「翔」

「何ですか、男も女も見境無い甲賀克己君」

 少し冷たく返事をしてみる。

 本当に信じられない。

 まぁ、助かったのだけれど、他人が告白してきた相手をあっさりかっさらうなんて。

 確かに、彼は格好良い。少し口説かれたら一気にその気になってしまう気持ちもわかる。

 けれど、こっちの立場は。

「・・・・・・辞書、貸してくれ」

 なにかを諦めたような克己のため息に、机のはじっこに置いておいた分厚い辞書を投げ付けるようにして渡した。

 一時間目は平和な英語の時間。

 二時間目は暗号解読。これもある程度平和。

 三時間目以降はちょっと気が重くなる授業が待っていた。

 二時間サバイバル演習に午後からは保健体育と柔道。

 しばらくして克己から辞書が返ってくる。

 ふとみると何やら紙が入っていた。

『少し付き合え』

 書いてあった文に首を傾げるが

「先生」

 克己の声が英語教師の英語の朗読を止める。

 因みに教室はガラガラ。皆こういう授業はどうでもいいのだろう。多分どこかで自主練をしている。

 確かに学習系の担当者は階級がかなり低い。生徒である自分たちにもビクビクしている節がある。

「何ですか、甲賀君」

「すみません、用事を思い出したので抜けます」

 普通の高校だったら怒られるだろう。

「翔、来い」

「はぁ?俺も?」

 何だ、と腰を上げるしかなかった。




「で、何」

 空き教室で机に座る翔に対し、克己は黒板に寄りかかっていた。

「田原のことだ」

「アレ?何気に入っちゃったのかよ」

「違う」

「じゃ、何?」

「・・・・・・お前なぁ」

「だって俺もう他人事だもん」

 にやりと笑ってみせると克己がはぁ、とため息を吐く。

 押しつけた自分を怒ろうとはしない。

 そういえば、彼が怒ったところを自分はあまり見たことがない。

 導火線が余程長いのだろうか。

「そんなことじゃなくて」

 克己は翔が座る机のセットである椅子に座る。

「田原助けた時、お前誰か殴り飛ばしたのか?」

「?おう。だって襲われてたし。多分階級二三個上の相手」

「馬鹿。通りでここ最近妙な動きをしているヤツがうろうろしていると思った」

「へ?うろうろしてたのか?」

「してた」

「あー・・・・・・ゴメン」

 がりがり頭を掻いて本日三回目のお詫び。

「俺、気付かなくて」

「気を付けろ。今度はお前が処女失うことになるぞ」

「処女?やだなぁ、男が失うなら童貞だぞ」

 がくりと克己は何故か肩を落とした。

「なんなら俺が失わせてやろうか・・・・・・」

 ぶつぶつ何やら不穏なことを呟く克己に翔は首を傾げるしかなかった。

「それと、お前に頼みがあるんだよ、翔」

「ん?なに」

 流石に気負いがあるのか珍しくあっさり翔は話を聞く体制になる。

 そこに付け入り、克己はにっこり笑った。

「しばらく、恋人の振りをして貰いたいんだ」

 それは、有無を言わせない頼みで。

「かーつみ?」

「どっかの誰かさんだって人の名前使ったわけだし、なぁ?」

 なぁって。

 でも、それを了承してしまうとあの二人を敵に回すことになる。

「あの・・・・・・ですね、克己君」

「期限はあの田原が俺を諦めるまでで良い。本上は今更無理だ」

「うううう・・・・・・わかったよ・・・・・・」

 そんなに長い期間にはなりそうにないだろう。意外と彼は惚れっぽかった。

 そのうち、正紀辺りをけしかけてみようかと思案してみる。

「じゃ、練習ということで」

 色々考えていた翔の口に一瞬自分のモノではない体温が触れた。

 一気に考えていたことが吹っ飛んだ。

「い・・・ま・・・・・・・何した?」

「お?キ」

「皆まで言うな!」

 殴ろうとした手はあっさり克己に受け止められてしまう。

「お前、これくらいで動揺するか?」

「普通はするだろ!俺はお前と違って純情なの!からかうな馬鹿!」

「練習って言った。からかっているわけではない」

「そういうのからかっているってゆーの!」

「ああ、何・・・・・・もしかして俺のこと意識した?」

「それは何があっても有り得ないー!!」

 同室者である相手を意識してどうなる。しかも男!

「でも、顔紅い」

 くすくす笑いながら克己が自分の顔を撫でてくる。

 なんか、コイツ今日おかしい。

 翔の頭の中で警鐘が鳴った。

「ばッ!俺もう行くからな!」

「待て」

 強い力で腕を引かれ、思いもよらないことに対処できずあっさり後ろへ倒れた。

 倒れた先は克己の腕の中。

「かける」

「わ・・・・・・」

 信じられない位の甘い声で名前を囁かれ、思わず小さく声を上げていた。

 本上や田原が彼に惚れた理由を一瞬理解しかけた。

「あ、さ、さっきの恋人の話、本上にやって貰えば?アイツならきっと快く引き受けてくれるぞ!」

「いやだ、おまえがいい」

「っ・・・・・・!」

 耳元で囁くのは止めて欲しい。こっちも妙な気分になるではないか。

「は、離せっ」

 もがこうにも克己の力には敵わない。

「お前・・・・・・あったかい」

「悪かったなぁ!小動物でっ!」

 なんだ、どうした?

 克己が思いっきり変だ。

 今まで見たことのない親友の姿にこちらもパニックになりかけた。

「かける、俺は」

 熱っぽい息を感じ体が一瞬硬直したが

 ・・・・・・熱っぽい?

 ばっと振り返り、驚く克己をよそに彼の額に手を当てた。

「お前、すげえ熱じゃん!!」

「あー・・・・・・そうか?」

「馬鹿ー!!」















ヤバイヤバイ・・・・・・
俺がどうしようですよ