体が、熱い。
「んっ」
むず痒い熱がくすぐったくて、甘えるような声が鼻から抜けてゆく。
暗い部屋にカーテンの隙間から入るほのかな光の筋だけが唯一の光源。いまいち今の状況が理解出来なくて視覚からそれを把握しようとするがその光だけではここの場所さえ解からない。
自分の上にいる相手がその光を見つめるこちらに気付き、柔らかく笑った。さらりと大きな手が頬を撫で、思いの外気持ちいいその感覚に眼を閉じる。
何だ、これ。
気持ちが良いのは確かだけれど、明らかに性的な雰囲気を持つ闇に翔は怯えた。相手が誰だか解からないのもあり、自分にこんな事をするのはあの男だけだという確信もあったから。
眼を強く閉じて細かく震える自分を宥めるように、相手は額にそっと唇を押し当ててきた。
あの男じゃないのか?
された事の無い優しい動作に恐る恐る眼を開けると、ふんわりとしたキスをされた。柔らかい舌が触れ合うものだったけれど、激しさより優しさを分かち合うようなもので、熱を高められるというよりは安心する。
「誰・・・・・・?」
こんなに優しく扱われるのは初めてだ。
甘く擦れた吐息混じりの問いに彼は答えず、胸元に手を這わせてきた。
ぞくぞくする。
相手の手の流れにすべて任せてしまいたいような気分に声を上げ、その体に縋りつく。直に触れた体温が気持ち良い。
ふと眼を上げるとさっき見た光の筋が筋ではなく帯になっていた。じわじわを光が闇を裂いていく様子に夢から覚める。この早さだとこの部屋を光が隅々まで照らすのは時間の問題で。
「離せ・・・・・・!」
慌てて胸上までたくし上げられていたシャツを下げ、相手の肩を押す。
突然の行動にどうして、と彼は言いたげに手を伸ばしてくるが、首を横に振りそれを拒否した。
「俺の、体は」
けして、光の下では見せられない体だ。
幼い頃の惨劇を克明に残した無数の傷痕は自分でも直視したくない程生々しい。見たところで触れたいなんて思う奇特な人間はいない。むしろ眼を背けてしまう人間の方が多いだろうし、その気持ちも解かる。
こんなに優しく触れてきた手が、躊躇に停止するところを見るのが怖い。
肌を隠してくれていた闇は次第に光に負け、領地を明け渡してゆく。光りに晒された自分の白い足に残る傷痕が眼に入り、視界が歪む。
普段は気丈に男の勲章だと言って笑っていたけれど、傷を見るたびに思い出すのは傷つけられた経緯と痛み。せめて自分の体が筋肉質でたくましいものであったのならまた印象は違っただろう。細く白い体では傷痕など痛々しくしか映らない。
「翔」
むせび泣く自分を宥めるように彼は名前を呼び、ぽろぽろと落ちる涙をそっと拭う。その指先はひんやりとしていて熱を持った目蓋には心地良かった。
涙をすくっていた指が頬に残った跡を辿り、首元に触れる。そこにもくっきりと傷が残っているはずだ。自分でつけた、唯一の傷痕が。
皮膚が少し薄くなっているその場所に自分のものではない体温が触れ、その熱さに肩を竦める。消える事の無い傷痕を癒すように触れる相手の唇に泣きそうになった。
「綺麗だ」
熱く囁かれたその言葉にも。
「翔」

体が熱い。
でも嫌な熱さじゃない。覚えのある下肢の痺れも疼きもすべて甘く受け止められる気がした。


「翔!おい、翔!」
「え・・・・・・」
突然開かれた視界にいたのは、ルームメイトの克己だった。少し焦ったような顔が上にある。
「大丈夫か?何かお前、うなされていたぞ」
「あ・・・・・・」
「翔?おい?」
ぽけっと克己の顔を見上げる翔に彼は首を傾げたが、そんな動作に構ってはいられない。
自分は今仰向けで寝転んでいて、克己はそんな自分の顔を覗きこんでいる。
夢と酷似した状況に、顔に火がついたような気がした。
「ぅぉああああ!!」
ばっしーん。
思わず相手を叩いてしまっていても、致し方ない、だろう?



「・・・・・・ごめんなさい」
こんな光景を見るのは何回目だろう、と遠也は朝食を口に運びながら思う。
毎朝同じ箇所を叩かれ、頬にとうとう湿布を貼った克己は終始無言でもくもくと食事を進める。そんな彼の目の前に座っている翔は小さく縮こまり、朝食に手をつけられずにいた。
初日辺りではからかっていた正紀やいずるも、ここまで毎日続くと流石に気まずくて口を出せないのか、無言だ。
「・・・・・・時間が無い。早く喰え」
「は、はい!」
克己がそう言ってようやく翔は慌てた様子で目の前の朝食に手を伸ばす。が、
「わ、熱・・・・・・っ!」
スープ皿が思った以上に熱かったのか、テーブルの上にコーンスープをぶちまける始末。
こんなに取り乱した翔を見るのは初めてかもしれない。低血圧の遠也はそう思うだけで、あわあわと布巾を渡す大志やテーブルを拭こうとする翔には手を貸さない。
翔は毎日の自分の失態に情けなくなり表情が今にも泣きそうだ。
「・・・・・・翔、お前最近変だぞ」
はぁ、と呆れたため息を吐いた克己が周りが思っていた事を代表して口にする。
「そうだな・・・・・・あのテスト辺りからだ」
期間までは分析出来なかったが、克己の指摘に何か思いあたりがあるのか、スープの池を消そうとしていた翔の手がぴたりと止まる。
「そ、そんな事、無い・・・・・・」
「本気でそう思ってるのか?」
「う、ん」
強情なその態度に克己は再びため息を吐き、席を立つ。
「先に行く」
「あ、克己・・・・・・」
彼はさっさと食堂から出て行ってしまい、翔はぽつんと取り残されしゅんと肩を落とす。
やっぱり顔を叩くのはいけなかった。前に男は顔だと何度も言われていたし、あの顔を容赦なく叩くなんて!と毎日本上にいびられている。
「嫌われたかな・・・・・・」
「だぁいじょうぶだって、日向!」
「そうそ。甲賀がこれくらいでお前に愛想つかせることなんてないない」
「甲賀も叩かれるのが嫌なら起こさなきゃいいんだよ」
大志と正紀、いずるが口々にフォローしてくれるが、それだけでは気分は上昇しない。
きっと、克己は自分がいつもの夢でうなされていると思って起こしてくれているのだ。なのにそれを平手打ちで返すなんてなんて馬鹿な事をしているのだろう、自分は。
「・・・・・・甲賀は」
頭を抱えて反省していると、今まで無言だった遠也が口を開く。
「甲賀は、叩かれた事を怒っているわけじゃないと、思います」
低血圧の頭で考えた事だけ述べて、終わり。その続きが重要だろうと黙ってその先を待ってみたが、遠也はそれ以上何も言わなかった。
「遠也がそう言うんだから大丈夫だって」
大志のフォローにうん、と頷いておいたけれど。


「ひゅーが、何か最近元気ないけど、どうしたんだ?」
ぼけーっと授業でナイフの対戦を見ている時、木戸が笑顔で話し掛けてきた。
それが、どんなに心の救いだったか。
「木戸」
ナイフの対戦中は皆結構雑談をしている事が多い。教官から指名をされて試合をする模範演技の時は集中するが、今は何組かグループに分かれての対戦。そして更に本日教官殿が出張でいないということで自習だったから、普段は緊迫した空気のある授業が随分と和やかだった。
克己は今フィールドの隅の方で適当な相手と打ち合いをしている。何やら話しているように見えるのは彼が相手にアドバイスをしているからだろう。
ひょいっと顔を出してきた木戸に、思わずほっと息を吐いてしまう。
ここのところ妙な自分の行動の理由を、彼になら話せると思ったからだ。
「何かあった?何だったら俺で良ければ話し聞くけど」
自分は友人に恵まれている。
「聞いてくれ!」
木戸とは10年の付き合いがあり、気心の知れた仲だ。
でも、ここで大声で話せるような内容ではない。少し離れたこの闘技館の入り口付近であれば話し声は聞こえないだろう。そこまで移動してきてから、翔は口を開いた。
「あのさ・・・・・・この間、テストあったろ?」
段差に腰掛けた翔の隣りに座りながら木戸はその言葉に頷く。翔の俯いた横顔はほんのり紅潮していた。
「終わって、宿で俺熱で寝てただろ?」
「ああ。甲賀と佐木がお前の面倒見てたっけな」
甲賀と佐木、という二人の名前に翔は密かにやっぱりその二人か、と思い、全身に力を入れて吐き出すように告白した。
「そ、その時、誰かに・・・・・・キ、キスされたような気がするんだっ」
木戸の柔らかい笑顔が凍りついたのは気のせいだろうか。
「で、な?あの時遠也と克己しか俺の部屋に来てないってゆーし、でも遠也は何か違うっていうか、その人俺より体格良かったし、遠也俺より身長低いし、俺の事名前で呼ばないし、だとしたら残るのは克己が」
彼の名前を口にした途端、翔の顔が更に紅くなる。
「な、どうしよう木戸・・・・・・・」
「・・・・・・いや、それ俺がどうしようなんですが」
理解の許容量を越しているのか、翔の微妙に涙目になっている眼で見つめられ、木戸は小さく呟いた。
まさか、自分が犯人だと名乗るわけにもいかないだろうし。かといって克己が犯人だと翔が思い込むのもよろしくない。
「・・・・・・おかげで変な夢見て克己殴っちまうし」
木戸の呟きを翔は拾うことなく、ずーんと重い空気を背負う。そんな様子を見ると良心がチクチク痛むけれど。
「そんな気にすること無いだろ、相手が甲賀で加害者が日向ならそんなに」
「木戸、俺が叔父さんに武道習ってたって知ってるよな?」
当然、咄嗟の事で力加減なんて出来るわけも無く。流石の木戸もフォローが出来ず、心の中で理不尽な被害にあっている克己に謝った。ああ、だから今日は顔に湿布を貼っているのかと納得しながら。
「・・・・・・克己には、感謝してるんだ」
ぽつりと翔は呟き、眼を細める。
「テストの時も、俺を助けに来てくれたし、結局は偽物だったけど爆弾が爆発する時俺の事庇ってくれたんだ。普通、そんな真似出来ないだろ」
「そんな事があったのか・・・・・・」
木戸が見たのは遠也と克己が何やら言い争いをして走ってきた姿だけ。翔は克己に抱えられてぐったりとしていた。その前に何があったのか知らなかったから、ただ遠也がネタばらしをしただけだと思っていた。
「・・・・・・良い友達なんだよ、克己とは」
「・・・・・・恋愛対象としては、見れない?」
木戸の間髪を入れなかったその言葉に驚いたように翔は顔を上げた。思いもかけない事を口にした相手をしばらくじっと見つめていたが、すぐにその眼は伏せられる。
「男同士で恋愛とか、考えたこともない。克己だって、きっとそうだ」
「でも、もし甲賀がお前にキスしたってなら、そういう対象に見てるってことだろ」
「まさか。有り得ない」
彼は何でも出来る人間で、容姿だって女性が放っておかないレベル。美人な女性が彼にはお似合いだ。そこでわざわざ男を選択するわけがない。
「じゃあ、もし甲賀がお前にキスしたとすると、どんな意味があったと思うんだ」
「・・・・・・嫌がらせとかゲームとか?」
「・・・・・・お前はそれで良いのか」
翔のあまりにも酷い自虐に近い解釈に木戸は思わずため息を吐いてしまった。もし自分だとバレてもこの鈍い友人はその真意に気付いてくれなかったのでは。
「だって、それ以外に理由なんてないだろ」
「だから、お前の事が好」
「それは絶対有り得ない」
頑なな翔は恋愛感情の存在を認めようとせず、木戸は少し苦いものを感じた。彼は男好きされる顔だと思うが、彼自身は同性愛にあまり理解が無いのか。
このまま、克己が犯人だという結論のままで進めても大して日常は変わらなさそうし、自分の想いは恐らく一生秘めたままでいなければいけないのかもしれない。そんな哀しい予感に翔から視線をそらした。が
「克己って、男から見ても格好良いだろ」
唐突にそう切り出した翔が振り返った先には、沢村と打ち合いをしている克己の姿が。隙も無く無駄も無い彼の動きは文句無しに確かに格好良い。
「そうだな」
それには同意しか出来ない。悔しいが。
木戸のどこか諦めたような声色に翔は苦笑する。
「恋人になったとして、胸も無い男の俺がいつまでもあんな格好良い奴の隣りを独占していられると思うか?」
ざり。
コンクリートで作られた階段に溜まっていた砂利が木戸の足の下で音を立てた。
「克己は、良い友達なんだよ。友達なら、一生繋がりを持っていられるだろ。でも恋人なんかになったら、男同士で結婚なんて出来るわけも無い。いつか必ず別れが来る。下手をしたらそこで全てが終わるだろ?俺は、そんなのは嫌だ。克己とは、ずっと良い友達でいたい」
「それ、って」
「まぁ、そう思うのは克己に限った事じゃないけどさ。遠也もだし、篠田とか矢吹とかも。あ、木戸も!」
にこっと笑う翔の笑顔は昔からどこも変わっていない。
「木戸とはもう10年くらい付き合いあるからなー」
「なぁ日向、一つ聞いてもいいか」
「ん?何?」
お前、もしかして。
思い当たったことを口にしようとしたけれど、不思議そうに見上げてくる翔の眼にその先を言うことが出来なかった。
10年の付き合いがあると、色々と浮かぶもので、その辺は克己には負けていないと言い切れる。
黙る木戸に翔は不思議そうな視線を送り続け、それに答える為に質問内容をすり替えた。
「夢見たって言ってたけど、どんな夢を見たんだ」
すっかりいつもの調子を取り戻しつつあった翔の顔がその問いで再び紅くなる。
「あ・・・・・・いやその、知らない人にキスとか・・・・・・あー、もうその事はいい。誰にしたって、俺は」
「いい事にされたら、困るんだけど」
え?
不意に視界が暗くなり、翔は目の前にある木戸の閉じられた目蓋を見て眼を瞬かせた。段々と鮮明になってゆく口元の体温。
ふわりと鼻に触れた匂いに全てを知る。
「あー。木戸と日向がキスしてる!」
本上のそんな黄色い声に、ようやく自分の状況を把握出来た。
「ま、そういうわけですよ」
重ねるだけのキスを済ませた木戸は悪戯っぽく笑う。その台詞も笑いも意味が理解出来ず、翔はただぽかんと口を開けて彼を見ていた。
「き、ど・・・・・・が?」
「うん。そう。何か面白い勘違いしてるからそのままでもいいかと思ったけど、流石に甲賀が哀れだし」
「え、あ、へ?な、なんで!?」
「日向、あの時熱出してて薬を自力で飲めなかったんだ。だから俺が身を削って飲ませてあげたってわけ。俺優しくね?」
これは勿論嘘だけれど、翔にはそれが嘘だと見抜く余地が無く、自分の勘違いにただ茫然としていた。
「え、なに、そうだった・・・・・・のか?」
「うん。ま、男同士のキスなんて数に入らないらしいしな、お互い気にせず行こう。でも、ま」
ごちそうさま。
くすりと笑う木戸に翔は顔を紅くして睨んだ。
「何か、木戸性格悪い!!」
「今まで気付かなかったのか?」
あははは、と笑う木戸に翔は何も言う事が出来ずただ悔しげな視線を向けた。
けど。
キーン。
そんな金属音に反応し、翔の視線が木戸から別な方向へと移る。本当に僅かな音で、騒がしい中でよく耳に届いた、と言える音だったのだが。
本上の余計な一言でクラスほぼ全員の視線がこちらに向いていたが、その中で一人、こちらを見ず立ち尽くしている人間が。
「克己!」
たっと彼の元へ足を踏み出す翔を木戸の視線が追いかける。けれど、当人はそれに気付く事は無く、異変を察知して親友の元に向かった。
彼の前に立つのは無表情の沢村。その手には微量の血が付いたナイフが握られている。
そんな相手を克己は自分の右手を押さえながらも強く睨んでいた。
「克己、大丈夫か」
押さえられた手から血が溢れ始めているのを見て翔はすぐ自分の髪を結っていたゴムを外し止血に使う。そんな一部始終を眺めた沢村は軽くため息を吐き、二人に背を向けた。
「打ち合い中に集中を途切らせる大声を出すなと最初に教官から言われたはずだ」
そう、咎めるわけでもなく怒っているわけでもない口調で本上を注意して。
「えー?授業中にサボってキスしてるどっかの誰かさんは注意しないわけ?」
本上は克己に駆け寄りながらも不満げに口を尖らせる。が、そんな彼の態度も沢村は一瞥するだけだった。
「授業中にキスしてはいけないという校則は無い」
まぁ、確かに。
彼らの会話を聴いていたクラスメイト達は沢村らしい切り返しに納得し、本上は表情をむっとさせる。
「ふん。甲賀さん大丈夫?ごめんね驚かせちゃって・・・・・・お詫びに今夜僕の部屋に来てよ。怪我の治療するから」
ころっと表情を変えて大きい眼を瞬かせる本上のあからさまなお誘いに克己が引っ掛かるわけがない。
と、いつも本上の誘いになびかない克己の姿を見ていたクラスメイト達は思ったけれど
「・・・・・・そうだな」
その低い声での返事に周囲はどよめき、本上一人が表情をパァッと明るくした。
「本当、甲賀さん!じゃあ次の時間どうせ英語だしサボって僕の部屋に行こうよ!」
「ああ、その方がありがたい」
ちょっと、待て。
「克己っ」
本上と共に行こうとする克己の腕を掴み、翔は彼を引き止めていた。
引き止める理由は無いけれど、何だか胸がざわざわする。
必死な眼で何かを訴えようとする翔の顔をちらりと見て、克己は顔をそらした。それに本上が勝ち誇った笑みを浮かべ、翔の手を叩き落とし空いた克己の腕にしがみ付く。
去っていく二人を翔はただ茫然と見送り、そんな翔に周りが気遣うような視線を送る。
「気にすんなって日向!」
「そうそう、気にするだけ馬鹿だろ、あの二人なら」
「・・・・・・・・俺、もしかして克己に呆れられたか?」
けれど周りの声など耳に入っていないようで、翔は茫然としたまま呟いた。
毎朝理由も無いのに殴ったり、つまらないミスを犯したり、しかもその理由も口にしない。そして極めつけは男とのキスシーンを見られてしまった。
友達止めたくなる瞬間だったのかもしれない。
「どうしよう!あーっ!そうだよな、つーか俺嫌われる要素沢山あるじゃん!うあーっ!」
頭を抱えて苦悶する翔は、本上が克己に惚れていてもしかしたらこの後二人でベッドタイムに突入するのではないかという心配はしていないらしい。周りはそっちの方を考えていたのだが、翔を見ていると自分達がどれ程邪推しているのかまざまざと見せ付けられる。
「あー・・・・・・ごめん、日向・・・・・・何だったら、俺からあのキス冗談って言っとこうか?」
そんな事をしたら火に油を注ぐようなものなような気がするけれど、ただの友達ならこれくらい無神経な台詞を言うのが普通だろう。そう考えて木戸は頭を掻きながら翔に声をかけたが、彼は首を横に振った。
「いや、いい・・・・・・俺自分で全部説明するから」
翔が全てを話せば、あの勘のいい克己の事、きっと木戸の思惑をすべて察する事だろう。けれど、それに気付いたところで彼は翔に何も言わないだろうし、自分への警戒を多少強めるくらいだ。その程度では自分と翔の関係は何も変わらない。
何かつまらない、と思ってしまう自分は翔が言うとおり性格が悪い。
「あ、木戸」
「ん?」
落ち込んでいた翔が思い出したように顔を上げて、はにかんだ笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「え?」
怒られるようなことはしたが、礼を言われるようなことは何一つしていない。なのに彼は礼を言った。
理由が解からず逡巡している彼に翔はすまなそうにもう一度口を開いた。
「薬飲ませてくれたんだろ?ごめんな、と、ありがとう」
ごめん、はきっと木戸が不本意な飲ませ方をせざるをえなかったからと解釈した侘び。
ありがとう、はそれでも自分に薬を飲ませてくれた礼。
何とも良心が痛む台詞に木戸は苦笑するしかなかった。
「どういたしまして」
本当は敵わない、とどこかで解かっていた。
克己が相手だと思っていた時は夢に観る程に悩んでいたのに、木戸だと知ったら特に慌てもせず礼を言って、克己に何かあった時は必ず駆け寄るその背中。
友達の中での地位の高さも、勝てるわけがないと。
というか、ただの安全パイなんだろうな、と。
でも、彼が安心して付き合える人間、という立場も気に入っているから良いのだけれど。
取り合えず目下の問題は
「木戸、ちょっと後でお話が」
笑顔が怖い遠也先生の教育的指導か。







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木戸君・・・・・・(゚∀゚)
さりげなくセカンドもゲッチュ。
前半部分を書きたいが為に書いたようなものです。もっと書きたかった・・・。