7夜目あたりで事の顛末を天才と日向に話し、身が持たないから鑑賞会に参加してくれないかと頼んでみたが、天才には一言「馬鹿じゃないですか」……お前ならそう言うと思ったぜ。是非とも俺だけじゃなくていずるにも言ってやってくれ。
「悪い、俺もその手のそんなに得意じゃないんだ」
日向もちょっと困ったように笑い、手を横に振った。
三宅のことは誘ってみたんだけど、あいつもあいつで苦手らしく、3夜目にしてダウンしてしまった。
「頼む!一晩だけでも良いんだ……!」
パン、と手を合わせて頼み込めば、日向は物凄く良い奴だった。ちょっと考えてから頷いてくれる。それどころか
「じゃ、克己も誘ってみるか。人数多い方が怖くないだろ?」
「マジで!さんきゅ!」
と、ここまでは良かった。少なくとも、隣室ペアが俺の部屋に遊びに来るまでは。
いずるの方も人数が増えると何かちょっとウキウキしているように見えた。今日のチョイスは殺人鬼物。今日もバッサバッサと人が殺されている。
甲賀が「……ホラー?」と首を傾げるくらいにはそれほど怖い作品ではなかった。ただ、スプラッターがちょっときつかったくらいで。
でも、日向にはちょっとどころか結構きつかったらしい。後半は殆ど隣りの甲賀の後ろに隠れながら見ていた。何か、懐かしい。昔の俺みたいだ。ってあれ?俺結構ホラーに耐性出来てきたってことか?いずる様の調教の賜物ってことかちくしょー。
そうこう思っている間に、映画は終わり、日向はあからさまにホッとした表情だった。甲賀に頭を撫でられて初めて自分が友達に縋りついていたことに気付いたらしく、慌てて離れていた。その日は日向のおかげでちょっと和んだ気分で終わったけど、二人が帰った後にさぁ寝るかってところで、日向が上着忘れてった事に気付く。
「いずる、俺これ持ってくわー」
シャワーを浴びていたいずるにそう声をかけて、部屋から出る。多分、アイツらもまだ寝てないだろう。
軽くノックをしても返事が無いからドアノブを捻り中に入る。寝たのかと思いきや、部屋には誰もいなかった。代わりに、バスルームからシャワーの音が聞こえてくる。なんだ、シャワーか……二人で?
ああ、でもこいつらそういえばそういう仲になったんだけ……と思いながら日向の上着を彼のベッドの上に置く。おいおい、イチャつきタイムは死亡フラグだぜ、お二人さん。
と、思って、次の瞬間にひらめいた悪戯に、俺は一人口角を上げ、音を立てないようにまた自室へと戻った。目指すは、いずるの机の上だ。
篠田に誘われてホラー映画というものを初めてまともにみたけれど、結果は惨敗。殆ど目を閉じていたように思う。
俺の親友……もとい恋人なんてことになってしまった克己は流石と言うか平然としていた。っていうか、俺を誘ってきた篠田もそれほど怖がっていない辺り、何かいい加減慣れて来たんじゃないかと言いたくなる。
自室に帰って来ても何だか殺人鬼がどこか潜んでいそうな空気にちょっと警戒してしまうが、その俺の警戒に気付いた克己に小さく笑われてしまった。幽霊とかならまだ良かったのに、寄りによって殺人鬼物のスプラッターショーだなんて、矢吹も趣味が悪すぎる。
バスルームに入っても、まだその恐怖から抜け出せない。殺人現場の一つにバスルームがあったのが不味かった。歯を磨き終えてため息をついて顔を上げた時
「翔、そういえばシャンプー切れて」
「ぎゃっ」
突然後ろの扉が開いたので、思わず軽い悲鳴を上げてしまう。だが、落ち着いてみれば後ろにいるのは買い置きのシャンプーを片手に持つルームメイトだ。
「なんだ、克己か……」
「……斧を持った殺人鬼の方が良かったか?」
どうやら何に怯えていたのか彼にはお見通しだったらしい。その一言に首を横に振り、俺はため息をつく。
「いーや。克己くんで大歓迎ですよ」
「それは光栄だ」
ちゅ、と額に軽いキスをされ、同じくらい軽く抱き締められる。この程度で慌てなくなった俺もいい加減慣れてきている。……けど心臓は慣れてくれないんだよなぁ。
「一緒に入るか?」
「狭いだろ」
克己がちらりとシャワールームの方を見たけれど、それを俺はあっさりと拒否した。まぁ、言う程狭くもないけど……。男同士だとしてもまだ羞恥心はあるぞ。
「つか、あれだよな」
俺も相手の頬に唇を寄せてから、頭を引くと後ろにあるタイル貼りの壁に軽く当たった。
「これ、ホラー映画だったら死亡フラグってヤツなんじゃねぇの?」
何かこの体勢に覚えが有るな、と思ったらさっきの趣味の悪い……って言ったら矢吹に悪いけど、さっきのスプラッタームービーのワンシーンだ。バスルームでいちゃついているカップルがさぁいざ本番!というところで殺人鬼に襲われたシーンが脳裡に蘇り、ちょっと萎縮してしまう。
「ホラーだったらな」
克己はちょっと首を傾げ、俺から離れる様子は全く無い。その仕草だけで、彼が先ほどの映画に何の影響も受けなかったことは簡単に分かる。
「……何だよ、これはラブストーリーだから大丈夫とか言うか?」
あまり観た事ないけれど、ラブストーリー物だったらバスルームのイチャイチャは大団円後かクライマックスの盛り上がり辺りに入ってくるのかなー……と思っていると、上からくすりと笑いが落ちてきた。
「ラブストーリー?そんな退屈なお話で良いのか?」
世の中の夢見る女の子達憧れのお話を退屈と言い放つコイツこそが、多くの女の子のラブストーリーの相手役に望まれている相手なんだよなぁ。
「どっちかが死ぬラブストーリーはごめんだな」
退屈しのぎに死にネタを持ってこられるお話の主人公にはなりたくないと、翔が肩をすくめて見せると、頭を軽く撫でられる。
「俺も、お前が強姦妊娠するようなラブストーリーは無理だ。それにそうなったら、それこそジャンルがホラーに早変わりする」
「俺は妊娠しねぇ……」
たまにコイツは俺を何かと勘違いしているような気がする。てか、俺が妊娠したらそれこそホラーだ。いや、どちらかといえばそれはコメディ……なんだろうか?
うーん、とジャンル分けに悩んでいると、克己に軽く抱き締められた。
「大丈夫だ」
「ん?」
「ホラーだろうがラブストーリーだろうがSFだろうが、どんな酷い話だろうと俺はお前の隣りにいるし、お前を絶対に死なせたりしない」
う。
顔に熱が一気に集まるのを感じ、俺は思わず両腕で自分の顔を覆っていた。
「ばか、お前恥ずかし……」
その時だ。克己の後ろにあるドアから、白いものが飛び出してきたのは。
「グウォォォォォ!」
そんな奇声を上げながら入ってきた男の顔には俺でも知ってる有名殺人鬼の仮面が被せられていた。サッと自分の血の気が引いたのが分かったが、男が上げた奇声は段々と尻すぼみになり、一歩以上この部屋に踏み入ってくることはなかった。それどころか、突撃してきた奇妙な体勢のまま硬直している。
何だ?と体勢をずらし、彼を見てみて納得する。彼の首元には、克己が握るナイフの切っ先が向けられていた。
「Hey,killer. Did you want me?」
外国産殺人鬼だからか、克己は低い声で……でもどこか教科書の例文を引っ張ってきたような英語を使ったのは、この仮面を被った相手が誰だか気付いていたからだ。
「……の、のー……あいむそーりー」
彼は首を横に振って、ついでに両手も上げた。
あっさりと動きを封じられた有名殺人鬼の姿と、彼をあっさりと負かした俺の恋人に唖然としていると、克己はにこりと俺に笑みを向けた。
「言ったろ。どんな話だろうが、お前は死なせない」
どうしよう、俺のカレシさんはハイスペック過ぎる。
その後、ジェイソンもとい篠田は、その話を克己にバラされてしばらく矢吹に大笑いされたらしい。
終