「あ……っ!委員長!」
 腰を進めると彼は甘い声を上げてくれる。その声がもっと聴きたくて、俺はその体を抱き締めるけど、その体は暖かくも柔らかくもなく、これが夢だと俺に知らせてくる。
 そうか、これは夢なのか。通りで、彼の声が妙に女っぽいと思った。だって、自分は彼のそんな声を一度も聞いたことがない。と、いうことはこうやって頬を染めて涙目で見上げてくる彼のこの表情も俺の妄想の産物ってことか。
「篤史……」
 そう呼んだ俺を振り返った彼の顔は、俺の知る篤史の顔では無い気がした。どちらかといえば、昨日抱いた女の顔に似ている気がする。
 ああ、早く本物を押し倒したい、な。
 でも、せめて俺の妄想を具現化する夢の中なんだから、俺のことを名前で呼んでくれても良いのに。
 そんな、注文をつけても夢の中は俺の思う通りには進んでくれないのが普通だった。

 ぱかりと目を開けると、俺の部屋だった。いつもと少し違うのは、朝日が脆いのと、左側に俺のものじゃない暖かさを感じることだ。多分、早朝と呼ぶにも早い時間帯なんだろう。コチコチと時計の針の音が聞こえてくる。
 いつもは篤史が俺を起してくれるのに、その篤史は俺の隣りで寝てる。
 昨日は、初めて篤史とキスしたんだった。それを思い出して顔が熱くなるのが解かった。キスして、キスして、キスだけして、ちょこっと体に触って、一緒に寝た。何だかんだで篤史は俺の行動を全部許してくれた。俺が上司で、そして例の印がかかっていたからかもしれないけど、でも、最後のキスは篤史も舌を絡めてくれた。あれは、俺の妄想じゃない。
 もぞりと体の位置を変えて篤史の顔を覗き込む。あ、睫毛長い。結構、可愛い顔してるんだよな、線だって、細い。
 俺の場合、一目惚れだった。2年の頃に初めて見た彼はとても綺麗で、彼が厚生委員だと知って、2年に俺もそこに入れるように色々と試験を受けたりしてたら、3年で彼の上司になった。上司になるのは流石にやりすぎだったみたいで、篤史には凄く冷たい目で見られたけど。
 落ち着いた呼吸をくり返す唇にまたキスしたくなったけれど、流石に寝る前に殺す宣言をされている身としては、ちょっと怖い。
 でも、今日から篤史がいなくなるのだと思うと、ちょっとの怖さなんて消えてしまう。
 ちゅ、と本当に触れるだけのキスを素早くやり、彼の反応を伺った。起きるだろうか、起きなかったらもう一度やってもいいだろうか。
 そうして彼の反応をドキドキしながら伺っていて、目に入るのは彼の細めの首筋や服から覗く鎖骨。白い肌が目の毒過ぎる。昨日、これに触ったんだ……と思うと手の平が熱くなる。
 いくつか傷の残る肌だったけれど、とても綺麗だった。もう一度触りたいと思ってしまうともう駄目だった。そっと服の裾に手を入れて、その肌に触れる。
「ん……」
 ぴくりと反応をした篤史の声が可愛くて、その悪戯に発破をかけた。そっと服をたくし上げると、薄赤い乳頭が顔を出す。か、噛み付きたい……。
 昨日はそこまでさせてもらえなかった所為か、欲望がむくむくと膨れ上がってきてしまう。流石にそんな事をしたら篤史は起きるだろうけど、起きるだろうけど。
 なるべくゆっくりと身を起こして、寝ている篤史に覆い被さった。舌でそろりとゆっくりそれを舐めると、びくりとその薄い胸が揺れた。
 流石に起きたか、と顔を上げたけれどまだ篤史は寝息を立てていた。
 ……駄目だよ、篤史。起きない君が悪い。
 タガが外れてしまい、もう思うがままにその剥き出しの肌に喰らいついた。夢とは違って温かい肌だ。温かくて柔らかい。
 下腹部に手を這わせ、そのまま彼がはいているジャージの中に手を入れようとした、時だ。
「……一進?」
 俺の名前だ。
 ぱっと顔を上げると寝惚けた篤史の目が俺を捕らえる。夢の篤史は俺の名前を呼ぶことはなかったけれど、現実の彼は呼んでくれた。
 その事が純粋に嬉しかった、のだけれど
「お前……何してる」
 瞬時に不機嫌になった篤史の声に、俺は全身を強張らせるしかなかった。
 篤史の不自然に肌蹴た服に、肌に舌を這わせていた俺。言い逃れは、出来ない。
 言い逃れが出来ないなら、もう開き直るしかない。
「篤史、やりたい」
 取り合えず、彼が攻撃出来ないよう、彼の両手は掴んでるし、馬乗りになっているから足で攻撃をするのも難しい。駄目元で、言いたい事を言ってしまおう。
「俺は篤史が好きだ。だから、篤史としたい。キスももっとしたい。篤史を気持ちよくしたい。いっぱい触って篤史に入れたい!」
 言い切った!
 達成感に震える俺の心と、俺をじっと見上げる篤史の目の温度差は多分物凄い激しかったと思う。けれど、この時の俺は気分が高まりすぎていて、彼の様子には気付かなかった。
「一進……」
「え」
「手を握られてたら、俺だってお前に触れない」
 あ、篤史!
 彼の言葉に俺は慌てて彼から手を離す。拘束を解かれたその腕は、ゆっくりと俺に伸ばされた。
「奇遇だな、一進、俺も……」
 え、えぇ?
 もしかして、今日本物を押し倒せる!?
 そんな期待に体を固めた俺の首に篤史の腕が回される。そして
「俺も、お前を殺りたいよ」
 にこぉと笑った彼の片手は俺の首を固定し、俺のみぞおちに、篤史の見事な突きが決まる。流石は俺と違って昔から軍に慣れ親しんでいた篤史だ。朝からこんな重い一撃を食らわせられるなんて、見事としか言いようがない。
 

 気を失った俺が目を覚ましたとき、すでに篤史の姿は無く、それから10日間、俺は無駄にリアルになった夢の篤史と、空に電話をしても全然出てくれない現実の篤史に、泣くしかなかった。


 終