夏、だったろうか。
叔父と叔母が小声で話していた事を偶然耳にした。
“彼”が意識を取り戻した、と。
聞いた瞬間、戦慄を覚えた。
代名詞だったけれど、その彼が誰だか自分はよく知っている。
怖くて、信じたくなくて、聞かなかったことにした。
一生、知らない振りをしようと。
でも、そうもいかなくなってしまったのは、自分にとって不運なのかそれとも幸運なのか。
いまだに、解からない。
最期の日
本日付で届いた一通の手紙。
学校から帰って来たら居間のテーブルに重要印が押された茶封筒が置いてあった。
この家の主である叔父宛かと思いながら何となく手に取ると、自分の名前が印刷されている。
「まほろさん、コレ・・・・・・」
郵便受けから取り出してきたのは彼女だろうから、キッチンで夕食の支度をしている彼女に帰宅の挨拶がてら聞こうとした。
けれど、差出人を見てすべてを納得する。
そういえば、そういう時期だ。
「翔くん、お帰りなさい」
自分の帰宅に気がついた彼女がエプロンで濡れた手を拭きつつ振り返り、翔の手の中にある封筒を見て硬直していた。
一生懸命笑顔を作ろうとしたけれど無理だったというような彼女の表情には苦笑してしまう。
軍からの召集令状だ。
彼女の泣き出しそうな顔に、まさか前々から伝えられていました、なんて言える訳がなく軽く肩を竦めてみせるしかない。
「仕方ないよ」
そう、仕方が無い。
今度こそタイムリミットだ、と自分の背後に鎮座していた死神が大きな口を三日月型に歪めた気がした。
3年くらい前になるだろうか。しばらく新聞やワイドショーをにぎわせた事件が、この近辺で起こった。
そして、自分はその被害者であり加害者だった。
母親と娘が自殺をし、息子を殺そうとした父親は彼の反撃により植物状態。加害者の面は正当防衛で無罪放免となり、全てが終わったのだと思っていた。少なくとも翔の中では終わらせていた。
そのおかげでこの3年、人生初めての平穏を手に入れたのだけれど、どうやらこの生活にもピリオドが打たれてしまうらしい。
悔しいはずなのに、何故か怒りや嘆きの類の感情は湧かなかった。
きっと、諦めるという選択に慣れすぎた所為だ。
冬の澄んだ青い空を見上げて、翔はため息を吐く。
放課後の学校の中庭は、現在1,2年生がテスト期間中の為人気が無く静かだった。3年生は受験勉強の為に中間・期末とテストは免除されるから暇だ。
受験生なら暇ではないのだけれど、もう進路が決まってしまった自分は相当暇だ。
手の中にある封筒の書類を渡す為に職員室に行かないといけないのだけれど、どうも気が進まない。
軍に入るという意思表明とか、そういう書類だから。
「・・・・・・行きたくないなぁ」
少し強めの風にはたはたと揺れる封筒。この手を放せばきっとすぐに飛んでいく。
・・・・・・放して、しまえば。
「日向?」
「うわぁあ!」
今まさに手を放そうとした時に名を呼ばれたのだから、心臓が飛び出るのではないかというくらい驚いた。
慌てて封筒をポケットにしまったら、後ろからその声がまた話しかけてきた。
「お前、こんなところで何してんの?」
「柊・・・・・・」
後ろの教室は確か図書室。その窓から顔を出して自分を発見したのは、クラスメイトの柊澄人。部活も一緒だったから顔なじみの友人だ。
「柊こそ、図書室なんかで何してんだよ」
珍しい、と付け足してやると女子がキャーキャー言っている顔が不満げになる。
「俺だって受験生なんだけど」
「あー、そうでした。なんか、柊には図書室よりは校庭が似合うけどな」
陸上部で彼は部長だったから、本を読んでいる姿よりトラックを走りまわっている姿の方が見慣れている。
くすくす笑う翔をしばらくじーっと見ていた柊は、突然思い出したように口を開いた。
「日向さぁ、どこの高校受けるんだ?」
「え?」
柊としてはきっと何となく聞いて来たことなのだろうけれど、翔は一瞬ぎくりとしてしまった。まさか、さっきの封筒見られたということはないだろう。
「・・・・・・西、かな。やっぱあそこ陸上強いし、インハイも行きたいし」
取り合えずスポーツで有名なところを上げると、柊が何故か嬉しげに微笑んだ。
「やっぱ?俺も西受けるんだ、受かったらまたよろしくな」
「よろしくっつーか、今ライバルじゃん、俺達・・・・・・」
「ライバルとか言うなよ。淋しいなぁ」
はぁぁ、とわざとらしいほど深くため息を吐く柊に苦笑を返すと彼の背後に見慣れた黒髪があるのに気付く。そう、図書室と言えば彼だ。
「とーや、何してんの?」
翔の呼びかけに柊も背後に彼が居た事に初めて気がついたらしく、驚いたように振り返っていた。遠也もまさか窓の方から声をかけられると思わなかったらしく、読んでいた本からすぐに視線を上げる。
「日向・・・柊・・・・・・」
受験にまったく関係なさそうな難しい本を片手に彼はこっちに来る。
「何しているんですか?こんなところで」
「んー?逢引?」
冗談半分の柊の一言に翔は笑うが、遠也は訝しげに眉を寄せた。
非難めいたその視線に、柊が今までとは少し違った笑みを遠也にだけ見せる。その意味は、きっと考えるまでもないだろう。
用事があるから帰る、と告げた翔の背を見送りながら、彼に手を振る柊に遠也は先ほどと同じ温度の視線を投げた。
「・・・・・・まさかとは思いますが」
「日向の事?好きだぞ」
「あっさり言わないで下さい」
飄々とした性格だとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
思わず額を押さえた遠也に彼は苦笑する。
「好きなもんはしょうがないじゃん?日向可愛いしさ?」
確かに、女顔ではあるし性格も明るい彼は男女問わず好かれているが。
「佐木もアレか、俺と同じく日向に恋する男の子なのか?」
翔と現在一番仲がいいのはこの小さな天才佐木遠也。遠也も遠也で翔にはそれなりの優しさを観せるからもしかしたらという噂もある。
けれど、遠也はあっさりそれを否定した。
「そんなワケないでしょう」
「そうなの?」
「当たり前です」
「そっかー・・・・・・」
嬉しげに翔が去った方向を眺めている柊は末期だ。
別に今更男同士がどうのこうのと言う程馬鹿じゃないし、自分には関わりの無い事だから何も言うつもりはないけれど。
「・・・・・・柊、見苦しい顔ですよ」
「え!?」
恋する男とはかくもこれほどまで見苦しいものなのか。普段はそれなりの顔がみっともないほどに弛んでいる。
慌てて自分の顔を覆う柊を尻目に、ため息を吐きながら本をしまいに行く遠也の手にも、翔と同じ封筒が握られていた。
冷たいフローリングの床は硬くて痛い。
でもそれを気にしないほど体が重くて、痛かった。
呻き声を上げても相手は体を揺らすのを止めず、ただただこの恐怖の終わりを待つしかなかった。
助けて、と言っても相手がそれを聞いてくれることもなく、誰かが助けてくれることもなく。
手を伸ばした先はいつだって闇だった。
は、と眼を開けるといつもと変わらない自分の部屋だった。
学校から帰ってきて、うっかりベッドの上で寝てしまったらしい。いつもの悪夢にうなされてしまった。
ふるふると頭を横に振って、夢の内容を忘れようとしたけれど、無理だ。
もう終わった事なのに、ほぼ毎日この陰気で重苦しい夢にうなされる。
終わったはずなのに。
忘れたいのに、自分の脳はまだ忘れさせてくれない。
平穏な日常なんて、嘘だ。
この3年、ひたすら毎日夢にうなされていた。日常は平穏だったかもしれない。けれど、夜になると必ず闇に突き落とされる。
下手をすれば一生、この悪夢に付きまとわれることになるだろう。
「くそ・・・・・・」
ぐしゃ、と冷や汗で濡れた前髪を手で握り、何故いまだにうなされるのか考える。
自分が弱いから、なのだろうけど。
それとも、軍に行けば精神的にも強くなって、こんな夢を見てもうなされることが無くなるのだろうか。
陸軍記念日に街中を行進していた兵士の表情を思い出しながら、思う。あんなロボットみたいな人間に自分もなってしまうのか、と。
不意に、クラスメイトがいつか言っていた言葉を思い出す。
“南側だったら、召集されても死ぬ事は無い。むしろ、あっち側は望んで行くらしい”
南というのは、国家公務員の家、もしくは一定以上の税金を納めている家を指す。彼らは昔風に言えば一級階級の人間で政府に優遇されている。
自分の父親は優秀な科学者だった。だから、昔は翔も南側の人間だった。
今は違うけれど父親の名を使えば優遇されるかも知れない。
・・・・・・いや。
自分が考えた事を首を振って否定した。
夏くらいに叔父と叔母が自分の知らないところで彼が生き返ったという話をしていたのは知っている。でも彼らは自分にそれをひた隠しにしてきた。
まさか、知っているなんて言えない。今までいつ彼が自分の前に姿を現すか怯えていたなんて言えない。
それに、彼に助けを請うのが嫌だった。彼のおかげで助かるなんて自分のなけなしのプライドが許さない。
でも。
顔を上げた先には壁掛けのカレンダーがある。何かのセールスマンが勝手においていった、世界遺産だか何かの写真のカレンダー。景色が綺麗で結構気に入っている。
今は、写真も雪景色の11月。あの話を聞いたのは7月。もう半年近く経っていた。
こんなに時間が経っているのに、どうして彼は自分を殺しに来ないのだろう。
彼の性格なら、起きた瞬間に自分を探して殺そうとしただろう。プライドが高くて、怒りっぽい人間だった。そんな彼が自分を殺そうとした、3年近くも意識を失わせた翔を放っておくはずが無い。
この半年、一体彼は何を考えていたのだろう。
自分は、何をしてきた?ただ彼に怯えてきただけだ。
でも軍に入ることになった今、彼に殺される事を不安がる事はない。
ならば、いっそ。
あの日彼の血に塗れた自分の両手を強く握った。
少年院も軍の学校もどうせ似たようなものだ。違うのは、人を殺した事を責められるか、人を殺した事を褒め称えられるか位。
彼を殺して、この夢を見なくなるのなら、過去をすべて抹消出来るのなら、彼女が微笑んでくれるなら10年20年なんて安いものかもしれない。
そんな事を考えながら、居間にいるだろう叔父のところに向かった。今の時間まほろはいない。まだ彼らは結婚をしていなく、まほろは盲目の穂高の身の回りの世話をするために毎日通ってきている女性だった。二人の結婚式に出れる日を密かに楽しみにしていたのだけれど、こんなことになってしまってはどうにもならない。二人には幸せになってほしい。
でも、これからする事は彼には、恩を仇で返すような事かも知れないけど。
それだけが少し心苦しかった。
でも
「穂高さん」
叔父は翔に呼ばれてすぐ後ろを振り返る。
「どうした、翔」
日向穂高叔父は翔が尊敬する人だ。盲目だが少林寺の道場を開いて、彼自身も相当な腕の持ち主。正式な弟子入りはしていないけれど、彼には拳法の手ほどきをして貰っている。
この3年、彼の支えがなかったらきっともっと酷い状況に陥っていた。
彼は何だ、と光の入らない眼を細めて微笑む。道場にいる時は厳しい叔父だけれど、家ではいつもこんな感じ。
この人の子供として生まれていたら、きっと大分自分の人生は変わっていた。
「ちょっと、お願いがあるんだけど」
「お願い?」
翔を引き取ってからというもの、一度もお願いというものをされた事が無かった穂高は眼を大きくして驚いた。翔と同じくらいの年齢の子供にはよく見られるはずの我がままというものを、彼は一度も口にした事が無い。すでに法律上では親子という関係だというのにも関わらず。
義父として珍しいと同時に嬉しかったけれど、軍の召集がきっかけなのかもしれないと思うと素直に喜べなかった。
「何だ、何か買って欲しいのか」
なんと言うか、子供扱いだな。
叔父の言葉に翔は苦笑しながら首を横に振った。実際そう解釈されるべき年齢だから仕方が無い。
「父さん、目ぇ覚ましたんだろ?あっちに行っちゃう前に、一度会って話をしたいんだ」
穏やかだった穂高の表情がみるみるうちに変わっていくのを目の当たりにしながら、自分の決意が固い事を心の中で確かめた。
すべてを終わりにさせよう。
きっとすべてが楽になる。
それが、自分の為だ。
「翔」
穂高の気を使うような声に翔ははっと顔を上げる。彼は盲目だというのに、いや、だからこそかれもしれない。翔の様子がおかしい事にすぐに気付く。表面ではなく空気で判断しているというから、誤魔化しようが無い。
「無理をするな」
「無理なんて・・・・・・俺はただ、父さんと会って」
「会って?」
殺しに行く、と言ったらこの叔父はきっと全精力で止めるだろう。
「話したい、だけ」
「翔」
今度は少し言い聞かせるように叔父が自分の名を呼んだ。その声色にぎくりとする。すべてを見透かされているようなそんな音に。
「それなら、俺も一緒に行く。一人では行かせられない」
一人では行かせられない。
強い口調に翔は奇妙な感覚に眼を伏せる。穂高と父は友人だった。穂高も鈍感ではない。むしろ敏感な方だ。きっと大切な友人を殺されるのが嫌で彼は自分を引き止めている。
その事に落胆している自分に密かに自嘲してから、叔父が眼が見えないのにも関わらず満面の笑みを浮かべて見せた。
「穂高さん、これくらいは一人で」
「お前はもう一人で頑張るな」
穂高の目に光りは無いが力がある。
「アイツが起きていた事を知っていたんだな・・・・・・怖かっただろ、ごめんな」
穂高の大きな手が翔の肩を寄せ、もう片方の手が小さな頭を撫でる。いつまで経っても子ども扱いだけれど、それが今は心地良かった。
その手の暖かさに、初めて穂高に会った日の事を思い出す。
その頃はまだまひろがいなくて、しばらく自分と穂高二人で暮らす日々だった。眼が見えない彼の為に夕飯を作れば「おいしい」と褒められ、テストでいい点を取ってくれば頭を撫でられる、そんな幸せな日々。彼が本当の父親であったら、と何度考え、今ここに姉がいてくれたら、と何度思った事か。
「翔、大きくなったなぁ」
眼の見えない彼は久々に触れた翔の体の成長にぼそりと呟いた。大きくなった、と言っても同年代の少年達よりは華奢な体だけれど。
「あの学校には行かせないからな」
「穂高さん?」
「俺も元は軍人だ。あそこには知り合いもいるから、上手く言えばお前をあそこに行かせないで済むかも知れない」
穂高は優しい。
でも、いつまでもその優しさに甘えていてはいけない。
穂高は目は見えないけれど、30代に入ったばかりの男盛りだ。黒髪は肩にかかるくらい長くなってしまっていたが、毎朝翔が髭を剃ってあげているから顔はまぁまぁ見られるものだし、軍に入っていただけあって、野性的な魅力もあった。軍から離れていくらか経つからか、温和な空気の方が今では強いが、道場に入れば彼のがらりと変わるオーラには翔もぞくりとするものを感じる。でも、初めて出会ったときは髪も伸びっぱなし髭も伸びっぱなしで熊のようだった。それは、まひろには秘密だ。
彼はもうそういった事を諦めているようだけれど、近くにはまひろという女性がいる。結婚の話が浮き上がってもいい歳だ。それに眼が不自由な彼には一生彼を支えられる相手が必要。まひろと結婚をしないのは自分を気遣っての事だろう。
「良いんだよ、穂高さん。俺、あの学校には行くから」
そういう約束だから。
自分が入院していた時に来た青年が告げて言った事は今でも思い出せる。この3年、塀の中で過ごす事がなかったのはあの条件があったから、と解釈していた。
「でも、翔」
「ありがと、穂高さん。でも俺本当に大丈夫だから」
その声で大丈夫なんて、なんて説得力の無い声なんだろう。
穂高は真っ暗い視界の向こうで笑んでいるだろう翔の強がりをあっさりと見抜いていた。普段ははつらつとしている翔の声のトーンが揺れて心細いものになっている。
昔、お前は鈍感だと友人に言われた事がある。今もきっと眼が見えていたのであれば翔の笑みにだまされていたかもしれない。
3年経っているのにいまだに心の傷が癒えないで、誰にも弱みを見せられない翔に穂高もまた説得力の無い言葉を返すしかなかった。
「何があっても、俺がお前を守ってやるから、一人で頑張るなよ」
正直な話、これからだと思っていた。
穂高は翔が自分に寄りかかって寝てしまった事に気付いてからため息を吐く。
初めて出会った時は本当に小さくて、自分より大きな大人に怯える彼はなかなか自分に心を開いてくれなかった。そんな彼は自分が盲目だと知ると少しずつ自分に気遣いを見せた。新聞を読み上げてくれたり、生活の面で色々と不自由な事を手伝ってくれた。それに礼を言ったり褒めたりすると彼の空気がほんのりと嬉しそうになったのを覚えている。
それと、武道の稽古に彼は異常とも言えるほど懸命に打ち込んでいた。話には聞いていた、彼が姉を助けるのに自分の身をかえりみない行動をしていたことを。
そうやって自分の心のバランスをとっていたのだろう。誰かの役に立たないと自分がそこにいる理由は無いと思っているのか、穂高相手にも翔は一生懸命だった。そんな彼がいじらしくて、どうにか幸せにしてあげたくて、穂高は彼を養子にした。彼の母も姉も、それを望んだ。
そして、最悪の結末が。
自分はこの子に一体何をしてあげられたんだろう。時々不意にそう思うときがある。
姉も母も死に、父を刺し、彼は迷わず自殺を選んだ。その傷はまだ彼の首元に残っていると聞いている。養子になったと聞いて家を飛び出した彼を追いかけた先で穂高が感じたのは、死臭と血の臭い。昔自分が居場所とした戦場と何ら変わりの無い空気に戦慄した。
「翔、翔!」
真っ暗い視界では何があったのか解からなく、ただ名前を呼び、何かに躓いても起き上がることしか出来ない。
「翔、翔、頼むから返事をしてくれ!」
声が聞こえないとどこにいるか解からない。頭を何かにぶつけた。何かが釣り下がっていたようで、自分がぶつかったおかげでそれがゆらりと揺れる。それが人だと、この時は気付かなかった。
新しい血の臭いを辿ってただ足を進める。直感的にその先にあの子がいると思ったから。
共に来たまひろの悲鳴で、翔が死に掛けている事を知るまで穂高はただ血の臭いのする闇を彷徨っていた。
あの時、翔は死を選んだ。
自分の存在は彼に自殺を止める材料にもならなかった。その事が今でも心の隅に引っ掛かっている。
精一杯父親代わりとして頑張ってきたつもりだったけれど、自分の無力さにただため息が出る。本当はもっと我がままを言って欲しい。もっと甘えて欲しいのに。
「翔」
でも、自分に寄りかかり安心しきった寝息を立てているだけ、進歩したのかもしれない。特に目的もなく伸ばした手にさらりとした翔の柔らかい髪の感触が触れる。
だから、これからだと思っていたのだ。
彼が今まで自分に申し訳無さそうに頼んできた事は、怖い夢を見るから一緒に寝てくれと夜中に穂高の寝室を枕片手に訪ねて来たことくらい。今ではそれも無い。
人並みの幸せを知らないこの子を戦場になんて送りたくないのに。
「愛しているよ、心の底から」
せめて、彼が傷ついた時に脳裏に浮かぶ人間になりたい。
彼が泣きたい時に胸を貸してやれる人間に。
そう思いながら穂高は彼の頭を優しく撫でた。
まるで父親が自分の息子を愛しむそれのように。
この子がどんな選択をしても、自分だけはこの子を見放さずにいようと固く心に誓いながら。
next
サンプル的に書いてみた・・・・・・のです。タイトルにお気づきの方は気にしないで!!(笑)
当然ながら克己は出て来ません。遠也はいます。
続きはおいおい・・・。本編はコレ読んでなくても大丈夫なように書くつもりです。
っていうかうっかり叔父さん萌(゚∀゚)
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