水瀬利哉の一日は意外と長い。

「行ってらっしゃい、かなちゃん」
「じゃあな、かーさん」

 珍しく母親に送られてきた要に手を振るといつものようにこっちにやってくる。

「おっす、利哉」
「はよ、要」

 不意に顔を上げると、要の母親がこっちを見てにこにこ笑っている。相変わらず美人さんだ。

「相変わらず、綺麗だな」
 思わず呟いていたらしい。要が驚いたように目を見開いた。
 しまった。と思っても後の祭り。

「利哉・・・・・・お前」
「馬鹿。いくらなんでも友人の母親は口説かないって」

 一度本気で考えた事はあるけれど、そのことは言わない方がいいだろう。

 水瀬利哉、現在中学三年生。
 根っからの年上女性好きだった。

 いや、今までただ単に好きになった相手が年上好きだというだけで、別に好みが年上という訳ではない。というのが利哉の言い訳。

 初恋は幼稚園の時の美咲先生で最近は新任の英語教師。
 因みに、英語教師とは最近まで体の付き合いを含めて付き合っていました。なんて言ったらまたこの親友に遊び人呼ばわりされるのだろう。

 遊び人、という自覚は無い。一応周りからは真面目人間だと思われているようだし。

「でも、人妻の色気って結構すごいよな」

 こう言えば要が驚く事を知っていてワザと口にする。反応が結構楽しいから。

「利哉ッ!」

 ほら、周りからはクールだと言われている島崎要が顔を紅くしている。
 いやぁ、楽しい。

「冗談冗談。おじさんに殺される」

 島崎周星、要の父親はかなりの親馬鹿で愛妻家だ。
 やり手の弁護士である彼を敵に回すほど人生捨てていない。
 親馬鹿過ぎて子供が必要以上に純粋培養されてしまったところは意義申し立てたいが。

 通い慣れた中学校への道を歩きながら目線の少し下にある要の横顔を見つめた。
 どちらかと言えば母親似の顔は時々女に間違えられると要自身憤慨している。
 昨日は一年生に女と間違えられて告白された、と怒っていた。どうやら「好きです」と男に言われ、「俺は男だ!」と叫んで帰ってきたらしい。

 学ラン着ているのに女だと間違う間抜けがいるかよ。

 そうは思ったが、口にはしなかった。この親友はモラル的で、多分同性同士の恋愛を毛嫌いするほうだ。
 昼ドラ的展開なんて言語道断だろう。
 それにプラスされて純粋培養だからどうしようもない。
 狼に連れて行かれそうになっているところを何度自分がフォローしたか。もう両手では数え切れないほどだ。

 確かに、好きな人にそっくりな自分の子供を大切に育てたくなる気持ちは解るのだけれど。

 ナギは女だったから、自己防衛するべきところはきちんと出来ていたと思う。合気道の段を持っていると聞いた時は心底口説かなくて良かったと思った。
 けれど要の場合、「はぁ?俺男だぞ?んなことあるわけねぇじゃん」で終わらせられてしまう。

 男だってなー、男抱けるんだぞー。と叫びそうだった。

 最近はバイなんていう人種も増えて来ているし。

「でさー・・・・・・ってオイ、利哉聞いてんのかよ」

 べしっと肩を叩かれ「聞いている」と返した。

 えぇと、何の話だっけ?

「何の話だ?」
「やっぱ聞いてねぇじゃん」

 むぅ、と少し不機嫌そうに眉を寄せて要はもう一度肩を叩いてくる。

「昨日、隣のクラスの女子が俺に聞いてきたんだよ。水瀬くんと島崎君って付き合ってるの?って」

 あぁ、そういえば女子ってそういう話題が好きなんだっけ。

「女の子って、好きな相手の親友にも妬くのか?面倒臭いな」

 その解釈もあながち外れてはいないが。

「・・・・・・ソレ、俺と要が恋人同士か聞いてきたんだ」
「・・・・・・はぁ?」

 余計な情報を与えてみると予想通り要は驚いた。

「何だソレ、俺たち男同士なのに?」
「女の子ってそういうの好きみたいだぞ。見た目がいいの限定で。この間、教室に落ちてたノートを拾ったら中身ソレだったし」
「・・・・・・ソレって」
「ん?俺と要のエロ小説?」

 因みに俺が攻めで要が受でしたー。なんて言っても要は意味を理解しないだろうけど。

「ななななんだよ、ソレ!!」

 要の近年で一番の驚きだったらしい。

 冷静な利哉を信じられないという目で見る。

「お前、何でそんなに平然としているんだよ、利哉!」
「やぁ、結構文章上手くて俺は熟読してしまった」
「すんな!」
「それに必要以上の反応を返したら本物だと思われるだろ」
「そ、それはそうかも知れないけど」

 こちらの完璧な言い分でも要は腑に落ちないご様子。まぁ、それはそうだろう。
 一応、利哉だってそれを読んだ時はかなり衝撃だったのだから。

「要、やっぱり男同士の恋愛はダメーなんだ?」
「え?」
「そういうのに偏見持つ方なんだろ?」

 少し真剣に言ってみる。
 利哉の真摯な目に要は戸惑いの表情になった。

 多分、律儀にきちんと答えないといけないと必死に考えているのだろう。

 弁護士の両親に育てられただけあって、嘘がつけない性分なのは親友の自分が一番知っている。

「偏見は、無いと思う」

 意外な返事。

「好きになったら、そういうの関係ないだろ」

 まさか要の口からそんな言葉を聞けるとは。
 もしや男を好きになったことがあるのか。いや、これは邪推か。

「なら、俺も心置きなく言えるな」

 にっこり笑って要の両肩に手を置いた。

「へっ?」
「好きになったらそういうの関係ないんだろ?」

 さっきお前そう言ったよな?

 確認すると要は微妙な笑みを浮かべる。

「と、とし・・・・・・や?」

 何を考えているのか手に取るようにわかるから真剣な表情で要を見つめた。
 こっちが面白がっている事に多分要は気付いていない。

「実は、俺な」
「ちょ、待て、利哉!」

 本気で慌て始める要の顔はさっきと負け無い程紅い。

「言わせてくれよ、要」
「と、としやぁー」







「実は俺、最近まで松下と付き合っていたんだ」






 瞬間、要の動きがフリーズする。


「まつした・・・・・・って英語の?若い?」
「そう。松下センセ」

 教師と付き合うのは利哉も初めてで、親友には事後報告になってしまった。
 付き合ってと言ってきたのはあっちから。まぁ、言わせたというのが正しいのかもしれないけれど。
 もう止めようと言ったのはこっちから。今年受験だから、というのが理由。
 実際面倒臭くなっていたのだけれど、これは言わぬが花。

 まぁ、好きになったら歳の差なんて。

「そりゃ、ハイレベルだったな・・・・・・」

 要のため息に苦笑してみせる。確かに彼女は男子生徒の間で人気があったから。

「だからこの間まで付き合い悪かったんだ?」
「そういうこと。ま、要のかーさんよりはレベル下がるけどな」

 顔も立場も。

 要の疑いの眼差しに否定してやった。

 口説かないと何度言えばわかってくれるんだか。
 まだ、男の要を口説いた方がリスクが少ない。
 



 例の小説を読んで少し考えてしまった事がある。




 要が女だったら、自分は彼にどんな態度を取っていただろうかと。

 答えは意外とあっさり出た。

 無理矢理にでも犯して今頃孕ませていたかも。

 因みに自分が女だったら、と考えても立場が違うだけで似たようなことをしていただろうとの結論が出た。
 無理矢理既成事実作って責任を取らせていただろう。

「・・・・・・俺たち、男同士で良かったよなぁ」

 何の脈絡も無くそう言うと不審げな目で見られた。
 どちらかと言えば助かったのは要の方なのだから同調して欲しいものだ。

「何だよ、利哉・・・・・・いきなり」
「いや?男同士じゃなかったら健全な友情育めなかっただろうなぁと思って」
「?女と男でも友情育めるだろうが」

 お前はそうでも俺は無理なんだ。

 心の中でそう否定していることに多分要は気付いていない。
 まだまだ、この純粋培養君に心の内を曝すのは無理だろう。それはそれで構わないけれど。

「あ、利哉君!」

 校内に入るとさっそくクラスの女子に呼び止められた。

「悪い、要。先行ってて」
「おぅ。じゃな」

 要を見送ってからその女子生徒と向きあう。彼女の手には、一冊のノートが。

「はい、これ。新しいの。今回はねー、ふふ、教室なの」
「教室?また変なトコでするなぁ・・・・・・俺って我慢できないタイプに見える?」
「うーん・・・・・・なんか、チャレンジャーには見えるかな」
「あ、それは当たってるかも」

 ぱらららっとノートを開いてびっしり書かれている字に内心にやりと笑う。
 中学生にしては綺麗な字。


「なぁ、本当にコレ書いたの国語の平センセなんだよな」
「うん。時々私たちにも見せてくれるのー。あ、この間はノート拾ってくれてありがとね、無くしたなんて言ったら怒られちゃってた」

 そんなことない、と表は人のいい笑顔を浮かべつつも心のウチでは悪魔の笑みだ。
 この妖しい文を書いていたのは国語の担任、平教師だったらしい。
 学校の大部分の教師の弱みを握っていたが、彼女はなかなかネタが見つからなかったのだ。

 要は気付いていないが、平の彼を見る目が妙で、そろそろ牽制しないといけないとは思っていた。
 これくらい苦労しているのだから、少しくらい要相手で遊んでもいいだろう。

「ははは。今回も相当過激だな」
「でしょー?」

 前は確か要の家でオシオキだったか。
 本当に、女性の想像力には完敗だ。

「じゃあ、コレ今日借りるな?」
「うん、今度返してね」




 その日、国語の時間に「水瀬君!何を読んでいるの?」と教師から怒号が飛んだが、利哉が平然と「ノートを読んでいました」と
青いノートを見せると「ならいいわ」と小声で返すという珍しい一コマがあった。
 要は例の如く寝ていたから知らないことだけれど。


終わり。

楽しかったです。





次回、その先生の書いた小説大公開!(嘘)

や、本気にしないで下さい。