昔々、あるところに赤ずきんという子が居ました。
赤ずきんというのはいつもおばあさんから送られた赤い頭巾を被っているから皆にそう呼ばれ、親しまれていました。
本名は甲賀克己といいます。
赤ずきんは器量よしでモデル体系で頭もいいので村娘達の憧れの的でした。
「おい、甲賀。これを森の中に住むおばあさんに届けてくれ。喧嘩に勝ったはいいが大怪我をして寝込んでいるらしい」
ある日、そんな赤ずきんにお母さんはお使いを頼みました。
渡されたのはパンと葡萄酒、それとブックカバーがかけられた文庫本が入ったカゴ。
「矢吹・・・・・・おばあさんって篠田だろう?自分で行けばいいだろうが」
赤ずきんは最初お使いを渋りましたが、お母さんはにっこりと笑います。
「ちゃんと赤い頭巾被っていけよ」
「おい、無視か」
「ああそうだ、ついでに狼にも気をつけろよ。ま、お前の方が狼だろうけど」
「うるさい」
そんなこんなで赤ずきんはおばあさんの家に向かいました。
因みにあまり似合わない赤い頭巾は家に置いてきてしまいました。
途中、村の娘にデートに誘われましたが、赤ずきんは丁寧に断わりました。
勿論、おばあさんをお見舞いに行くことを言って。
これで赤ずきんの好感度がアップです。
歩くたびに声をかけられ、うんざりした思いを抱えながらようやく赤ずきんは森に差し掛かりました。
その時、お母さんからの言いつけを思い出します。
「狼に、気をつけろと言われても・・・・・・」
「あ!赤ずきんだ!」
茂みの中から飛び出してきたのは茶色い毛並みを持った狼でした。
ぴょこりと動く耳が相変わらず可愛らしいです。
「翔」
狼の名前を呼んでやると嬉しそうに飛びついてきました。
「うわーい。久し振り!元気してた?」
狼というよりどちらかといえばウサギやネコの人種に近いような可愛らしい容姿の狼です。
実はこの二人は恋人・・・・・・ではなく親友同士でした。
傍から見て好き合っているのは見え見えでしたが、種族の壁に二人ともまだ告白はしていないのです。
飛びついてきた彼をいつものように片腕で抱え、赤ずきんは歩き出します。
「なぁな、今日は何しに来たんだ?」
赤ずきんが来た事が嬉しいのか、狼はわくわくしながら聞きます。
「篠田のヤツが怪我をして寝込んでいるらしい」
「え、ばーさんが?へぇ〜珍しい事もあるんだな」
狼とおばあさんも顔見知りです。
あのシルバーウルフ(白髪で老人だから)と恐れられているおばあさんが怪我をしたというのは一大事。
狼は軽い身のこなしで赤ずきんの腕から飛び降り、狼は鼻をひくつかせました。
「花の匂いがする。ばーさんに持って行ってあげようよ」
「花?」
赤ずきんは花と聞いて想像してみました。
あのおばあさんが花に埋もれている姿を。
「・・・・・・果てしなく似合わない」
小声で呟いた言葉を狼は聞き逃していたらしく、こてんと首を横に倒しました。
「どうした?」
そのあまりの可愛らしさに赤ずきんは言葉を失いました。
花に囲まれるおばあさんは不気味ですが、花と戯れる狼は想像してみても充分可愛い。
「よし。行くか」
「おう。そうこなくっちゃ」
軽いデート気分で二人はお花畑へと向かいました。
春真っ盛りのお花畑で、赤ずきんと狼も春真っ盛りの様子でした。
「おー、見ろよ赤ずきん!この花可愛いな」
「ああ、可愛いな(お前が)」
のほほんとした陽気でちょっとしたピクニック気分です。
楽しく花を選んでいる狼を楽しく見つめている赤ずきん。
傍から見ていて恥ずかしいほどのバカップルです。
そんな時、急に狼の耳が力を無くしたように垂れました。
どうしたのかと思えば彼も何か落ち込んだ様子。
「どうした?」
赤ずきんに優しく頭を撫でられ、狼は顔を上げます。
「とーやがさ、もう赤ずきんには会わない方が良いって」
遠也というのは狼と一緒に暮らしている黒い毛並みを持つ狼でした。
背は高くありませんが、そこら辺の人間より頭のいい狼です。
赤ずきんと黒狼は仲が悪いので、そう言うのかと思ったら理由は別にありました。
「人間と狼は違う種族だから、あんまり一緒に居ない方がいいんだって」
「あいつが、そう言っていたのか」
「うん。でも、おれ・・・・・・赤ずきんと会えなくなるの、やだな」
しゅんとする狼の頭を撫でようとした時、
「赤ずきんさん!!」
長い耳をもったウサギが現れました。
「本上」
驚いた狼がウサギを呼ぶと、彼はギッと狼を睨みます。
「狼が何で赤ずきんさんと一緒にいるわけ?赤ずきんさんも赤ずきんさんだよ!食べられたらどうするの!」
「そんな、俺赤ずきんを食ったりなんか!」
「狼の言う事なんて信用できないよ」
赤ずきんにべったりくっついて離れないウサギに、狼は胸が痛むのを感じました。
「赤ずきん・・・・・・俺、先行ってるから」
赤ずきんが手元に置いておいたカゴを手に、狼は走りました。
流石イヌ科。あっという間に姿が見えなくなります。
赤ずきんを置いて来た狼は、おばあさんの家のドアをノックしました。
「誰だ。赤ずきんか?」
「違うよ、俺だよ」
「あれ?狼じゃん」
ドアを開けると頭と腕と足に包帯を巻いたおばあさんがベッドで寝ていました。
今回の喧嘩は激しかったようです。
「赤ずきんは?一緒じゃないのか?」
「本上に捕まっちゃって」
「ああ、そうか。なら仕方ないな」
おばあさんは近寄ってきた狼からカゴを受け取り、中身を確認します。
「ワインにー、パン・・・・・・よりご飯派なんだけど。それと・・・・・・うぁ!稲川○二の本なんて送ってよこすんじゃねーよ!」
おばあさんは怖い話が苦手です。
「それより。悪かったなぁ、狼。わざわざ」
「いいって。友達だろ?」
「お前イイヤツだよなぁ。イイヤツついでにさ、外の奴ら追っ払ってきてくんね?」
その時、おばあさんの家のドアが乱暴に開け放たれました。
「篠田!怪我しているんだってなぁ!今日がお前の最後だ!」
お礼参りに来た人達です。
けれど、狼が頑張って何とかなりました。
「悪いなぁ」
外に彼らを放り出すと、おばあさんは心底すまなそうにお礼をいいました。
「いいって。困った時はお互い様」
狼は笑顔で答えます。
「そんなやさしい狼さんにレッツ☆アドバイス!」
いきなりテンションが変わったおばあさんに狼は驚きましたが。
「俺、これからちょっと出かけてくるからさ。ここで赤ずきん待っていてやってくんねぇ?」
「?いいけど」
「そこで!だ。この服を着てベッドで寝ていろ!」
おばあさんが出してきたのは、ピンク色のひらひらしたネグリジェでした。
ご老人向けだとは思えないほどの短い丈です。
「で、お決まりの台詞だ。赤ずきんが来たら必ず聞いてくる台詞がある。覚えてるか?」
「えーと、『おばあさんの耳はどうしてそんなに大きいの?』だっけ?」
「そう。で、お前の返事は?」
「『お前の可愛い声を聞く為・・・・・・』」
「次は『おばあさんの目はどうしてそんなに大きいの?』」
「『お前の可愛い顔をよく見る為』」
「じゃあ、『どうしてお前はそんなに可愛いんだ』!」
「待て。そんな台詞は無いぞ」
狼の言葉を無視しておばあさんは言葉を続けます。
「そう言われたら『それはね、お前に食べてもらう為なんだ』って答えろ」
「立場逆転じゃん!!」
うがぁっと叫ぶ狼でしたが、ふと考えてみました。
赤ずきんに食べられる自分。
鍋で煮られるのか、フライパンで炒められるのかは解りませんが、赤ずきんならいいかな、と思ってしまいます。
何だかよくわからないアドバイスをして、おばあさんは家から出て行ってしまいました。
ひとまず、おばあさんから渡された服を着てベッドに潜り込みました。
こんなことで赤ずきんは騙されるのでしょうか。
布団の中に顔まで潜り込んで赤ずきんがやってくるのを待ちました。
しばらくして、ドアのノック音が聞こえてきて、狼は耳をぴくりと動かします。
「おい、篠田。居るんだろう?」
間違いなく赤ずきんの声です。
狼は何だか妙に胸がどきどきしていました。
「篠田?」
赤ずきんが家の中に入ってみると、一人分膨らんでいるベッドからは茶色い耳が出ていました。
おばあさんは居ないようです。
「一応、見舞いに来たのにな・・・・・・」
見舞いなど必要なかったらしいことに赤ずきんはため息をつきました。
「どうして、お前の耳はそんなに大きい?」
一応言うべき台詞をこなそうと、赤ずきんはベッドに近付きます。
「・・・・・・赤ずきんの声を聞く為」
ぶっきらぼうな小さな声が返ってきて、赤ずきんは口元を歪めました
「じゃ、なんでお前の目はそんなに大きい?」
赤ずきんがベッドに腰掛けると、狼が布団の中から顔半分を出しました。
「・・・・・・赤ずきんの顔を見たいから」
恥ずかしそうに目を伏せられては赤ずきんも堪ったものではありません。
「何でそんなにお前は可愛いんだ」
あっさりとおばあさんが予測した言葉を言いました。
意外と単純です。
「・・・・・・赤ずきんに、食べてもらうため」
思いも寄らない狼の返事に赤ずきんは動きを固めました。
「え・・・・・・本気か?」
「うん・・・・・・だからさ、台所連れてってくれよ」
「台所・・・・・・?お前意外な趣向持ってるな」
「え・・・・・・ココで食べるのか?お前こそどういう教育されたんだよ」
話が噛みあっていません。
その事に頭のいい赤ずきんは気付き、ついでにどんな誤解を狼がしているか見抜きましたが、チャンスは逃せません。
「一応親戚筋が矢吹と篠田だからな。設定上」
ばさりと布団をはいで、赤ずきんは狼を押し倒しました。
その時です。
「日向!無事ですか!」
「ここに狼が来たと知らせがあったけど、大丈夫か!?」
正面玄関から黒い狼が。
裏口から狩人が現れました。
そして二人とも目の前の状況に硬直するしかありませんでした。
一番状況がうまく理解できなかったのは狩人です。
狼が現れたと知らせを受けたものの。
狼の姿をしている方はどう見ても食べられる人で、赤ずきんの方が食べる人に見えたからです。
「えーと、どっちが狼?」
答えはどちらも狼。
「貴様!日向に何をしている!!」
黒狼は毛を逆立てて怒り狂いました。
それはそうでしょう。大切な友人が人間なんかに押し倒されているのですから。
「遠也、俺、赤ずきんが好きなんだ」
けれど狼の訴えに黒狼はあっさり頷きました。
「ああ、無理矢理じゃないんですか」
「当たり前だ」
さらりと失礼な事を言われた赤ずきんは怒りましたが黒狼は聞いちゃいません。
「まぁ、それならいいんじゃないですか」
「ホント?遠也」
「はい。相手が赤ずきんだって事には多少なりとも不満はありますがね」
「とおやぁ〜〜〜」
素晴らしき兄弟愛に感激した狩人が、黒狼の手を掴みます。
「俺、三宅大志っていいます!一目ぼれしました!付き合ってください!」
「帰れ」
あっさりと冷たくあしらわれた狩人でしたが、まだ望みを捨てず、黒狼を口説く事を心に決めました。
そんなこんなで、それからしばらくして赤ずきんに可愛いお嫁さんが出来ました。
何故かそのお嫁さんはいつも帽子を被っているそうです。
その帽子の中を知っているのは、ほんの一部の人達だけでした。
二人はいつまでも仲良く暮らしました。
めでたしめでたし。
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