空が薄紫色に変化してきた、時間は早朝5時。

 気がつけば3時間もリビングのソファに座っていた。

 久我は帰ってこない。

 その理由を考えるのも怖かった。

 だって、もしこの仮定が当たっていたらまた自分は独りぼっちになってしまう。

 だから

「あ?鍵開いてるし・・・・・・ったく戸締りしろって言っただろうが」

 玄関が開く音と聞きたいと切実に思ったあの声が耳に入った時、思わず走り出していた。

 血相を変えてそこに行くと、少し疲れたような顔をした叔父が驚いた表情でこっちを見た。

「お前、いつもこんなに早く起きているのか?」

 まだ5時過ぎだぞ、と彼は自分の腕時計を確認しながら言う。

 久我は大きな欠伸をして何事もなかったかのように自分の部屋へ向かっていた。

「あー、俺今日は寝てるから。ガッコ、ちゃんと行けよ」

 ぽんぽん、と要の肩を叩いて要らない釘を刺す。

 あまりにも普通で、要は安堵感に包まれ体から力が抜けていくのがわかった。

「・・・・・・帰って」

「ん?」

「帰って、来ないのかと思った」

 普段の要からは考えられないか細い声に久我は部屋へ向かおうとしていた足を止める。

「・・・・・・要?」

「また、独りになるんじゃないかって、おも・・・・・・っ」

 それ以上言葉を繋ぐ事は嗚咽が邪魔をして無理だった。

 どうやら自分で思っていた以上に親の死はかなりの傷を自分に残していたようで。2回もこの気に食わない叔父の前で泣く羽目になった。

「お、お前なんで泣いてるんだ!」

 この間と違って慌てふためく久我の声が良い気味だ。

 泣き止もうという努力をする気にもなれず、そのまま気が済むまで泣いてしまうつもりだった。

「あぁ、もぅ・・・・・・言っとくけど、俺本当は男を抱きしめる趣味は持ち合わせていないんだぞ?」

 そんな美声が近距離から聞こえたと思ったら、二度目の抱擁。彼の肩口に顔を埋めて身長差を思い知る。

 生きた人間の体温が要を一層安堵へと導いた。

「一応、留守電には仕事で遅れるって入れたんだけど・・・・・・聞かなかったんだな」

 どこか気遣いを含んだ声色にゆっくり頷く。

「あの日も、留守電だったんだ・・・・・・だから」

 あまり抵抗なく彼の背に腕を回すと後頭部を大きな手で撫でられた。

 覚えのある感触に、思い切り彼にしがみ付く。

 子供らしい一面に久我が苦笑するのがわかった。

「大丈夫。独りにはしない」

「ひーちゃ・・・・・・」

「ん?」

 久し振りに呼んだニックネームに彼はなんの戸惑いもなく答えてくれる。

 それが凄く嬉しかった。

「だいすき」





「日月〜、今日はご苦労様。悪いけどさ、大伯父さんがお前に話があるってー・・・・・・」

 彗日が合鍵を使用して久我宅にやってくるのはいつものこと。

 いつもは、玄関で大きな声を出せば面倒臭そうな顔をしながらも来てくれるのに、今日は何故か何の反応が無い。

 少し首を傾げたが、まぁ昨日の今日だ。仕事で疲れて熟睡しているのかも知れない。

「かーづーきー入るよ」

 迷わず彼の部屋のドアをノックして、返事をまたず中に入った。

 部屋の中の状況に硬直する事になろうとは予想もせずに。

 一歩彼へ近付こうとしてその足を止めてしまう。

 彗日から向かって右側に大きなベッドがあるのだが、その大きさは久我が広さを求めて買ったのか、誰かと共に寝る為に買ったのか理由はわからないが、そのベッドに絶対そこに居るはずのない人物がいる。

 しかも、そのベッドの持ち主の膝を枕にして熟睡中。

「かかかかかかか日月―――!!」

 あまりの光景に空気を読めずに叫ぶと使用されていない枕が顔面に飛んできた。

「うるさい。要が起きる」

 ベッドに座って要の枕の役目を果たしている久我は小声で注意した。

 時々要の頭を撫でているその手付きは果てしなく甘く優しい。

「お前、要くんに何したんだよッ!周星さんに呪い殺されるぞ!!」

 小声で彗日は久我に要の父親の名前を出すが、久我は肩をすくめた。

「まだ何もしてねぇよ」

 まだってこれからする予定なのか!?

 口に出すと絶叫しそうだったからそれは心の中で叫ぶところで止めておいた。

「それに、要に手を出す許可は周星から生前に貰っている。多少の条件付きだけど」

 抜かりがない久我は馬鹿にするような笑みを向けてきた。正直、ムカつく。

「要くんも大変だねー・・・・・・」

 彼の寝顔を覗き込もうとしたら殴られた。勿論顔面を拳で。

「今日は行かない。親父にも上手く言っておけ」

 痛みに悶絶している彗日に冷たく言い放ち、要の頭に手を置く。もうすでに定位置になりつつある。

 この子を置いてどこかへ行くほど、久我は冷酷じゃない。

「・・・・・・わかったよ」

 彗日も状況を判断してあっさり部屋から出て行った。

 これ以上下手な事を言ったら顔の造作が変わってしまうかもしれなかったから。

 見送る時はすごく爽やかな笑みなのが憎らしい久我を睨んだが効果は無かった。

「・・・・・・だいすき、ねぇ」

 久我は彗日が出て行ってすぐに要の寝顔を見つめながら彼が夢の世界へ旅立つ寸前に残した言葉を口に乗せる。

 その言葉の意味が昔と対して変わっていないのは重々承知している。

 と、いうか最近は嫌われたかと思ったからそのフォローを考えていたところだった。

 気を引くため、というわけでも無かったけれど、三分の一はその意図を含んで連れ込んだ女にも彼は妬いていてくれたらしいし。

「まあ、これからが楽しみだな」

 後々彗日に「若紫計画」と呼ばれることになる久我の企みに気付くことなく要は熟睡していた。
 



end


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取り敢えず一度終わりで(^−^)
有り難う御座いました。