後ろから抱いた体は思っていたよりずっと細く、力任せに抱いたら砕けてしまいそうだった。女性と違い、脂肪もあまりない体だから尚更そう思わせる。それでも、初めて触れた肌は柔らかく滑らかで、僅かな光に白く闇に浮かぶ。真直ぐな背骨にそっと気付かれないように口を落とした。
 初めてに近い快感に翔は腕の中で可愛そうなほど震えていた。それでも、紅く濡れた唇から漏れる声はそれを嫌がってはいない。時々その口から漏れる唯一の言葉が自分の名前であることに、興奮を覚え始めていたが、必死にそれを抑えていた。酒に浸かっている脳でも、それだけは強くセーブしていた。酒に浸かっていなかったらまずこんな事はしていないのだが、そんな自分が必死につなぎとめようとしている理性を翔の方が決壊させようとしていた。
 快感に表情を蕩けさせている翔の涙目が不意に自分を見上げ、薄く緑がかった薄茶の瞳が、とろりと揺れる。
「きもちい、から……もっと、して」
 囁くような甘い懇願に、克己が全てを酒の所為にしかけていたその時、女性の悲鳴がそれを止めた。苛立ち半分、安堵半分、その原因をどうにかし、今度は翔の体を自分のベッドへと移す。自分の想いは遂げない、けれどその代わりもう少し酒の所為にして彼の体に触れたい。自分の酒の入った脳はそれを許した。
「続きだ」
「続き、って、おい」
 奇怪な悲鳴に中断をされてそれで終わると翔は思っていたのだろうか。だが、そこで終わらせたくはなかった。
「お前だって、このままじゃ辛いだろう。すぐ終わる。それに」
 止めるように肩に置かれていた翔の手を取り、その手に口を寄せる。この手も体も足も全部自分のものになれば良い。この夢の間だけは。
「お前が言ったんだ、もっとって」
 言い訳の様に翔の所為にすると、少し彼は困惑したようだったが、宥めるように抱き締めれば、強く背に縋りついてきた。その力強さが心地よかった。今、彼が頼れるのは佐木遠也や篠田正紀ではなく、自分だけだ。翔の世界には自分一人だけが住めば良いと、現実には無理な話だろうが、思うだけなら許されるはずだった。
「翔」
 この名前を呼ぶのは自分だけで良い。自分だけに呼ばせてくれと、心の底で密かに訴えると、翔が静かになる。
「大丈夫か?」
 そっと顔を覗き込めば、あの不思議な色の瞳と、涙に濡れて薄く光る睫毛に迎えられる。可愛いとは思うが、泣かせてしまった罪悪感に心は痛み、その涙に指を伸ばそうとしたが、翔の方が早かった。どことなくぼんやりとした目を克己の目と合わせたまま、細い手を克己の即頭部へと置き、そのまま硬い髪をゆっくりと撫でる。初めての翔からの接触は心地良かった。そうしているうちに、その手に力が入り、そっと克己の顔を引き寄せ、その口に彼からキスをしてきた。
 正直驚いた。してはいけないと、克己が必死に耐えていたそれを彼からしてくるとは。
「頼む」
 そっと離された紅い唇が、小さな声で懇願する。
「つづき、して欲しい」
 もう迷う必要はなかった。元々それほど迷ってもいなかったが、翔が自分の背を後押ししたのだ。もう泣いても嫌がられても止められない。
 今まで散々弄んできた翔の熱を更に煽るように指を滑らせると、小さな体がふるりと揺れた。男のものに触れるのは初めてだが、不思議と嫌悪感は無かった。むしろ、正直な反応をするそれが可愛らしくもある。
 白い肌にふつりと硬く立つ紅い乳首を指で摘むと、びくりとその白い体が波立つ。
「あ、っふ、も、だめだって……出る、やぁ!」
 翔が声を抑えようと口を閉じようとしたのを、指でこじ開けて無理矢理止めた。そうすれば、克己の指を噛まないようにして、彼が歯を食いしばったりしないことを見越した上でだ。
「そういう時は出るじゃなくて、イくだな。言えるか?」
 性知識に疎い彼にそんな事を教えるのも楽しかった。そういえばAVもあまり見慣れていなさそうだった。余計な下世話な知識がない彼はとても可愛く、そして教え甲斐がある。意識的に優しい声で囁けば、彼は閉じていた目をゆるりと開けた。そこから僅かに覗いた茶色い瞳が涙の膜の下、不思議な色を作っている。
「は……い、いく?」
 意味も良く解かっていないだろうに、自分が教えたとおりに言葉を口にする翔の幼い発音に、自然を口元が上がる。
「そう、そうだ。よく言えたな」
「っ!あ、やだ、うあ……や……!」
 その時、翔の体が弓なりに反り、それと同時に克己の手の中に熱いものが吐き出されたのを感じた。ぐったりと自分に体を預ける翔に、そっと太腿まで手を伸ばし擦ると、彼の口から「ぁんっ」と先ほどまでどこか理性を保っていた喘ぎとは違う甘い声が漏れる。どう考えても喰い時だった。
 その甘い吐息が漏れる唇を思う存分貪ると、鼻にかかった翔の声が耳をくすぐり、更に舌を奥に進めようとすると、翔の手が自分のシャツを縋るように掴んだのが解かった。
「あ、は……」
 慣れないキスについていけず、酸欠になりかけていたらしい。胸を露わにするくらい引き上げられたTシャツの下、細い胸が上下に動く様も妙に色っぽかった。
「気持ち良かったか」
 人によっては意地が悪いと言われてしまいそうな問いにも翔は素直に頷き、重くなってきた目蓋を一度閉じる。しかし、すぐに目を開け、再び頭を撫で続けていた克己を見上げた。
「……また、してくれる?」
「どっちをだ?」
「……りょうほう」
 目元を赤く染め、素直に甘えた翔は克己の胸に顔を埋める。克己はそんな翔を拒否する事無く、頭を撫でるのを止めない。その手の心地良さに、翔は目を閉じる。
「なぁ、俺もだ」
「ん?」
「俺も、克己に名前呼ばれるの、好きだ」
 ああ、もう駄目だ。
「克己?」
 突然強く体を抱き締めてきた克己に、翔は不思議そうに名を呼ぶ。
「名前なんて、いくらでも呼んでやる」
 何言っている、もう止めろ。
 心の中でまだ酒に酔っていない自分がそう声を上げたが、もう遅い。自分の体は欲望に支配されてしまっている。
「お前に危険が迫ったら何度でも盾になる。お前が望むならどんなヤツでも殺してみせる」
 じわじわと腹の底から湧き上がってくるのは、人間の本能とは言いがたいほどの真っ黒な欲望だった。
「だから、お前を全部、俺にくれ」
 誘われるように白い首に噛み付き、その柔らかさがとてつもなく甘かった。



「最近、翔がおかしい」
 克己が遠也にそう告げたのは、その2日後のことだった。
 遠也も遠目から見ていて、友人の奇妙な行動には気付いていたが、それほど気にかかる程でもなかった。何故なら、翔がおかしい態度を取るのは、この甲賀克己に対してのみだったからだ。しかも、その“おかしい”態度とは、翔が克己とどこかぎこちない距離感を保ち始めたという事だ。遠也にとって、翔が克己と距離を置くことは諸手を上げて歓迎すべきことだった。が、克己の方はとうとう我慢できなくなってきたらしく、一番個人的に相談などしたくないだろう遠也に告げたのだ。よっぽどだったのだろう。
「貴方が何かしたんじゃないですか」
 そんな遠也の素っ気無い言葉に反論は出来なかった。が、ここで彼は反論すべきだった。反論しないという事は心当たりがあるからと、天才的頭脳を持つ故に察しがいい遠也が判断しても仕方ない。
「で、何をしたんですか?」
 コーヒーを淹れていたカップを握り割らんばかりに握る遠也に、克己は更に何も言えなくなる。翔を友人として大切にしている遠也に言えば、殺されること確実ではあるが、それが事実であるのかも自分には良く解からないからだ。
 最近、夢を見る。淫夢と言ってもいい類の夢だ。まるで現実と錯覚してしまいそうなほど生々しく、しかし夢だろうと確信出来るほど甘く心地良い。夢なら最後までやってしまえばいいものを、と思いつつも毎回同じところから始まり、同じところで眼が覚める。翔の首に噛み付き、そこで暗転だ。何度か翔の首元を確認してみたが、彼の首にはそれらしき噛み付き痕は無かった故に、夢だったと安堵したものだが。
「で、何をしたんですか?」
 全く返事をしない克己の後頭部をぎりぎりと片手で握り潰す勢いで掴む遠也に構う事無く、克己は最近の友人の奇行と自分の夢の内容にため息を吐いた。


「日向、一緒に帰ろうぜー」
 正紀に声を掛けられ、翔は慌てて荷物を手に取った。
 矢張り、いずるに相談をするとなると正紀にもそれなりの説明は必要で、あれから正紀にも話をすると、彼は思っていたよりあっさりと納得してくれた。心強い味方を二人手に入れたことになる。
「あぁ。でも克己に一言言ってから」
「いーからいーから、さっさと行こうぜ」
 克己は今まさに女子に呼び出しをされていて、教室にいない。いつも克己と共に寮に帰っているので、待っていたのだが、そこで正紀は翔の腕を強く引いた。
「おい、三宅、甲賀には俺と日向は先に帰ったって言っておいてくれ」
 ちょっと待て、と翔に止められる前に、近くの友人に言伝を頼み、正紀は翔と共に教室から出た。最近というか、いずるに自分の恋心を白状した時から、こうして正紀やいずると接する機会が多くなり、克己と過ごす時間は自然と無くなっていた。
 その事にほんの少し淋しさを感じつつも、翔は必死だった。この放課後は、自分にとって必要な時間なのだから。
 そう、恋愛初心者である自分には。
「良いか、日向。振られるのが嫌なら、甲賀をお前に惚れさせれば良い。そしてあっちから告白してくるように仕向けるんだ」
 ベッドに座る恋愛指南役のいずるの告げた方法は、サラッと言ってくれたが、さり気無く高度なテクニックを必要とするものだった。まず、ついさっきまで恋心を自覚出来なかった恋愛初心者である自分には、無理な話であることくらいはすぐに解かった。
 自分はまず惚れる惚れないの前に、男であるからして、恋愛対象にさえ見られていないわけで。
 そして克己は毎日可愛い女の子に告白されるくらい人気があり、そんな彼女達が拒否されるのだから、自分なんて受け入れてもらえるわけがない。なのに、いずるはまるで自分にはそれが可能だと言うように言ってくる。
「ど、どうやって……」
「決まってるだろ、色仕掛けだ」
「色……?」
 いずるが言った単語には思わず首を傾げてしまう。その“色”というものは、女性が持つものであって、男である自分は持たないものではないだろうか。
「俺に色はない……ぞ?」
 更に首を傾げた翔に、いずるは呆れたようにため息を吐いた。
「男にだってな、色気ってのはあるんだぞ。因みに、日向は甲賀のどういうところにトキメキを覚えるんだ?」
 突然自分に話を振られ、翔は頬を染める。その時思い出してしまったのは、あの夜のことだったからだ。
「ど、どうって」
「あぁ、俺も興味あるな。そういえば、日向が甲賀好きになった切っ掛けってなんだったんだ?」
 ベッドに寝転がった正紀が身を乗り出してきた。男でもこういう恋の話には興味がある。特に、近しい友人の話には。
「それは……」
「それは?」
 言い澱む翔に悪友二人がほぼ同時に声を出す。普段も正紀といずるは気が合う親友だが、こんな時まで気を合わせなくとも良いのに、と翔は心の中で毒づくしかない。しかし、2組の好奇心に輝いた目に見つめられ、翔は観念したように息を吐く。
「……この間、お前らと酒飲んだ時に、AV見てたら克己と、その……触、られて」
 段々と小声になっていったが、それでも正紀といずるの耳にはしっかりと届いていた。何だかんだで、切っ掛けを作ってしまったのが自分達だったことを知ったのはこの時だ。その事実に僅かに背筋を伸ばしてしまったが、翔の方はそんな2人の様子に気付かず、小声で続ける。
「そん時の克己が、何かいつもと違うなって思ったらなんか、変にドキドキしてきた」
 今も、その時の事を思い出すとドキドキしてしょうがない自分の心臓に手を当て、それを治めていると、沈黙していたいずるが首を捻った。
「……え、それって両想いと違うのか?」
「は?」
「ああ。それって両想いじゃないのか?」
 正紀も頷きながら至極真面目な顔で言うが、その言葉に翔は首を横に振った。
「違う、だって克己はアイツ、特定の相手作らないで体だけの付き合いが多いヤツだぞ?克己にとって、触ったり、更に言えば寝るくらい挨拶代わりみたいなもんだ!」
「日向、お前案外甲賀のこと良く思ってないだろ?」
「でも何か妙に説得力あるな」
 翔の力説にいずると正紀はため息を吐いた。克己の方が翔に対して友情か恋情かは断定できないが、それなりの感情を持っていることは一目瞭然だった。しかし、その翔にあの夜の一件をそう解釈させてしまうのは、克己の日頃の行いの所為だ。フォローは出来ない。
「それに第一、アイツ酔ってて覚えてないしな」
 フッと乾いた笑いを漏らした翔の一言に、正紀といずるは克己の失態を心の中で咎めるしかなかった。それでもいずるがチラリと正紀を見たのは、あの日そこまで克己に飲ませた張本人が彼だからだ。そんな友人の視線に正紀は慌てて口を開いた。
「あ、じゃあさ、まずあれだ、甲賀に恋愛相談してみるってのも手じゃないか?」
「張本人に相談してどうすんだよっ」
「張本人だからこそ相談してみるんだろ。それ、案外いい手かもしれないな」
 いずるも頷いたが、翔はまだ納得出来ないような表情だった。それでも、2人はその案をごり押しする。
「……わかった、やってみる」
 翔が折れたのは、その数分後だった。


 矢張り最近、翔の様子は変わった、と克己は思う。
 ついこの間まで翔の隣りには常に克己がいたが、今ふとした拍子に翔の隣りを見れば、正紀かいずるがいるようになっていた。彼らが側にいない時は自分のところに戻ってくるが、しばらくして正紀かいずるが翔を攫っていくということが増えていた。演習の時も、翔とペアを組みたがる正紀といずるに彼は持っていかれる。あの悪友二人に振り回されている翔は、戸惑いつつも楽しげに見えたので、放っているが。
 しかし、気になるのは彼の身辺の変化よりも翔の様子だ。何となくだが、口数が減っていったように思う。自分が手を伸ばすと彼は必要以上に驚いたり、それに以前は翔から接触してくることもあったが、今ではそれがパタリとやんでいた。
「……甲賀君、聞いてる?」
「あ?ああ」
 細い女性の声で思考を遮られ、克己は適当に返事をしたが、実際のところ話などまともに聞いていなかった。しかし、話の内容は大方予想が出来る。ここは告白スポットにもなっている中庭の端。目の前で顔を赤く染めている少女が立っていれば、誰だって予想はつく。
「何度もごめんなさい。でも、甲賀君が好きなの」
 目の前に立つ少女は、以前も克己をこうして呼び出し、好意を告げてきた。しかし、以前も断わったが、彼女はこうして何度も自分を呼び出しては好意を告げてくる。
「悪いが、無理だ」
 これを彼女に言うのももう何度目だろうか。克己は内心呆れつつ、同じ言葉をわざと使う。そうすれば、彼女もこんな馬鹿らしい茶番を止めるだろうと思ったのだが、今日で彼女の告白を聞かされるのは6回目だった。
「どうしてもダメなの?だって甲賀君今付き合ってる人いないのに……好きな人いるの?」
 彼女は見た目も可愛く、恐らく自信があるのだろう。それなのに自分と恋人にならない克己に疑問をぶつけた。その問いかけに、克己は一瞬言葉を失う。だが、すぐに首を横に振った。
「今はそういう相手を作る気にはならない」
「……じゃあ、私、待つから。甲賀君が、そういう気になるまで」
 じわりと目元に涙を浮かべ、走り去った彼女の背に克己はため息を吐く。
 好きな相手、か。
 言われてすぐにクラスメイトでルームメイトである彼の顔が浮かんでしまった。あんな奇妙な夢を見てしまう位だ、相当キているな、とは思うが、それを彼の前に曝け出す勇気は無かった。本音のところ、思い切り抱き締めて、貪るようにキスをして舐めてそして噛み付きたい。夢の中のあの感触を思い出すと、奥歯の辺りが疼くのだが、どうにか自分の歯を強く噛み締めてそれをやり過ごした。しかし、翔はこちらの理性を崩そうとしているのではないかと思うくらい、可愛いのだ。それが惚れた眼で見てしまっている所為だというのは解かるのだが、自分の二つの眼は彼を容赦なく可愛らしく映し、脳内では理性と欲望が常にお互いに負けじと声を張り上げている。しかし、様々な環境に身を置いてきた克己が作り出した理性はそれなりに強い。『軍人は常に理性的であれ』そう教え込まれたことがこんなところで役立つとは。
 教室に戻れば翔がいる。不審な態度を取るわけにはいかない。
「あ、甲賀、日向なら篠田に連れられて帰ったよ」
「ぁあ?」
 しかし、教室に入るやいなや、残っていた大志にそう告げられ、思わず不機嫌を隠さず声を上げてしまった。心の細い大志はその克己の不穏な声にびくりと体を揺らし、近くにいた遠也は呆れた目を二人に向けていた。
 いると思っていた翔がすでに姿を消していたことと、その原因が正紀であることに克己は苛立ちを隠すこともしなかった。あの隣室の悪友2人は一体何を企んでいるのか知らないが、どうしても最近の振る舞いは自分に対する何かのあてつけに見えてしょうがないのだ。そしてそんな2人にきっと翔は弄ばれていると気付いてもいないのだろう。
「何で止めない?」
 そして、そこにいる遠也もあの2人の奇妙な行動に気付いているはずだ。気付いているのに、遠也は何も言わずにいる。そんな彼に強い口調で問えば、彼は小さく口角を上げた。
「何故止める必要が?」
 遠也は克己よりはあの2人の方が翔にとって無害な存在だと思っている。その判断はある意味正しいが、そんな彼の返答に克己はすぐ教室を後にした。あんな女の相手なんてしないで、さっさと翔と帰れば良かったのだ。しかし、そんな後悔も後の祭りというものだろう。最近あまり平常でない自分の精神を叱咤し、克己は寮の自室の扉を開ける。
「あ、克己お帰り!」
 すると、いるはずのない翔の声が飛んでくる。
「……翔?お前篠田と一緒だと聞いたが」
「ごめんな、先に帰って。何か篠田のヤツ、俺をここまで引っ張って来たは良いけど、用事思い出したってどっか行っちまって」
 両手を合わせて謝る翔に、克己は一気に毒気を抜かれてしまう。
「いや、構わない。俺も、待たせて悪かった」
「んな事ねーよ。今日も俺の親友はモテモテで俺は鼻が高い」
 見れば翔はすでに制服を脱ぎ、私服に着替えていた。細身のジーパンに白いTシャツは、色が暗く濃い制服よりも翔に似合っている。
 自分も私服に着替えようとネクタイを外す克己に、翔がしばし沈黙していたが、意を決したように口を開いた。
「あの、さ……そんなモテモテの克己にちょっと相談があるんだけど」
 ネクタイに視線を落としていた克己が翔を振り返ると、彼は自分のベッドに座り、こちらを真摯に見つめている。その真剣な瞳に、克己は「何だ」と言おうとしたその時
「俺、好きな人が出来た」
 
 
克己(笑)
Next?



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