明日はクリスマスイブ。
一応共学のこの特殊な学校でも、男と女の恋愛ゲームは繰り広げられてた。
その犠牲者となりそうな生徒がここに一人。
「ねえ、百合は好きな子いないの?」
仲の良いクラスメイトである皆川鈴に期待に満ちた目で聞かれ、日野百合は曖昧な笑みを返すしか出来なかった。
「やっぱり、百合だったらE組の甲賀君とか、篠田君とかお似合いだよー?」
女子人気が高いbPとbQを上げられ、そうかな?と心の底から首を傾げる。
クールで大人びた雰囲気が人気の隣のクラスの甲賀克己。
明るい性格がうけている篠田正紀。
二人とも背が高く、美形に入る容姿で女子人気を集めていた。
「でもアタシは矢吹君かなぁー。弓道の立ち姿とか穏和で大人っぽい性格とか、カッコいいよね〜〜」
ほんのり頬をそめながらうっとりしている鈴には、かけてやれる言葉がない。
矢吹いずるというのは、篠田正紀のルームメイトで親友だ、と聞く。
けれどそんな彼等に難点が一つ。
篠田正紀にはこの1年F組に美人の幼馴染みが存在し、甲賀克己は告白してくる女子をすべて断っている。「好きな人がいる」とお決まりの衝撃告白をして。
そう言われて振られた女は星の数ほど。けれど甲賀克己の本命は誰も知らない。
百合にとっては、どうでも良いことなのだけれど。
「ほら、鈴・・・・・・次情報の授業だよ、移動しないと」
「あ、そうだった」
話を終わらせる為に友人に声をかけると彼女は慌てて自分の席から教科書を取ってくる。
「ねー、百合本当に好きな人居ないの?」
けれど、意外と友人は執念深かった。
本命の名前なんて口が裂けても言えない。
「うーん・・・・・・甲賀君、格好いいよね」
仕方なく、当たり障りのない人物の名をあげると途端に鈴が色めきだった。
「やっぱり!百合なら甲賀君だと思ってたー!」
何故。
そんな疑問は心の中に留めておいて。
「あ、日野」
低い声に足を止めて振り返った。
背の高い、黒い髪を短めに切った青年がいる。思った通り。
「今、情報?」
E組の小野新一郎が自分の手の中の教科書を指差して聞く。
「そう、だけど」
「やった。俺次情報なのに教科書忘れて」
「また〜〜?」
百合でなく、隣にいた鈴が嫌そうな声を上げた。
小野と鈴は同じ学校だったらしく、彼女を通じて百合も彼と話すようになったのだ。
「なんだよ、皆川・・・・・・誰もお前に貸せなんて言ってねーだろ」
「その方がまだマシなの!何で百合に迷惑かけるのよ!早く教科書持ってきなさいよ」
「うっせーな、仕方ないだろ。忘れるんだから」
「あー、もう信じらんない!百合!」
「は、はい!!」
鈴がいきなり百合の腕を掴んで、情報室とは正反対の廊下へと引っ張った。
「す、鈴!?」
「いい加減あったまきた!百合、ここは甲賀君と付き合って、あんな男近寄らせないようにしなよ!!」
「はああああ!?」
ちょっと待ってーーー!!
心の中で叫んでも、お節介な友人は待ってくれない。
しかも
「百合は甲賀君のことが好きなんだから、近寄らないでよね!ばーか!」
小野に向かって宣言までしてくれた。
本命は彼なんです!!
本人が茫然と突っ立っていなければ、100%叫んでいただろう。
そんな少女漫画的展開が繰り広げられているとはまだ知らない翔と克己は
「クリスマスかー。克己どうする?」
「どうって・・・・・何も予定入っていないが」
「やだなー、今年も寂しく野郎のクリスマスパーティになんのかなぁ」
のんびり友人同士の対話を楽しんでいた。
「不満か?」
「不満ってわけじゃーないけど。どうせ騒いで飲んで食って寝るだけじゃん」
どうやら毎年そうやって過ごしているらしい翔の冷めた考えには少し驚いた。
サンタがどーの、プレゼントがどーの、とはしゃぐタイプだと思っていたから。
・・・・・・いや、この年でサンタを信じているヤツも滅多にいないが。
「ま、クリスマスだし・・・・・・彼女居ないモノ同士仲良くやろうぜ、克己!」
「・・・・・・まあ、それも手か・・・・・・」
ガラッ!
かつかつかつかつ!
ドアが開いた音がした。ここまでは自分たちに関係ないと思っていた。
足音が自分たちの方に来ているのに気が付いた時に、翔と克己はようやく顔をその方向に上げる。
「甲賀君!」
そう怖い顔で叫ぶのは隣のクラスの皆川鈴。と、その後ろでわたわたしているのは日野百合だった。
「百合が貴方の事が好きなの!明日デートして!」
どうしてそこまで強気にいけるのだろう。
告白とはもっと恥じらいのあるべきモノなのではないのか!?
と、あまり告白をされたことのない翔は無駄な幻想を抱いていた。
けれど、相手はあの即NOの甲賀克己。これくらい強引でないと駄目なのかも知れない。
まぁ、どうせ断るんだろうな。
そう、翔が思った時。
「・・・・・・わかった」
克己が、頷いた。
それに周りは騒然とする。驚いていないのは克己本人と鈴だけ。
「かかかか克己!?」
親友が目を見開いて驚いているが、克己は気にせず今さっきこの教室から離れていった人物の残像を追っていた。
「日向!!甲賀がデートに承諾したってマジか!?」
信じられない噂を聞いた正紀は、ルームメイトのいずるを引き連れてあわてて翔の部屋に飛び込んだ。
「・・・・・・マジだよ」
ベッドに座って頷く翔と、先約が一人。
「・・・・・・?小野、何でお前ここにいるんだよ」
暗いオーラを背負った小野がフローリングの床に座っていた。
克己は不在らしい。
「あー・・・・・・克己とデートする相手って、日野サンで、」
言いにくそうに翔が頬を掻くと、正紀はすべてを読んだ。
「あ、そういや小野って日野のこと好きなんだっけ?」
「ちちちち違う!!」
先程まで暗い空気だった小野が顔を真っ赤にして後ずさった。
「やや、バレバレですがな」
なんて初々しい反応を返してくれるんだろうと、正紀は内心面白いと思う。
「でも珍しいじゃん。小野が俺に折り入って話って」
翔がどうしたの?と首を傾げると、小野は真剣な表情で俯いた。
「その・・・・・・甲賀のこと、教えて欲しくて」
「あれ、小野クン日野じゃないってことは甲賀に気があったのかい?」
すかさず、いずるが笑顔でイタイところを衝く。
「違う!俺が好きなのは日野だぁぁぁ!!」
その誤解には慌てたらしく、思わず小野は絶叫告白をしていた。
いずるは勝ち誇った笑みを浮かべ、硬直する小野を正紀は哀れみの目で見る。
「甲賀が、どんなヤツか、教えて欲しかったんだ。一番近くにいる・・・・・・日向に。好きな女を、譲れるほどいい男か」
「いい男だと思うけど?」
親友である翔からの返事はあっさりしたものだった。
「頭イイし、スポーツ万能だし、顔もイイし、声だって格好いいし、背も高いし、一見非の打ち所がないヤツだからな」
「日向・・・・・・小野、沈んでるぞ」
正紀の言葉にはっと気が付けば、小野が凹んでいた。
しまった、言い過ぎた?
「や、小野・・・・・・違うんだ、その」
「よし、小野」
正紀がなにやら真剣な表情で小野の両肩を叩き、
「奪え」
その言葉にはそこにいた全員が目を見開いた。
「し、篠田?」
冷や汗を流しながら翔が彼の暴走を止めようとしたが、無理そうだった。
「奪ってこそ愛だ、小野!これを人は略奪愛と言う!明日のデート、とことん邪魔してやろうではないか!」
なにやら妙な熱意を燃やし、正紀は拳を握る。
その姿を呆れたようにいずるは見ていたが、止める気はないらしい。
正紀の本心は、自分が独り者なのに克己ばかり言い思いをさせて堪るかという思いが根底に沈んでいる。
男の嫉妬は見苦しいが、恐らく誰にも止められない。
「俺達が責任持ってどうにかしてやる」
達ってことは、俺も入るのか・・・・・・。
ほぼ同時、翔といずるは思う。
自分がモテるということを全く気が付いていない男ほど、哀れな者はいなかった。
「んー・・・・・・デートをぶち壊すとかはともかく、小野は自分の気持ちを伝えといた方がいいだろ」
ある程度の展開を見守ってた翔が結論を出す。
「俺も一人寂しくクリスマスはゴメンだし・・・・・・」
「日向?」
その理由に驚いたのはこの中で一番冷静ないずるだった。
「だって、俺だってもっと克己と遊びたいの。彼女なんか出来ちゃったら帰るのも別々、飯も別々、俺寂しいじゃん」
「まぁ・・・・・・確かにね」
親友が恋人に妬く、ということも珍しくないという話だ。
「よし!じゃあー明日の計画たてるぞー!俺の部屋で」
正紀がドアに向かった理由は、この部屋は翔の部屋であると同時に克己の部屋であるということ。
当事者にバレてしまっては、意味がない。
ドアノブを回そうとした時だった。
「日向、いますか?」
ガンッ!
ドアが凶器となり、正紀の顔面を強打した。
犯人である遠也は、なにやら妙な手応えに眉を顰めつつ、状況を知る。
「・・・・・・ノックくらいしろよ、天才。そして謝れ」
正紀の、元番長の名残がある怒りのオーラを纏いながらの脅しも、遠也相手では無意味だ。
「どう考えても不慮の事故でしょうが。高血圧とカルシウム不足はお勧めできませんね」
相変わらず、この二人の相性は最悪だった。
「・・・・・・って・・・何ですか?このむさ苦しい部屋は・・・・・・」
二人部屋に男4人が集っている状況に、遠也は目を細める。
そして、いずるが事の事情を話し始めた。
「・・・・・・くだらない」
話し終わってすぐに遠也は息を吐いた。
そういう反応だと何となく予想していた正紀以外の3人は苦笑するしかない。
「第一、本当に甲賀が日野を好きだった場合はどうするんですか?良い迷惑でしょうが」
「それは・・・・・・」
確かに、と流石の正紀も口ごもった。
「まぁ、小野が自分の気持ちを伝えることが先決でしょう。それに多分・・・・・・」
そこで遠也は言葉を止め、少し考え込んだ。
彼の言葉を待つが、何でもないと遠也は首を横に振る。
「・・・・・・あなた方も、あまり他人の恋路に干渉しない方が良いと思いますが」
もっともな忠告をされた時、再び招かれざる客がやってくる。
「甲賀さん!なんであんな女とデートするんだよ!!」
そう、克己大好きの本上夕喜が。
けれどお目当ての克己が不在だった上、むさ苦しい部屋の状況に彼は目を見張った。
「あんな女って何だ!」
最初に珍しく小野が声を上げ、相手が南側だということに構わず胸元に掴みかかる。
「あんな女だよ!甲賀さんに手をだそうとするヤツなんて!絶対ぶち壊してやるんだから!」
けれど本上の剣幕の方が上だった。
怖い。
思わず小野も彼から手を離していた。
「アレ?南って確かー、明日政府主催のパーティに必ず出席じゃなかったかな?」
いずるの思い出したような言葉に本上の動きが固まる。
「ああ、そうだった。いいなー、南のヤツは、ごちそうだろー?」
にやにや笑いながら正紀はうらやましがってみせた。
「くそーーー!!覚えてろー!!」
半泣きで本上は走り去っていく。
これで、余計な波風は立てなくて済む。
「ま、遊び半分で明日は甲賀のデート見学としけ込みますか!」
良い迷惑だ・・・・・・。
正紀の鶴の一声に遠也は一瞬克己に同情しかけたが、相手が彼なので制止はしなかった。
遠也情報によると、デート場所は学校前の駅で電車に乗って約十分のところにある遊園地。
何故軍の施設内に遊園地が、と思ったが、意外と好評らしい。
小野は現地集合、ということで遊園地の門の前で一人立っていた。
こんなところで百合に会ったら気まずい以外の何物でもないのだが。
に、しても遅い。と、思っていた時
「小野!」
翔の慌てたような声に安堵した。
「ひゅう・・・・・・がぁぁぁぁ!?」
「おう!」
おう!と男らしく挨拶されても困るのだ。
何故なら、目の前に立っていたのはどう見ても女の子だから。
「何か、作戦らしいんだー。ほら、こうすれば尾行じゃなくてただのデートに見えるだろうしって。それにぱっと見俺だってわかんないだろ?」
そりゃ、そうですが。
翔はその女顔を生かしていつもは一つにくくってる髪型を二つに結び、服は勿論女物。話によると正紀の幼馴染みから借りてきたらしい。
「にしても女の子ってよく冬でもこんな短いスカートはくよなー。寒くないのかなー?俺は寒いぞ?」
「うあああ!日向!まくるな!!」
無造作にスカートの端を掴んで見せる翔の行動を小野が慌てて止める。
「?なんだよ」
「ひゅ、日向・・・・・・周りはお前を女だと思っているんだから・・・・・・」
ぽんぽん、と彼の肩を叩いてどうにか自覚して貰う。
それなりに可愛い顔をしているせいか、先程から男の視線が翔に集中しているのだ。
「どうだ、凄いだろ」
得意げな声に顔を上げると、私服の正紀といずるが居た。
この二人はぱっと見、すぐ誰だかわかるのであきらかに尾行向きではない。
「日向はともかく、お前等二人は一発でばれるだろうが!」
もっともな意見に正紀は明後日の方向を見る。
「あー・・・・・・別にいいじゃんー」
「そうだよ、小野」
慌てている彼を落ち着かせようといずるが小野の肩を優しく叩く。
「それとも君は正紀の女装姿が見たかったのかな?」
穏やかな笑顔で恐ろしいことを言われ、小野は硬直した。
しかもさりげなく、自分はそんな格好をしないぞ、という意志が潜んでいる。
「さーて、クリスマスだー!遊ぶぞー!」
「!やっぱり篠田そっちが目的何じゃないのか!?」
「小野・・・・・・そんなに君は正紀の女装が」
「矢吹黙れ!!」
にぎやかすぎる・・・・・・。
もうすでに尾行なんて失敗なのでは。
翔はそんな予感がした。
・・・・・・視線を感じる。
克己は背後になにやら覚えのある視線を感じるたび、足を止めていた。
「?甲賀君、どうかした?」
百合が心配そうに顔を覗き込んでくるが、何でもないと首を振る。
言えない。
自分の友人達が付けてきていることなんて。
気配くらい消せ。
呆れつつ遊園地のアトラクションを眺めていると、百合が言いにくそうに口を開いた。
「あの・・・・・・」
彼女の言いたいことはわかっている。
「日野、ちょっと来い」
「あ、何か話してる!くっそーここまで声聞こえねー位置に移動しやがった!」
「俺たちに気付いたんじゃねーの?」
「いいや、完璧な尾行だ!そんなはずはない!」
正紀は小野に言い切ったが、あれは気付いていると思う。
茂みに隠れつつ、様子を見る。
「なーなー、俺アレ乗りたい!アレ!」
しかし目を輝かせている翔はジェットコースターを指差し、かなり尾行などどうでも良くなっているご様子。
「ひゅーがー、お前ちょっと静かにしてろ」
「堅いこと言うなよ篠田。だって俺こういうとこ初めてなんだもん、あーアレ食べてみたい!」
「もう少し待ってろって」
「むー、じゃあさっき男の人が一緒に遊ばないかって誘ってくれたからそっち行ってきてもいい?」
「!いずる!!コイツどこにも行かせるな!!」
翔に何かあったら克己と遠也という最強の組み合わせに殺されてしまう。
いずるもどうにか好奇心旺盛な小動物を落ち着かせようとした。
「日向、もう少しだけ我慢だよ」
「克己のデートなんて見ててもつまんないんだよー。遊びたい〜〜」
「あの二人のデートが終わったらね」
お子様をこんなところに連れてきたのは間違いだったのかも知れない。
「お前、別に俺のこと好きじゃないだろう?」
克己にあっさり言い当てられ、百合は茫然とした。
「え・・・・・・どうして」
「普通は気付く」
「じゃあ、なんでデートOKしてくれたの?今まで誰にもOKしなかったって聞いてたよ?」
「決心が付かないヤツが居たから」
克己の返事に百合は小首を傾げる。
自分の気持ちのことか、それとも・・・・・・。
何にせよ、克己は何かを見通してこの茶番に付き合ってくれたらしい。
ただ顔だけじゃないんだなぁ、と失礼だけれど感心した。
「うん、私、他に好きな人がいて・・・・・・」
「・・・・・・俺にもいる」
「そうなんだ、甲賀君なら絶対大丈夫だよ!」
「それはどうだかな・・・・・・それはともかく、お前の好きなヤツというのはあそこの茂みに隠れてこっちを睨んできている小野か?」
「・・・・・・どおりで視線を感じると思った・・・・・・」
はぁ、と疲れたようなため息を吐き、百合は肩を落とす。
「どうする?この先続けるか?」
「ううん。止めておく。なんか、それやっちゃったら『嫌な女』になりそう」
甲賀君、女の子に人気だし、と付け足し百合が苦笑する。
「まぁ、一番人気の甲賀君とお話できてよかったよ」
こっちを見張っているあっちの様子を克己がちらっと伺うと、見覚えのない少女の姿が目に入る。
・・・・・・あれは。
「どうせなら、もう少し妬かせてやれ」
にやり、と克己が人の悪い笑顔を浮かべた。
「あ」
偵察中の正紀と小野が声を上げたので翔といずるも顔を上げた。
視線の先には、克己と百合がキスしている姿が。
「・・・・・・あれー・・・もしかして佐木の懸念してたとおりだったのか?」
正紀がしまったかな、と隣にいる小野の様子を伺う。
彼は石膏像のように硬直している。
どうやら残酷な現実を見せつけてしまったようだ。
クリスマスパーティは失恋パーティに変更か、とそこまで思考を巡らせた時に
「飽きた」
翔の低い声が聞こえた。
「もう、早く小野に告白させちゃえよな!時間作るから!」
その言葉の意味がわからず、正紀といずるが飲み込むより早く、翔が隠れていた茂みから飛び出した。
「甲賀・・・・・・くん?」
顔を紅くする彼女に軽く笑ってみせる。
「これで何もアクションを起こして来なかったら、それまでの男だとあきらめるんだな」
けれど、その言葉を言い終えるよりも早く、茂みが揺れる音がした。
誰かが飛び出してきたのだろう、恐らく小野が。
殴られるのを覚悟で克己は足音がこちらに向かってくるのを待つが・・・・・・
「甲賀くん!」
やってきた人物が腰に何故か抱きついてくる。
「ひどい!誰よ、その女!アタシのことは遊びだったの!?」
「お、おい」
「あんなに好きって言ってくれたのに、アタシのことはやっぱり体目当てだったのねー!最低男よー!!」
あからさまに作ったような女声で、さめざめと彼女は泣き始めた。
いや。彼、だ。
「甲賀君なんて大嫌いよー!と、いうわけでちょっと来い!」
最後の台詞はかなり男気があふれていらっしゃいました。
克己の腕を掴んで猛ダッシュで去っていく。
そんな展開についてゆけず、百合が茫然としているときに
「・・・・・・日野」
小野が、やってきた。
「・・・・・・偶然ね」
百合がさらりと言ってくれた言葉に慌てて小野は同調した。
「そ、そうだな!すごい偶然だな!!」
「どうしたの?」
「あ、の・・・・・・」
因みに遠くの茂みでは。
「いけ!いっちまえ!小野!」
「正紀黙ってろって!聞こえないんだから!」
遠くの観客の声が実はここまでしっかり聞こえていたりする。
声が大きい人たちなのだ。
人選を誤ったかも知れない、と今更反省。
「小野君?」
「・・・・・・俺、その・・・・・・」
「今日暇?」
「へっ?」
驚く小野に、百合は恥ずかしそうに笑った。
「私、今振られちゃったのよねー。時間、まだ午前中だし・・・・・・小野君、デートしない?」
願ってもない申し出に小野は必死に首を縦に振った。
「する!」
「じゃー、何か乗る?」
「乗る!」
「なーんか・・・・・・純愛って感じ・・・・・・」
実は両想いって有りですか?
不満げな正紀にいずるは苦笑する。
「いいだろ、クリスマスだし」
それより、克己達の行方が気になるのだが・・・・・・・。
「ま、ここまでくれば良いか」
自分たちの姿がある程度見えなくなったところで翔が走るのを止める。
「ごめんね〜、デートの邪魔しちゃってv」
女声を作ってくるりと振り返ると、呆れたような目があった。
「翔」
「あ、やっぱバレてた?」
「どういう格好をしているんだ、お前・・・・・・」
彼等が来ていることは知っていたが、親友がそんな姿でいることには驚いた。
「?似合わない?」
「そういう問題じゃない」
じゃあどういう問題なのだろう・・・・・・。
意味がわかっていない翔が首を傾げると、克己は疲れたようにため息を吐く。
「お前なぁ・・・・・・」
「それより克己、何で日野サンとのデートOKしたんだよ」
よりによってクリスマスに。
いつもはそういう恋愛感情をぶつけてくる人はあっさり振って、後腐れのない付き合いが出来る女の人を相手に選んでいた。
「好きな人がいる」、という断りの返事は真実だと翔は思っていた。
けれど今回は、違う。
「日野サンの事、別に好きでも無いのに?」
一応、親友という立場から見ていて、誰が好きか好きじゃないか、何となくわかるようになってきていた。
彼女の事なんて、きっと今回初めて顔と名前を知った相手に過ぎないだろうと思う。
「遊びで、そんな返事をしたのなら俺は」
軽蔑する。
近くに、彼女のことを本気で好きな人がいるのに。
「・・・・・・時々、俺は克己が何を考えているかわからない」
「それはこっちの台詞だな。いきなり、そんな格好するとは思わなかった」
女装のことは突っ込まないでおいて欲しい。
「仕方ないだろー!一応気付かない変装ってコレしか思いつかなかったんだから!」
「ま、男が沢山遊びに来ているのは目立つしな。懸命な判断だ」
「だろう!」
恥を忍んでこんな格好をしたのだ。ある程度褒められないとやっていられない。
無い胸を張る少女に笑いが込み上げてくる。
「・・・・・・克己、何笑ってんだよ」
「別に。ああそうそ、さっきの答え」
問いは、何故、彼女の申し込みを受けたのか。
「好きなヤツに好きと言えないヤツに同情したから、でいいか?」
「・・・・・・小野?」
「それと、日野もか。きっかけさえ与えれば何時だってくっつくヤツらだったから」
「当て馬になったのか?」
「その通り」
「克己がー?モテる男が何で他人の恋に手を貸すんだよ」
嘘くさい。
そんな意味を含んだ声に、意外と失礼なヤツだと思う。
「残念ながら俺は、好きな人になかなか好きだと気付いてもらえない方なんだ」
モテたい人にはモテません。
お手上げ、という意味で両手を軽く上げる。
「だから、なんとなくそういう気持ちが理解できたので手を貸しました。小野がウジウジしているみたいだったし」
決めるべきところは男が決めるべきだ。
確かに、克己ほどのレベルの男が出てきたら焦りを覚えるとは思う。
そこでようやく翔が肩の力を抜いた。
「そーだったの?」
「そうだったの」
「そうなんだ、克己も好きな人には気付いて貰えない人なんだ・・・・・・下手にレベル高いとそうなのかな?」
ってそっちか。
「そうかー、なんか俺も頑張れば大丈夫かも」
しかも、なにやら安心している。
それは親友としてどうなんだ。
「そうそ、俺も本命にはモテ無いんだよ」
フォローする気も無く、同意する。
実際、そうだから仕方ない。
ふーん、と翔は頷くがここら辺から親友としての気遣いが見え始める。
何だか、可哀想だ、と思う。自分の前を歩く親友が。
逡巡して、思いついた行動は
「よっし、克己!」
「ん?」
立ち止まった克己の前に回り込んで、訝しげな表情の彼に向かって翔は両腕を広げて見せた。
誤解が解けてご機嫌なので、満面の笑みで。
「モテ無い克己君にクリスマスサァビスだっ、慰めてあげるv」
まぁ、妙な誤解をして悪かったと思う。なので色々妥協した上での行動。
返された克己の行動は、抱きつきvでは無く爆笑だったが。
「む、胸の無い体に慰められても!」
ひーひー笑いながらのやっとの台詞に翔は頬をふくらます。
「なんだよー。無い物ねだりすんじゃねー!一応格好は女だし、擬似的にでも至福の時を提供してやろうと思ったんじゃねーか!」
「俺はお前が何考えてんのか予想がつかない」
「何だよ、要らないんだな!?」
「いやいや、ありがたくいただきます」
笑いすぎて目元に溜まった涙を拭いてすぐ、擬似的な幸せを抱きしめる。
わかってはいたけれど、翔は改めて克己との体格差を思い知らされることになった。
やるんじゃなかった、と思うが後の祭り。
そして、相手は反対のことを思ったらしい。
「体小さいなー」
「悪かったな・・・・・・」
「サイズ的には丁度いいぞ」
「なんのサイズだよ・・・・・・」
「さぁ、な・・・・・・翔」
「ん?何」
「・・・・・・本気で好きになる相手は、一生に一人で充分なんだよ、俺は」
「・・・・・・モテるくせに意外と誠実なんだな」
克己の腕に力が入り、息苦しさを感じた。
好きな人に気付いて貰えないとこぼしていたから、その人の事でも考えているのだろう。
・・・・・・まぁ、いいけどな。
咎める気もなく彼の胸に頭を預けると、冷えた克己の服の布が頬に当たって冷たかった。
「で、これからどうする?」
翔はその質問には元気いっぱいに答える。
「遊ぶに決まってるだろ!」
後日。
「あ、俺日直だー、先に移動するなー」
何ら変わりのない日常・・・いや、身辺は変わった。日野百合と小野新一郎が付き合い始めたことだけ。
けれど自分たちにとっては何も変わりのない日々が続いている。
多分、それが平和なのだろう。
翔を見送って、読みかけの本を手に取ると、クラスメイトの真壁が克己の肩を叩いた。
「よ、甲賀!」
「何だ」
「あのさー、俺この間のクリスマスに乃木と二人で遊んでたんだよ」
「ふーん。男二人でねぇ」
「悪かったな!どうせ独り者だ!で、甲賀さぁ・・・・・・見かけないコと歩いてたよな?」
「・・・・・・ああ」
その返事に真壁が身を乗り出す。
「やっぱり!なぁ、アレ誰!?可愛い子だよな!誰!?頼む、教えて!ついでに紹介して!」
ぱんっと両手を合わせる時かなりいい音を鳴らしてくれた。
けれど
「嫌だ」
確か次移動だったな、と克己は立ち上がる。
「え、オイ・・・・・・甲賀、え・・・もしかしてお前の彼女だった?」
「・・・・・・違う」
一瞬、真壁が顔を輝かせた。が
「けど、今更敵を増やす気にはならないからな」
教える気はさらさらない。
教室から出て行く克己の背に、「少しくらいいいだろー!」と憤慨する真壁とそれを「甲賀相手だ、諦めろ」とたしなめる乃木がいた。
さて、これからどうしよう?
オマケ。
「翔」
「ん?何?克己」
「窓際で乃木と話しているのが真壁だ」
「はぁ?同じクラスだから知ってるっての」
「いやー、紹介しろ、と言われてな」
「真壁に?変なヤツー」
後書き
さらっと書いてしまいました。100hitとクリスマスを祝って。
ノーマル・・・・・・なのに。やっぱ俺に恋愛は向きません。なんかもう少しノーマルの心情とか
書こうかと思ったのですが、なんか・・・・・・向かないんでしょうね・・・・・・・。書く気力が無い。
女顔に女装は付きものです!
いまいち腑に落ちないノーマルカプ話なので彼等の後日談もそのうち書けたらなぁ・・・・・・と。
そんなこんなでメリークリスマス!