お父さん、お母さん、お元気ですか。
 やっぱり東京は怖いところです。


 大久保洋佑は呆然と突っ立っていた。
 
 ここは大学に通う為に借りたアパートの自分の部屋。

 目の前にはガスコンロ。

 そしてその上に乗っている天ぷら鍋からは自分の背より高く炎が上がっていた。
 
 これは……ヤバイだろう。
 
 消火器を探してもオンボロアパートにそんなものは備え付けていなくて。

 もう、どうしようもない。
 
 
 このアパートに引っ越してきたのは一ヶ月前。ついでに九州から引っ越してきたのも一ヶ月前。
 
 昔から何故か勉強だけは出来て、高校の担任に東京の大学を進められた。
 
 観光気分で受験をしたらうっかり合格。
 
 狂喜する親から上京を命じられ、渋々東京の大学に入学した。
 
 本当は九州から出たくなかったのだけれど。

 ―-東京はこわかとこけん。行かん方がよかよ。
 
 そんな言葉を小さい頃から叔父に聞かされていた。一体彼に何があったのだろう。
 
 図体はでかくなっても恐怖心だけは変わらない。

 
 そんな中でさっそく今大変なことになっていた。
 
 目の前で燃え盛る炎。天井を焦がすのも時間の問題。
 
 学生保険入っていてよかったぁと思いつつ。
 
 ああ、でもお隣さんには伝えないといけない。
 
 そう思って洋佑は消火を後回しにしてすぐ近くの玄関のノブを回した。

 
 けれど、お隣さんと話すのはコレが初めて。
 
 年代を感じさせるドアの前に立って表札を見る。

『青葉宗次郎』

 何!おとろしか名前ばい!!
 
 ノックをしようとした手を思わず止めてしまった。
 
 東京人は冷たいとよく聞いている。しかも何だか厳つい名前。
 
 185センチある洋佑だったが、自分より大きな男をついつい想像してしまう。

 ついでに言えば多分東京人。

 しかし、戸惑っている場合ではない。緊急事態なのだ。

 意を決してドアをノックする。

「青葉さん――、隣の大久保です〜〜火事です〜〜」

 コンコン。

 返事が無い。

「青葉さん?」

 さらに声を張り上げると反応があった。

「何ね、人が寝ちょるちゅーに……」
 
 がちゃりとドアが開いた先には、意外にも自分よりずっと小さな少年がいた。

 黒い髪の頭が自分の胸あたりにある。

 名前とのギャップに一瞬唖然とする。

 そんな自分に彼は小首を傾げてとろんとした目で見上げてくる。

「どちらさん?」

 寝ていたのだろう、黒髪がぴんぴんはねている。

「と、隣の大久保です。えーと、青葉宗次郎さんですか?」

「ん」

 子供っぽい仕草で頷かれたから堪らない。

「か、可愛か……」

 思わず呟いた言葉に青葉の寝起きの目が一瞬にして鋭くなった。

「ああ?おんし誰に向かって」

「あ、そんな場合じゃなかとです、青葉さん」

 怒りをあっさりかわされ今度は青葉のほうが呆気にとられた。

 しかも突然の来訪者は笑顔で

「火事です。逃げてください」

 信憑性の無いことを口にした。

「……はぁ?」

 一瞬何を言っているのか理解できなかった青葉に洋介はにこりと笑う。

「俺の部屋、天ぷら揚げとったら火ぃつきまして。今燃え盛っとるばい」

 もう少し慌てて言って欲しいものだ。

 寝ぼけた頭でも何とか言葉の意味を飲み込んだ青葉の顔色が段々蒼白になってゆく。

「何しちょる!はよぅ消さんと!」

「消火器もっとりませんもんじゃけん」

「あほか!」

 寝起きのはずの彼は洋佑の部屋に走り、中に入っていった。
 
 凄い、行動派だなぁ、と感心する。
 
 のんびり部屋に戻ると青葉が火と悪戦苦闘している。

「大久保!水!!」

「水はいけません。水蒸気爆発しよる」

「ほんなら消火器!!」

「じゃけん、もっとりません」

「ああ、もう〜〜〜」

 洋佑のテンポにイラついた青葉は近くにあった天ぷら鍋の蓋をとり、火に恐る恐る被せた。

 するとあっさり火が落ち着く。

 なにかいいものはないかと辺りを見ていた洋佑は視線を戻したところに火が無いのに目を見開いた。

「あれ?どうやったんです?」

「蓋かぶせたきに。つつくなよ、火傷するわ」

 ひとまず助かった、と青葉がため息を吐く。

「おまんももう少し慌てや。それと初心者が天ぷらは止めといた方がしょうえい」   

「……青葉さんはどちらの出身の方で?」

 反省の言葉はなく、唐突な質問。

 青葉は彼のテンポに唖然とするが、ここで負けてはいられない。

「土佐。東京は2年目じゃ」

「土佐?俺は九州ですたい。東京もんかと思いましたわ」

「きゅうしゅう……?ほりゃあまた遠いな」
 
 や、四国も変わらないだろう。
 
 そうは思ったが目の前でくるくる表情が変わるお隣さんに洋佑はにこにこ笑っていた。

 立ち話もなんだから、と青葉にお茶を出して7畳一間の部屋に招く。

「青葉さんはどちらの高校で?」

「……俺は大学2年ぜ」

「ああ、じゃあ俺より年上たい!」


 地方出身ということが二人の気を合わせたのか、何故か意気投合。


「青葉さん、運命ですわ、運命!」

「はあ?何が」

「この狭いようで広い日本で、東京のこんな小さなアパートのお隣!この出会いは絶対運命です!」

「……まぁ、そうとらえるんならそうとれるかもしれんの」

「火事と聞いたときの貴方の素早い行動は俺には出来んことです!」

「や、しとけ?」

「貴方は俺に無いものありよるけん!」

「まぁ、そりゃあなぁ」

「俺と付きおーて下さい!一目ぼれしました!!」

「あほか!」



 お父さん、お母さん、東京はこわかところです。
 
 でも、俺とこの人を出会わせてくれた場所やけん。
 
 好きになれるかもしれんとです。





終わり。









BLですよ・・・・・・。←そうか?たまには馬鹿くさいものも書きたくなるんです。

何だか・・・さらりと書いた小話系。「ためしてガ●テン」を見ていて思いついた感じ。冬の火事は危険です。

攻め視点イエー☆でも受け視点のほうが好き。

青葉宗次郎・・・可愛い名前になってしまった気が。

九州弁も土佐弁も危。大目に見てください、現地の方。でも土佐弁って無くなりかけてるって聞いたんですが。

「しょうえい」っていうのは土佐弁で「良い」って意味です。

九州弁は現代文の某教材をお手本に。まさかこんな事に役立つとは思いもよらず。こんな事に使われるとは思っていないであろう国語教師を思い浮かべ。ある意味辱め。

でもコレ所要時間20分。少し遅いのは方言の確認。

もう少し精進してから方言を使いたい。

九州×土佐。別に薩摩と土佐がどーのなんて言いません。


某M先輩に捧ぐ。なんとなく。




2004.01.22 22:47






おまけ↓




3ヵ月後の二人。







「だから、俺は青葉さんのこと好いとーとです」

「だから、おまんの言うことはわからん言うちょる!」

「言ってわからんのでしたら体で言えばよかですか?」

「何言って・・・・・・!」

「青葉さんも俺のこと好いとーてくれてますよね?」

「・・・・・・大久保」

「青葉さん」

「・・・・・ああ、好いちょるよ」

「青葉さん・・・・・・」

「何ぜ」

「可愛か――v」










方言萌。
台詞だけでご飯2杯いける。

このアパートには見た目は怖くて中身明るい関西人と生粋の江戸っ子の美人が住んでいるといいなぁ・・・・・・
(希望かよ)



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