最近、恋人と一緒に住むようになった。そこには彼の弟もいて、何だか奇妙で楽しい同居生活を送っている。


「にーぃさんっ!早くしないと新見さんに俺が怒られるんだからな!」
「蒼生が怖いよ、誠一郎」
「自業自得だ」
賑やかな朝。きっと、4人の誰かが欠けてもこんなに賑やかにならない。
彼の弟は蒼生といい、第一印象は元気で可愛い子。うちの常にぶっちょう面の兄も彼を気に入ったらしく、彼にはよくかまっている。なかなかに良い傾向だと思いながら、俺はそれを観察していた。
俺は、5歳になるまで兄さんがいるという事を知らなかった。突然お前の兄だと紹介されて俺は戸惑い、けれど俺より歳がずっと上ですべてを理解していた誠一郎兄さんは俺に笑顔を向けてきた。
彼は俺にとっては良い兄となり、うちのグループにとっては逸材となった。
兄さんが会社で働いている間、俺は広い屋敷でひたすら一人で勉強勉強の日々。俺に構ってくれる人間は誰もいなかった。今思えば淋しかったんだろうけれど、ついでに、兄さんはそんな俺に気を使ってくれたりもしたけれど、俺は何となく兄さんに心を開けずにいた。
そんな、時だ。全さんに会ったのは。
俺が会社に顔を出した時、うちの会社に用事で来ていた全さんと初めて顔を合わせた。その時は何とも思わなかったけれど、それから何かのパーティやらなにやらでよく全さんと顔を合わせることに。
全さんは優しかった。
「僕にも君と同じ年齢の弟がいるんだよ」
何度目かに会った時、彼はそう優しげな顔で言う。俺は彼の弟が羨ましくてしょうがなかった。
「俺も、全さんみたいなお兄さんが欲しかったな」
思わずこぼしてしまった言葉に彼は眼を大きくして、それから軽く笑った。
「誠一郎も良いお兄さんだと思うけど」
「・・・・・・良い兄ですよ」
格好良くて仕事が出来て、俺にも優しい。自慢の兄といえば自慢の兄だ。
兄さんが俺に対して一生懸命なのは伝わってくる。だから俺も一生懸命“弟”をやっている。昔夢見た兄弟ではなかった。ため息を吐く俺に彼は
「深継君、弟は無理だけど、俺の恋人にならない?」
今思えばあれが全さんの告白の言葉だった・・・・・・。
それから、俺の生活は一変した。
本当に、色々な面で一変した。
「はぁ?同居!?何考えているんだお前は!!深継はまだ高校生だぞ!」
全さんが俺を気に入っていたのは兄さんも知っていたらしいから、俺と全さんが恋人同士になったその事に反対はしていなかった。でも流石に一緒に暮らすことは猛反対。
怒鳴る兄さんなんて初めて見た。しかも、俺の為に。全さんには悪いけど、この時結構感動していたんだ。
「いいだろ。うちには深継と同じ歳の弟もいるんだ、きっと仲良く出来るし、あーんな広いだけの屋敷に深継一人にしておきたくない」
全さんの言葉に兄さんも言葉に詰まったようで額を押さえていた。
「深継・・・・・・お前はどうなんだ」
「・・・・・・俺も、全さんと一緒に住みたい」
全さんと別れた後、一人で帰るあの屋敷は俺にとっては寒すぎた。
兄さんも何かを察してくれたようで
「・・・・・・なら、俺も一緒に住む」
それに誰よりも驚いたのは全さんだった。
「ハァ!?何言ってんだ!俺の可愛い弟と可愛い恋人と共に住むっつー野望を壊す気!?」
「ああ、その言葉を聞いて更に壊したくなったがな!」
「駄目だ!うちは身長180cm以上の人間立ち入り禁止!可愛くない!」
「うるさい。お前の弟も可哀想だろうが!」
「蒼生は許してくれる!この隠れブラコン!」
蒼生にも見せてやりたかったな、あの時の二人。結局は兄さんも一緒に住むことで落ち着いた。
じーっと朝食の後片付けをやっている蒼生を見つめていると彼は不思議そうに首を傾げた。
全さんを送り出して、その表情は和らいでいる。今日は俺達学生は休日で、兄さんは自宅で仕事。
「何?深継」
うん、流石全さんの弟。奈良崎の秘蔵っ子。可愛い、と思う。
日本人らしい真っ黒くて癖の無い髪はさらさらで、全さんと同じく白い肌に大きな黒い瞳。彼に見つめられると何だか小型犬を連想してしまう。
「蒼生って大物だよな」
普通、男の恋人を紹介された上に一緒に暮らす何て言われたら引くだろ。
「そうか?あの兄さんの恋人やってられる深継も相当だと思うけど」
疲れたようなため息を吐く蒼生も相当苦労しているようだ。まぁ、俺も夜は相当苦労させられるけど。
始めは、密かに俺が全さんを押し倒すのかと思って、いた・・・・・・。それなりに可愛い顔立ちだと思って見ていたし。でも夜は野獣って。どうなんだそれ。
「深継、何か顔紅いけど熱でもあるのか?」
色々と思い出していたら蒼生に心配をされてしまった。
「いや、何でもない」
「そう?ならいいけど・・・・・・」
蒼生は少し何か迷うような表情を見せ、それから俺の前に座った。
兄さんは自室に戻っている。それを彼は確認してから、俯いた。
「なぁ、深継」
「ん?何?」
「誠一郎さんって、食べ物で何好き?」
ん?
こそこそと小声で聞かれた事に俺は蒼生に眼でその真意を聞き返していた。
何で?
彼は少し顔を紅くして
「え、や、他意はないよ!ほら、これから一緒に暮らすし、俺がご飯作ってるし、そゆこと知っといたほうが」
「あー、うん・・・・・・?」
何でそんなに慌ててるんだ、蒼生。
しかし、兄さんの好きなものね。
好きな、物。
ちょっと考えてみたけれど、まったく浮かばないって弟として失格だろうか。
「なぁ、全さんは何が好きなんだ?」
試しに聞いてみたら、蒼生は顔を上げて「兄さん?」と聞き返してくる。
「兄さんはねー、朝ごはんは基本的にパン派かな。2分くらいオーブンで焼いた少し狐色になったくらいが一番好きみたい。食パンにはバター派。一番好きなパンは食パンでうちのガッコの近くの『メープル』っていうパン屋さんのチーズブレット。それにオニオンスープとサラダ・・・あ、でもカイワレは入れない。後紅茶はセイロンが好き。夜は反対に和食の方が良いみたいで、はまぐりでダシとった味付けご飯がお気に入り。味噌汁は豆腐となめこが好きでー、漬物はきゅうりが好き。ほっとくと一人できゅうり食べてる。果物で一番好きなのは苺だよ。小さい頃からスイカだけは苦手で食べない」
「いや、ありがと」
ほっといたら多分ずっとしゃべっているだろうな、と思った蒼生の台詞をそこで止めた。凄い、君は弟として合格だ。
俺が全さんの好みで知っていることなんてアレの時の体位とかそこら辺だ・・・・・・ちょっとこの考え方は自虐的すぎるか。
「な、誠一郎さんは?」
ああ、そうだった。
質問を質問で返していた俺に蒼生はもう一度聞いてくる。
しかし、聞かれても俺は答えられるネタが無い。
「・・・・・・オムライスとかハンバーグとか?」
ちょっと思い出したことを口にすると蒼生は驚いたように眼を大きくしていた。
「へ?お、オムライス・・・・・・?」
「あー、何か、兄さんのお母さんがよく作ってくれたメニューらしいよ」
いわゆる、おふくろの味ってやつ。
少し前に兄さんが話してくれた事を思い出した。会社で用意される高級料理にあからさまに飽きた、という顔をしていた兄さんが俺を連れて行ってくれたのが、街中の小さな洋食屋。
俺は初めての味に感動し、兄さんは久々の味に癒されていた。そんな思い出。何だ、俺結構兄さんと兄弟らしい事してるじゃないか。
「そっかぁ」
「お役に立てましたか?」
「うん、さんきゅ、深継」
エヘヘ、と嬉しそうに笑う蒼生は可愛かった。
何だか最近可愛さが増しているような気がするのは、気の所為か?

そしてその日の昼はオムライスだった。早速だな。

その夜、俺の部屋の扉をノックして入ってきたのは兄さんだった。
「深継」
「何?兄さん」
兄さんが俺の部屋を訪ねてくるなんて珍しい。今日は一日中俺も兄さんも家にいたから、リビングで軽い会話をしたりしていたのに、わざわざ何で部屋に来るんだ?
そして、兄さんが口を開き
「・・・・・・お前、蒼生の好きなものって知ってるか?」
はぁ?
「・・・・・・知らない、けど」
まだ数ヶ月しか一緒にいないのに、知るわけ無いだろ。
「何か無いのか」
けれど兄さんはそれでも聞いてくる。
「無い。てか、全さんに聞けばいいんじゃ?」
「あいつは俺に警戒してるからな・・・・・・」
大切な弟を誰かにとられるのが嫌なのか、全さんは最近仲の良い兄さんに物凄い警戒網を張っていた。あの人も相当のブラコンだ。気持ちは解かるけど。
可愛いもんなぁ、蒼生。
「お前、同じ年齢だろ。何か無いのか」
「そんな事言われても・・・・・・てか、何で?」
「・・・・・・今日の昼食が美味かったから」
・・・・・・・。
兄さん、俺も人の事言えないけどさ・・・・・・。
「あのさ、蒼生の飯は美味いよ。だからって毎回何か買ってあげるつもりなのか、兄さんは」
金がなくなる・・・・・と言いそうになったけど、そんなに久慈の財力は少なくない。ほっといたらやりかねない。
「こういう場合は、物じゃなくて態度で示した方がいいと思うけど。プレゼントは特別な時だけの方が効力あるんだからな」
・・・・・・効力って、何の。
自分で言っていて首を傾げたくなったけど、まぁいい。
「態度って、どうやって」
「美味しいとか言えばいいだろ、ありがとうとか」
「そうか、成程」
兄さんも変なところで不器用な人だな・・・・・・。
こんなところで自分と彼が兄弟であるということを痛感する。今までは無かったことだ。
「深継くんー、一緒にお風呂」
タイミング悪く全さんが俺の部屋の扉を開けて、兄さんの裏拳をその顔に受けていた。
骨と骨がぶつかり合う音に俺は思わず椅子から立ち上がっていたけれど、さすがというか、全さんも反射的にそれを手で受けていた。兄さんは昔空手を、全さんは昔合気道を・・・・・・やっていたと聞いている。
「あっぶな・・・・・・何、誠一郎」
「お前、午後10時以降深継の部屋の出入り禁止」
攻撃を受け止められたのに大して悔しそうじゃない兄さんの様子から、多分全さんが防御することは計算済みだったんだろう。そんな二人は付き合いは長いらしい。兄さんは腐れ縁だと言っていた。
「何ソレ!恋人同士なんだから夜這いくらい!」
「深継はまだ未成年だ。夜這いなんてもってのほかだぞ」
あ。また始まった。
騒がしいけど、兄さんと全さんの喧嘩を聞くのは嫌いじゃない。
何か、俺二人に愛されてるなーと思う時だし。
それに
「それに、蒼生の教育にも悪い」
ため息を吐く兄さんは、最近やっぱり蒼生がお気に入りだ。
「何、蒼生蒼生って、蒼生は俺の弟!」
そして全さんのブラコンっぷりも健在。
気のせいか、兄さんが最近活き活きしているように見える。仕事ばかりだった前までの生活とは全然雰囲気が違う。
全さんとの喧嘩が憂さ晴らしになってんのか、それとも・・・・・・。
「風呂上がったけど・・・・・・何騒いでるのさ」
この騒ぎを聞きつけた蒼生が濡れた髪を白いタオルで拭きながら、背の高い兄さんと全さんの脇あたりから顔を出す。
「あ、聞いてよ、蒼生!」
味方を見付けたと思ったのか、全さんが風呂上がりの蒼生に抱きついていたけど蒼生はちょっと冷たい顔。
「はいはい、兄さんが悪いんだろ。速くお風呂入ってきなよ」
素っ気なく彼は言って、頭を拭いていたタオルを全さんの頭に被せて外に追い出した。凄いこの弟最強だ。
流石の全さんも最愛の弟には勝てないらしく、渋々と一人で風呂に向かっている。そんな背中が最近可愛く見えてきたのは歪んだ愛かな。
「蒼生」
ふぅ、と蒼生が息を吐いた時、兄さんが彼に声をかけていた。
あんまり聞いたことのないその柔らかい口調に俺は少し驚く。さっきまで全さんと喧嘩をしていた刺々しさもなく、俺に対する口調ともどこか違い・・・・・・。
それに驚いたのは俺だけじゃなく、蒼生もぱっと顔を上げていた。
「何・・・・・・ですか?」
多分さっき俺が言ったことを実行しようとしてるんだろうけど、兄さんは。
でも何だ、何なんだこの雰囲気・・・・・。
風呂上がりだからなんだろうけど、蒼生の顔は紅潮しているし、兄さんの方はやけに優しげな顔だ。
「有り難う」
・・・・・・って兄さんもその一言だけか!主語がない!
「いや、その・・・・・・喜んで頂けたのなら嬉しいです」
けど、蒼生は少し照れくさそうに笑っていた。
・・・・・・え、通じちゃってるんですかコレ。
知らない間に以心伝心を極めちゃっている二人の奇妙な雰囲気に俺はしばし茫然とする。
ここ、俺の部屋なんだけどなぁ。
「じゃあ、深継も蒼生も早めに寝ろよ」
兄さんは何事もなかったかのように平然と俺の部屋から出て行く。
何もなかったんだけど、何か何もなかったとは言えないこの奇妙な感覚を残して。
「兄さん最近雰囲気変わったよなぁ・・・・・・そう思わないか、蒼生」
「・・・・・・」
「蒼生?」
「えっ!?何!?」
・・・・・・・何って、こっちが何?だ。
蒼生は俺の顔を見て、ぼっと顔を赤らめ、しばらくきょろきょろと周りを見回して急に力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
風呂上がりでのぼせたのか?
「蒼生?蒼生、大丈夫?」
「・・・・・・ぐ、深継、どうしよう」
その声が妙に弱々しかったから、よっぽど気分が悪いのかと思ったら
「誠一郎さんにお礼言われた!」
ぱぁっと彼の周りを光が包んだ・・・・・ように見えた。
は?
いや、それは俺も見てたから知ってるよ。
嬉しそうに笑う蒼生に何も言えなかったけれど。
そういう風に喜ぶ彼が本当に人なつっこい小犬のようで、そりゃあこんな子近くにいたら癒されるだろうなぁ。
兄さんが何で雰囲気が変わったのか、その理由を知り俺は少し苦い笑い。
全さんもどっちかと言えば犬タイプだし、兄弟だなぁ。
「深継、俺、誠一郎さんの事好きかも」
ほのぼのした眼で見ていたら、蒼生のうかがうような上目遣いに爆弾を落とされた。

え?

「だ、だって何か最近おかしいんだ、誠一郎さんと眼が合うと顔熱くなるし、話してるとどきどきするし、何かもうわけわかんね・・・・・・っ」
「ちょっと待て蒼生」

思わず彼の台詞を制止してしまったのは、驚いたからじゃない。反対をしようと思ったからじゃない。
俺の頭に、俺の恋人の能天気な笑顔が浮かんだからだ。

あの二人の喧嘩のネタが、また増えることになるかも知れない。

でも、あの兄さん相手なら蒼生、お似合いかもな。
何たって、あの兄さんの雰囲気を変えた人だし。

俺が、全さんのおかげで変われたように。

「俺は応援するからな」

蒼生の嬉しそうな笑顔を観れただけで多分俺の選択は間違っていなかったと思える。




ごめんな、全さん。
俺も兄さんの幸せを望む弟なんだ。


「えっ!今日の昼蒼生のオムライスだったの!?いいな、いいなー!」
「・・・・・・・・・・」
その後に昼間の話をしたら全さんは心底羨ましそうにしていた・・・・・・。
俺の当面の目標は、全さんのブラコンをどうにかすることになりそうだ。






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ブラコン・・・・・・治るのかなコレ。