7月某日。
夏の太陽が暑苦しいほど元気で、精力を朝っぱらから奪われたような気分だ。
寮から学校まで歩いて約20分。この日ばかりは沿岸部で授業をする海の生徒になりたいと思う。ああ、真っ青な空を飛ぶ空でもいいけど。
でも、こんなに暑いのに、隣の席の克己は涼しげな表情だ。
だから
「・・・・・・翔」
「んー?」
「何なんだ?」
もしかして克己の体は冷たいのかと思って背中から抱きついてみたけれど、やっぱり暑い。
「いや・・・涼しげな顔してるからさぁ・・・・・・」
あーあ。馬鹿な行動した。
暑さで脳も溶けかけているのだろうか、本当に。
ため息を吐きながらぱっと克己から離れたその瞬間、罵声が背中を叩いた。
「日向!甲賀さんにベタベタひっついてるんじゃない!!」
常に脳が溶けているヤツに怒られるくらいだから、きっと今の自分の行動は相当なものだったのだろう。
本上に怒られて、ついでに教室の外から克己に片思いをしているらしい女子郡から冷たい視線を貰ってようやく頭が冷えた。
「オラ、甲賀、女子から呼び出しだぞ。行って来―い、この色男が」
羨ましげなのか楽しんでいるのかよく解からない正紀の声に、克己は面倒臭そうに眉を寄せて教室から出て行った。
今日はこれで呼び出しが7回目。
「・・・・・・何か今日呼び出し多くね?克己」
克己と入れ替わりにやってきた正紀に日常会話的に声をかけると、何故か彼は少し驚いたように眼を大きくする。
どうしてそこまで驚かれないといけないんだ?
首を傾げると正紀は何かを確信したらしく、それでも意外と言いたげに眉を上げる。
「日向、お前もしかして・・・・・・」
「はっはーん、日向、君もしかして何も知らないね!?」
さっきは怒声を投げつけてきたくせに、突然本上が嬉しげな声を上げて高笑いを始めた。
・・・・・・今日は暑いからなぁ。
彼の異常なまでのハイテンションの原因を暑さに見出してみたけれど、本上はそんな翔を嘲笑う。
「甲賀さんの側に居ようが同じ部屋だろうが所詮君のレベルはその程度!僕の敵じゃないってことをいい加減認めるんだね、日向翔!」
「え、別に俺本上を敵だって思ったこと一度もないけど」
「それはそれでムカつくね!!」
何だ、敵じゃないって事を認めたのに何で怒られてるんだ?
首を傾げる翔を見てから、正紀は本上に憐れみの目線を送った。第3者にそんな眼で見られることも本上にとっては屈辱以外の何物でもない。
「く・・・・・・。まぁ、いいさ。君は何も気付いていないというのなら、今日の勝負は僕の勝ち!やっぱり僕の愛のほうが君より勝ってるのさ!」
「今日の勝負って何?」
いつの間にそんな事になっていたんだ。
翔の当然な疑問にも何故か本上は胸を張る。
「負けを認めたら教えてあげよう!」
「負けた」
「よし!」
ちゃんと本上は片手を握ってガッツポーズを取るが
「って、それで良いのか日向も本上も!!」
翔が諦め半分だという事は解かるが、それを認める本上もどうなんだ。
思わず正紀は自分でもキレが良かったと思えるほどの突っ込みをしていたけれど、本上にそれを受け入れてもらうことは出来なかった。
本上はニマニマと笑いながら
「今日は僕にとって大切な日なんだよ。何てったって、甲賀さんの誕生日だからね!」
「は・・・・・・?」
本当は本上の言葉なんて聞き流す気満々だったのに、その一言で暑い暑いと連呼していた翔が凍りついた。
「・・・・・・え、ってゆーか、本気で知らなかったのか?日向」
てっきり知っているとばかり思っていた正紀が恐る恐る聞くが、翔は頷きも首を横に振る事もしない。
これは本当に知らなかったと解釈してもいいのだろうか。
「僕なんて今日、0時きっかりに甲賀さんに電話しておめでとうって言っちゃったからねー」
すっかり勝ち誇った様子の本上は陶酔して自分の世界に浸り始めている。
あぁ、夜にいきなり電話をしてきた非常識なヤツはコイツだったのか。
昨晩、突然ベッドサイドに置いていた克己の携帯が振動して、勿論彼と同室だった翔も目が覚めた。無音が売りのバイブレーダーも机の上に置くと騒音だ。
硬直しながらも眠りを妨げた原因を発見して翔はイライラし始める。
「あっれー?もしかして本当に知らなかったの?日向ってば〜」
こちらのイライラを知ってか知らないでか、本上はニヤニヤと笑ってくる。
「呼び出してる女子も知ってるっていうのになー?君、それでよく甲賀さんの友達って言ってるよねぇ」
「おい、本上言い過ぎだぞ」
すっかり浮かれてしまっている彼に正紀が注意するが、正紀を友人ともなんとも思っていない本上は聞く耳を持たない。
「日向の方だけなんじゃない?友達なんて思ってるのさぁ」
ガタン。
「・・・・・・ひゅ・・・日向?」
重いオーラを背負いながら椅子を鳴らして立ち上がった翔の様子に正紀は不穏な空気に顔を引き攣らせた。
今まで翔が怒ったところを見たことは無いが、そういう人間こそ怒った時は怖いというのが定説で。
「あのヤロウ・・・・・・」
予想通り、翔の一言は、克己の殺気に劣らない恐怖を周囲に与えた。
「悪いが」
誕生日プレゼントと告白を断わって、相手を見送り克己は無意識にため息を吐いていた。
そう言われてみたら、確かに今日は自分の誕生日だった。いつもの流れで終わるのかと思っていたら誕生日おめでとうと言われて、少し驚いていたところだ。
そういえば、昨夜誰かから電話が来て何だか色々言われたような気もしなくはないが、内容も相手も忘れている。
・・・・・・まぁいいか。
暑いしさっさと教室に帰ろうか、と青空を見上げると覚えのある気配が近付いてくる。
さっき、この暑いのに何を思ったのかいきなり抱きついてきた彼。突拍子もない行動は可愛いと言えば可愛いけれど。
あの時、自分がどう行動すべきか実は悩んでいたなんてきっと翔は知らない。
それにしても告白現場に来るなんて珍しい。
「翔、どうし」
「この・・・・・・っ!馬鹿が!!」
「って、オイ!?」
振り返ってすぐに不穏な空気を感じて反射的に防御をした腕に鈍い痛みが走る。
何かと思えば翔がどこで覚えてきたのか後ろ回し蹴りを綺麗に決めていた。腕で庇っていなければ顔に直撃していたところだ。
「いきなりどうした・・・・・・」
翔にこんな何の前触れも無く攻撃されたのは初めてで、良いと言われる頭で考えても理由が見当たらない。
克己の戸惑いの声に翔は足を下げるけれど、そのまま構えて戦闘体勢に入る。
一発だけなら単なる戯れで終わるのに、続けるという事は本気ということか。
「・・・・・・取り合えず、わけを話せ」
仕方なく克己も授業の時のように慣れた構えを取った。体格も腕力も克己のほうが優位だが、翔には技術とスピード、経験がある。総合すると、克己も本気を出さないと勝てない相手の一人。そんな相手が目の前で今にも攻撃しそうなのだ。こっちもきちんと構えをとらないと危うい。
翔は克己の要求に黙ったままで、ひたすら彼を鋭く睨み付けている。
周りの空気が戦闘時特有の緊張感に包まれ始め、さっきまで聞こえてきていた騒がしい人の声もいつの間にか消えていた。
ザリ、と翔の足元の砂が鳴る。
来るか。
克己が攻撃に備えて自分の膝に力を入れたその時
「何で誕生日だって言わなかったんだ、この馬鹿!!」
翔はそれだけ怒鳴って踵を返し、物凄いスピードで走り去って行った。
思わぬ、更に速すぎる展開だったので克己はただ茫然とその背を見送るしかなく。
「あーあ、日向可哀想―」
ガサリと音を立てて近くの茂みから顔を出した正紀の台詞でようやく我に返る事が出来た。
「・・・・・・篠田、何でお前そんなところに居るんだ」
「何か面白い展開になりそうだったから忍んでみた」
爽やかな笑顔にぐっと親指を立てた拳を突きつけられ、克己は呆れて何も言えなかった。
でも、一発殴っても良いだろうか。
「殴る前に俺の話を聞いとけ、甲賀」
「何だ」
「“誕生日も知らないでよく甲賀さんの友達って言ってるよね〜、日向だけなんじゃない?友達だって思ってるの”。by本上」
「・・・・・・はぁ?」
「これが日向の怒りの事情じゃね?」
さぁ、情報をあげた自分を殴れるものなら殴ってみろ。
そう言いたげに正紀は胸を張り、そんな彼を克己は恨めしげな眼で見る。こんな情報を貰ったら正紀を殴るわけにはいかないのが悔しい。
「つーかさぁ、甲賀お前、実は自分でも誕生日だって忘れてたろ。そういう性分っぽいしな」
それでも、この元不良に見透かされるというのはあまり気分のいいものじゃない。
「ま、そう言ったら多分日向も許してくれると思うけどなー」
更に、アドバイスなんて貰った日には手が勝手に正紀を殴りつけてしまったじゃないか。
「・・・・・・何で殴るんだよ、甲賀」
「こういう性分だ」
まぁ、翔のことだし謝ったらきっとすぐに許してくれるだろう。
そんな甘い考えを持っていたけれど、間違いだった・・・・・・。
日向翔という人物は、基本明るくて話しやすくて見た目も人好きされる顔。
あぁ、中学の時もきっと人気者だったんだろうな。
そんな感想を誰にでも抱かせるような人柄で。
つまり、彼の側から人が絶えることが無いのだ。
話かけようとすると、遠也がいたり大志がいたり他のクラスメートがいたり。
普段は比較的近い距離にいるから、話かければすぐに会話が出来るのだけれど、今日はあっちも意識しているのか現在の克己と翔の位置的距離は、目算6メートル強。近いんだか遠いんだか解からないその距離は、きっと今の自分達の状況そのもの。
・・・・・・何だか無性にイライラする。
「・・・・・・なぁ、日向」
「ん?どしたー?三宅」
「甲賀が、今日は一段と怖いんですけど」
彼は顔を窓の外にむけているけれど、そのオーラは不機嫌そのもの。
克己と目線を合わせないようにちらっとだけそれを確認してから翔は肩をすくめた。
「誕生日なんだって、克己」
「へぇーそうなのか・・・・・・でも、何であんなに不機嫌?」
「多分、俺がケンカ売ったから」
「えぇぇ?」
翔がさらっと言った事に大志は素直に驚いた。この二人がケンカするなんて珍しいというのもあり、誕生日にケンカという状況を知ったのもあり。
それだけ聞くと何だか誕生日に一番親しい相手にケンカを売られた克己が哀れだけれど、翔がケンカを売ったということはそれなりの出来事があったということなのだろうか?
そこまで考えて翔に疑問の視線を投げかけると、彼はもう一度克己を見てから苦笑を浮かべた。
「あれくらいの反応貰わないとさ、やってらんないって」
まだ少しの間だけれど、彼をあからさまに避ける行動をとってしまっている自分の態度は確かにいただけない。それでも、自分がこういう行動をとっていることで彼が不機嫌になっているのを見ると安心するのも事実。
「俺、今日が克己の誕生日だって知らなかったんだよなー」
そう呟いただけで大志が驚いた表情になる。普通は驚くだろうな、と解かっていてもやっぱりちょっと傷つくもので。
「で、それをよりによって本上に教えられて、本当に友達?とか友達って思ってるの日向だけなんじゃない?とか言われてさー」
「あー・・・・・・それキッツイなー」
「だろ?しかも一番にオメデトウって言ったの本上なんだって」
「・・・・・・そりゃまたキッツイ」
お人好しの大志はこの簡単な説明で納得してくれて、慰めるように肩を叩いてきた。
愚痴を語るのはこっちの心情を理解してくれる相手に限る。
「でもまぁ、何か結構不機嫌になってくれてるし、一方通行じゃないみたいなんで」
これで平然とされたらそれこそ追い討ちだ。
にこ、と笑うと大志もそうだなぁ、と言いながら克己の方を振り返り・・・・・・凍っていた。
「・・・・・・なぁ、日向、俺今さり気無く甲賀に睨まれたよ」
怖かった。絶対彼は目線だけで人を殺した事があると直感的に思う。
ガタガタ震えながら大志は大きな体を小さくして、その視線を忘れようとしていた。
そんな眼で今後も見られることがないだろう翔はのん気で、しかも何だかちょっと嬉しそうな顔になる。
人の気も知らないで・・・・・・。
「でも、日向も調べれば良かったじゃん・・・・・・誕生日」
「何で本人が目の前に居るのにわざわざこそこそ調べないといけないんだよ」
「そりゃあそうだけどさ、日向、自覚ある?」
「何の?」
本当に何にも解かっていない様子で翔は聞き返してきて、大志はほんの少し克己に同情した。
「・・・・・・無自覚小悪魔だな、日向」
小悪魔、なんて言われたのは初めてだった。
別にそんな自覚は無い。今の行動は単に自分がどうしようもなく苛立っているからとっている行動で。
でも誕生日だから、早々にこんなケンカは止めてしまおう、と思ってはいた。
けれど。
「・・・・・・まだケンカ中なんですか?」
どこか呆れたような遠也の一言に翔はがっくりと肩を落とした。時間はすでに夕食後。いつもなら克己と同じ部屋でのんびりしているのだけれど、今日は遠也と大志の部屋に居させてもらっていた。
それもこれも
「だって、克己・・・・・・話しかけようとすると女子がいるんだ」
甲賀克己という人物は、基本寡黙で冷静で、見た目も女子なら絶対見惚れる顔。
あぁ、中学の時もきっとモテモテだったんだろうな。
そんな感想を誰にでも抱かせるような人柄で。
つまり、彼の側から女が絶えることが無いのだ。
猟色家ではないにしても、絶対女にも男にも困らなさそうな見た目と中身。本上に言われた言葉が耳に痛かったのはそこにも理由がある。
女に困ることのない彼が、自分をそういう相手に選んだのかやっぱりイマイチ解からない。
「あんな見た目だけの男、どこがいいんだか俺にはさっぱり解かりませんけど」
克己をあまり良く思っていない遠也のため息混じりの言葉に翔は顔を上げた。
聞き捨てならない事を聞いた気がしたから。
「見た目だけじゃない!遠也には負けるかもしれないけど頭良いしスポーツやらせたら何でもプロ並だし実はチェロもちょっと弾けたりするし料理は出来ないけど知識だけはあるんだぞ、この間パエリアの作り方を暗唱された時は驚いた!それにスゴイ優しいし性格もカッコイイし、何かさり気無い優しさって結構胸にくるから困るし!それに顔だって芸能人なんかに負けない・・・・っつーかどの芸能人よりカッコイイしな!あああ、もう、一晩語るか!?」
「結構です」
克己の良さを解かってくれない遠也に徹夜で語りつくしてやろうかと思ったけれど、あっさり拒否をされる。きっと惚気にしかならないだろうと遠也は確信していた。
それを一晩、当の本人に語ればそれが最高の誕生日プレゼントになるだろうに。
「日向」
「・・・・・・何だよ、遠也」
拒否をされて少し悔しげにしている翔には思わず笑ってしまいそうだった。
「甲賀に告白した女子はきっと一晩は語れませんよ」
遠也からの思わぬ励ましに翔は少し眼を見開いた。
「・・・・・・でも、本上は語れそうじゃね?」
一瞬嬉しかったけれど、強敵の存在を思い出して憂鬱な気分になった。
でも、遠也はそれを鼻で笑う。
「本上のは妄想と言うんです」
「え、妄想・・・・・・て、ダメかな?」
「はい?」
今度は遠也が思わぬ言葉に驚く番だった。
思わず聞き返してしまい、そんなこっちの反応に言わなきゃよかったと思ったのか翔の顔が仄かに紅くなり、両手を振って今の発言を打ち消そうと必死だった。
「わ、悪ぃ、遠也!聞き流せ!」
「流せません。何考えていたんですか」
内容によっては今夜は翔を引き止めておこう。
密かに遠也はそう決意しながら厳しい声で聞くと
「・・・・・・やっぱ、誕生日とか盛大に祝ってやりたいとか思うわけじゃん」
仕方なく翔も話を始めた。
「プレゼントとかも、誕生日になったら何あげようかなーとか細々と考えていて、ね?」
実は少ない一ヶ月の給料を少しずつ貯めていたりもしたのだけれど、まさかこんなに早い月に誕生日が来るとは思わず、スズメの涙ほどの金額しか無い。やっぱり最初から本人に誕生日がいつか聞いておくべきだったのだ、と反省しつつの告白だった。
「色々と、これあげたら喜んでくれるかなー・・・・・・とか」
「・・・・・・それは別に妄想じゃ・・・・・・いや、妄想・・・・・・か?」
きわどいところに遠也は少しの間だけ考え込んだ。
でも例え、それが妄想の部類に入るとしても本上とはきっとレベルが違いすぎるだろう。
「とかとか、色々考えてたのに、誕生日過ぎちゃうじゃん!あー、もう、こうなったら肩叩き券10枚つづりでいいかな!?」
慌てているからなのか、それとも暑いからなのか、翔の結論は何故か肩叩き券。
「・・・・・・良いんじゃないですか?」
ここであの元不良とその友人がいたら絶対に「自分にリボンつけてあげたら?」とか要らないアドバイスをしただろうと遠也は予想して、彼らが居ないことに安堵した。
そうだ、未成年。清く正しく肩叩き券10枚つづりで親睦を深めておけばいい。
話が大体一段落したところで、遠也は部屋の時計を見上げた。翔と話す為に大志を別な友人の部屋に行かせてからもう4時間くらい経つ。そろそろ寝る時間でもあるし。
「日向、そろそろ帰ったらいいんじゃないですか」
遠也の勧めに、翔は少しの間考えるような素振りをしてからゆっくり頷いた。
「そ、だな」
もう今日は帰ってこないのだろうか。
現在時刻午後11時半ちょっと過ぎ。もう少しで克己の誕生日が終わるという時だった。珍しく、というか初めてルームメイトの翔はこの時間になっても帰ってこない。
別に、今日まで自分の誕生日だなんて意識していなかったし、言われてもああそうかという程度だったから拘ることは何もない・・・・・・はずだけれど。
矢張り帰って来ないのだろうか。結構怒っていたようだし、帰って来ない確立の方が高い。
「まいったな・・・・・・」
明日からの事を考えて深くため息を吐く。と
「何が?」
ベッドに座っていた克己の横に、今さっき帰ってきたばかりの翔が立っていた。
「翔!」
「なんだよ、帰ってきちゃ悪かったか?本上とイチャつきたかった?」
驚く克己にちょっとまだ怒っているのを示す為に冷たく返すと彼は何が何だか解からないという表情になる。克己には本上がどうのということは何も言っていないから当然か。
「・・・・・・今日はもう帰って来ないかと」
克己は今度は安堵の息を吐いていた。
「・・・・・・何で、誕生日だって俺に言わなかったんだ?」
今回の原因となった事を聞くと、克己は少し困ったような顔になり
「・・・・・・南半球の方には誕生日を祝わない部族もあって」
「克己はその部族の出身だと?」
「・・・・・・まぁ、気合」
「気合かよ」
頭が良いんだからもっとマシな嘘を吐いて欲しかった。
それともこれは彼が珍しく慌てている地味な証拠なのだろうか。
解からない、克己が久々に解からない。
「・・・・・・本当は、帰って来ないつもりだったんだけど」
考えても仕方ないのでこっちの事情を先に説明することにした。
帰って来ないつもりで遠也と大志の部屋に居たら、遠也に「帰ったほうがいいんじゃないですか?」と言われ、色々考えての結論だった。
もし、克己が先に寝ていたらもう何も言わないで明日は普通通りにしようと思いながら。
でも克己はこうして起きていた。
「克己今日誕生日だし恩赦っていうか、それに最初より最後のシメの方がどっちかと言えば重要じゃね?とか思ったりして、だって、最初って前座じゃん?前座!最後ってトリだよ、トリ!それだったら俺が嫌がらせのように克己の誕生日の最後を飾ってやろうじゃんって思ってね!あああ、とにかく要約すると!」
自分でも何が言いたいのか解からなくなってきて、結論を言う為に顔を上げると克己と視線が合い、何だか気恥ずかしくてすぐ眼を逸らしてしまったけど。
「た・・・・・・誕生日、おめでとう・・・ございます」
言えた・・・・・・。
達成感にほっとしつつも、「ございます」は要らなかったかな?と密かに駄目だしをしながら克己の反応を待った。が、これがなかなか反応が返ってこない。
やっぱり「ございます」は要らなかったか・・・・・・!
それともやっぱりケンカふっかけたのいけなかったかな?
色々な可能性を考えて、オロオロしながらフォローを考える。
「だって、克己さ、あの、えと、えーっとあの、克己年上っぽいから敬語使いたくなるんだよな!」
ああ、何のフォローだ。
さっきまで怒っていたのにもう慌てている翔の様子に克己はいつもの調子が戻っていることにほっとする。
「・・・・・・意識してなかった」
「え?」
「誕生日。小さい頃からあまり祝ってもらった記憶が無いから、意識してなかったんだ」
さっきの部族云々よりずっと信憑性のある話だったから、多分これが本当の話なのだろう。
「自分が今何歳なのか数えるだけの日だったから、そんなに重要だとも思ってなかったしな・・・・・・言わなかったのは悪かった」
「・・・・・・何となくそういう事情があるんじゃないかとは思ってたけど」
克己の性格からしてそういう年中行事には淡白そうだとも思っていた。
そういえば、告白されてた時も微妙に迷惑そうな顔をしていたし。もしかして迷惑だったりするのか。
ちょっと嫌な方向に考え始めていた時に、克己に頭を撫でられた。
「でも、意外と嬉しいから自分でも吃驚だ」
「・・・・・・本当に?」
「お前限定で、か。だから、本上のことは気にするな」
「・・・・・・誰から聞いたんだよ、それ」
結局なんで自分が怒っていたのか、その原因を知っている克己がちょっと悔しい。何だか全部見抜かれているようで。
克己は笑って誤魔化して、誰から聞いたのか教えないつもりのようだ。
・・・・・・まぁ、いいか。
「でも、やっぱプレゼントくらいは用意したかったかな。・・・・・・っと、あ、肩叩き券ならあるぞ!」
ポケットからいかにも手作りですといった感じの肩叩き券を取り出し、克己に笑顔で渡した。でも
「・・・・・・肩叩き券?」
今日は母の日か何かだっただろうか。
思わずカレンダーを見たけれど、そこには大きく7の数字が。
「まぁ、何もないよかマシだろうから貰っといてくれよ」
カレンダーと翔の顔を何度も見比べる克己の手にペシ、とその券を置いた。正直なところ、自分でも何故肩叩き券なのか解からないから深くは突っ込まないで欲しい。
律儀に克己は礼を言いながらそれを受け取り、手の中でそれをしばらく弄びながらじーっと見つめていた。
と、思えば。
「俺はお前でも構わなかったが」
至極真面目な顔で恥ずかしいことを言われて翔は思わず笑ってしまった。
「あっはっは。ダメー」
「・・・・・・何でそんなあっさり」
「だってもう12時過ぎてるし?もう克己誕生日じゃないからな。プレゼントってのは当日にあげてこそだろ?」
「あ・・・・・・」
確かに翔が指差す時計を見ると12時を3分ほど過ぎている。
ちょっと残念そうにする克己の様子に、本日、いや昨日のストレスを解消することが出来た。
別に全てが克己の責任ではないけれど、嫌な思いはしたわけだしこれくらいの報復はしてもいいだろう。
「前々から教えてくれてたら、俺だって色々サービス考えても良かったんだけどなー」
「サービスって・・・・・・お前」
「ま、来年かな?教えなかった克己が悪い。残念でした」
残念賞くらいはあげてもいいかもしれないけれど。
いつものように彼の首に抱きつくと、いつものように頭を撫でられる。恋人というより外国人が親しい友人とよくやる包容に近い行為で。
残念賞には相応しい。
基本的に普通にじゃれ合うのが好きな翔の意図を察したのか、克己もそれ以上の意味合いを持たせようとすることはなく、軽く細い体を抱き締め返すだけに留めていた。
でも
「・・・・・・こんなに誕生日を待ち遠しく思うのは初めてだ・・・・・・」
耳元でそんなことを呟くことくらいは許してあげようか。
甲賀克己という人物は、基本寡黙で冷静で、見た目も畏怖を抱かせる美形顔。
あぁ、中学の時もきっと本人に気付かれないところで人気があったんだろうな。
そんな感想を誰にでも抱かせるような人柄で。
近寄りがたい空気を放っているというけれど、自分はそんな風には思わない。
だから、自分にはわざわざプレゼント片手に中庭に呼び出してから「おめでとう」なんて言う手間も要らない。
その気持ちを拒否されることもない。
そんな特権があるということは、自分はやっぱりそれなりに彼に好かれているんだろうな、と再確認しつつ。
「誕生日おめでとう、でした。克己」
終。
たまに甘いの書こうとするとこの二人になるんです。
最近文章が気に入らない系スランプだったのでリハビリの一品。
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