
一目惚れってこういう事を言うのだろうか。
矩君を見た瞬間、俺の体には電撃が走った。そりゃあもう、物凄く激しくて熱い電撃が。
元々可愛いのは嫌いじゃなくて、むしろ好きで、でも単に可愛いものを見つけた時にきゅんとなるような生易しい感じではなかった。
これを恋と呼ばずにして、何を恋というのだろう。
その次の日、早すぎる!と止める佐々木の声も聞かずに矩君に告白をした。
「・・・・・・本当に早すぎる」
俺の一目惚れの話をしたら、矩君が低い声で呟いた。その顔が仄かに紅くなっているのが本当に愛しい。
ここは俺のクラスの教室。昼に矩君が遊びに来てくれたってだけで俺の機嫌は上昇中だ。
「そうかな?だって、矩君放っておいたら別の誰かに掻っ攫われそうだったしさ」
緑化委員とか緑化委員とか。
あの、矩君にウサギを渡した緑化委員の男は、あの後俺が矩君と並んで歩いているところを見て少し不安げな表情を見せた。だからこれ見よがしに矩君の頬にキスしてみせたら、不安げな顔が絶望へと変わった。ざまぁみろ。
「矩君さぁ、結構格好良い系にも弱いでしょ?」
俺の兄貴に時々見惚れている矩君の様子に気付かない俺じゃない。
「そ、そんな事・・・・・・」
否定の声が弱々しい上に目線が泳いでいるよ、矩君。
ま、いいけどね。
矩君と出会って変わったことは一つ。
俺が、矩君以外の人間には素を出すようになった。
小悪魔が悪魔に成長したと噂されているらしいけど、矩君以外の人間にはもう何と思われても構わないから放っておいてる。
「浮気したら俺怒っちゃうからね?」
むぅ、と頬を膨らませて見せると矩君は苦笑顔になった。
「そんなのしないけど、先輩が怒るっていってもそんなに怖くなさそうだよー」
矩君はくすくす笑うけど、俺の周りのクラスメイト達の顔が青ざめて首を横に振っているのが見えた。幸い、矩君の視界に彼らが入ることはなかったけど。
「そう?じゃあ覚えといてよ、俺が天使になるのも悪魔になるのも全部矩君しだいだから」
ね?とにっこり笑って見せると矩君の顔が紅くなる。可愛いなぁ、もう。
でもコレ結構過剰表現じゃないんだけどなぁ。
「べ、別に俺は・・・・・・先輩なら何でもいいけどさ」
そんな。
さらっとそんな事、しかも別に俺みたいに何か計算しているわけでもないような顔で。
「天然小悪魔の方がずっと性質悪いじゃないか・・・・・・」
「え?何か言った?先輩?」
負けだよ負け。惚れた方が負けって、よく言ったもんだよ。
あぁ、くそう。何で身長180センチ以上になったら、何て言っちゃったかなぁ。
早くこの子食べてしまいたいんですけど・・・・・・。
矩君は俺がそんな不穏な事を考えているとは露にも思わず、急にぐったりと机に伏せた俺を心配げな眼で見ていた。
「先輩?」
「矩君・・・・・・」
「はい?」
「俺、天使にも悪魔にもならないとは思うんだけどさ・・・・・・」
狼にはなるかも。
後18センチ足りない身長だけど、俺はしっかり男なわけで。
本当に、待ちきれないわけだけど。
身長が180になった時、自分がどれくらい暴走するか考えて少しぞっとしてしまった。
「何があっても嫌わないでね、矩君!」
「?そりゃあ勿論」
今の俺に出来る事は、ワケが解かっていない矩君の手を強く握り締める事だけだった。
終 |