「右のいただきっ」

 克己が止める前に手を伸ばして、右にあったココアパウダーに包まれたヤツを口に入れた。

 あ。おいしい。

 もごもご食べていると頬を軽くつねられる。

「おい、それ、俺にくれるんじゃなかったのか?」

「いいじゃん、俺が買ったんだしー」

 それに、克己は甘いモノが嫌いだと言っていた。

 振り返って克己を視界に入れて、硬直する。

 ・・・・・・あれ?

 何かが変だ。

「翔?」

 克己を見て何だか異常なほど胸がドキドキするのだ。

 あれ?あれれ?

 首を傾げてその感覚を払拭しようにも、なかなか納まらない。

「か、つみ・・・・・・」

「失礼します!!」

 切羽詰ったような声の持ち主は、今度は遠也だった。その頭にはまだアクセサリーのようにネズミがくっ付いていた。

「日向、さっきのチョコレートですが!!」

 大志の様子を見て慌てて翔の元にやってきた彼は部屋の様子を観て、というか翔の様子を観て頭が真っ白になった。

 紅い顔に妙に潤んでいる瞳。しかもその視線の先は克己だ。

「お、遅かった・・・・・・!」

 がっくりとその場にへたり込む遠也の様子に気付くことなく翔は視線を克己に注いだ。

「翔・・・・・・?」

 いきなりそんな視線を向けられるとは思わず克己も少々動揺する。

「どうしたんだろ、俺・・・・・・」

 熱い頬を比較的冷たい手でパチパチ叩いたけれど熱は納まりそうにない。

 心配げに顔を覗きこんできた克己の顔に、また動揺する。

 おかしい。何で克己を見てこんな気分になるんだろう。

 おかしいとは思うけれど、克己から目を離したくない。

 だって、






「何だか、俺、克己が、物凄く可愛く見えるんだ」





「・・・・・・は?」

 




 翔のキラキラ輝いている目は、恋をする瞳というより、どちらかと言えばペットショップでチワワを見つめる子供の瞳だった。





「どうやら、惚れ薬とはまた違った作用らしいですね・・・・・・」

 やっぱりネズミを頭にくっ付けた遠也が冷静に物事を分析する。

 効用、薬を用いてすぐに見た相手が可愛く見える。

 どうせなら普通の惚れ薬を作ればいいものを。

 まるでぬいぐるみに抱きつくように自分の背に引っ付いている翔を見て克己は思う。

「すぐに解毒剤作りますから、何もしないで下さいね」

 この薬を使わなくても翔が可愛くみえているらしい克己にしっかりと釘を刺して遠也は部屋から出て行った。

「やーぁ、もー、かわいぃ克己!」

 薬の所為だっていうのは充分解かっているつもりだが、ダメージはかなり受けるもので。

「いや、あのな・・・・・・翔」

「可愛い可愛い!マジ可愛いー」

 ぎぅぅぅ。

 しがみ付いてくる翔は可愛いのだが、矢張りその台詞は如何なものか。

「こんなに克己が可愛いなんて思わなかったよー」

 いや、実際可愛くはないですから。

 いちいち可愛いを連呼してくる彼には、正直襲い掛かる気力も無く。

 取りあえず今は遠也の解毒剤を待つしかない。

「マジ可愛い。キスしたいー」

 はぃ?

 耳元で聞こえた言葉は空耳だろうか。

「ちょ、翔・・・・・・?」

「ダメ?」

 いや、ダメも何も・・・・・・。

 期待に満ちている目は、矢張り可愛いペットを愛でる目だ。

 はぁ、と克己はため息をついた。

 何となく、普段から“可愛い”と言われることを嫌う翔の気持ちがわかった気がする。

「いいか?翔、俺は可愛く無い」

「うっそだぁ、こんなに可愛いのに」

 駄目だ、何を言っても駄目だ。

 きょとんとした翔の目のほうがずっと可愛らしいのに、そんな相手に可愛いと言われるほうが何だかとても微妙。

「なぁなぁ、克己。リボンとか、つけない?」

「つけない」

「えー。じゃあ、スカートはこうよ!」

「はかない」

「うー。じゃあ、何ならしてくれるわけ?」

 不満げに翔は眉を寄せるが、何かをしてやるつもりはまったくない。というか、何をしろと。

「何もしない」

 あっさりと言われた翔はやっぱり不満げな顔で。

「・・・・・・じゃーあ、ずっと引っ付いてても良い?」

 首をこてんと倒しながら懇願する翔には、計算しているんじゃないかと思うが多分それはない。

 それくらいなら、と頷くとすぐに彼は表情を満面の笑みに変えて克己の膝に乗って、ぎぅと力いっぱい抱きついてきた。

「な、克己、いつか二人で歩いてたら俺の方が彼氏に見られる日が来るかな?克己可愛いし!」

「絶対来ないと思う」

「あ、ひっでぇの。いいもーん。俺、頑張るから」

 くしゃりと後頭部を撫でられた感覚に、翔は目を細める。

「・・・・・・だから、ずっと親友でいてくれよな」

 意外、という単語は聞き飽きた。

 自分と克己が親友だと何で意外?

 自分が、克己に似合わないのだろうか。確かに、身長もそんなにないし、克己みたいに格好いい系の顔を持っているわけじゃない。

 どっちかと言えば、正紀とかいずるとか、背の高い友人と並んでいた方が彼の格好良さも引き立つってヤツなのだろう。

 なのに、自分みたいな女顔で背が低いヤツが隣りにいたら、女が隣りに居るみたいで克己に恋心を抱く女子は嫌、らしい。

 そんなの、知ったこっちゃ無いけど、ちょっとはそれなりに傷つくわけで。

「翔?」

 さっきまで可愛い可愛いと連発していた彼が急に黙り込んだので、克己のほうも異変を感じ取った。

「どうした?」

「いや・・・・・・。何でもないけど、俺、頑張って格好良くなるし!」

「別に、お前は今のままでも充分格好良いと思うけど」

「・・・へ?」

 可愛い、と言われたのを聞き間違えたのだろうか。思わず目を丸くすると克己は苦笑を浮かべている。

「格好良い。お前の格好良さを理解出来ないヤツとは話が合わないな」



 ・・・・・・何だかなぁ。


「マジで?俺格好良い?」

「ああ」


 凄く、嬉しいんですけど。


「えへー。克己も可愛いよ!」

「・・・・・・ソレは少し理解出来ないが」

 良い親友を選んだ自分に、拍手。

 まぁ、そんなわけで。

「なぁな、克己〜〜〜ちょっとお願いあるんだけど・・・・・・ダメ?」

 上機嫌な翔に、上目遣いでお願いされて断れる人間は滅多にいないと思う。

 気が付いたら、首を縦に振っていた。





「やっぱり我慢出来ない!!日向、甲賀、しばらくココにいさせ・・・・・・・・・」

 さっきから部屋でドタバタ奇妙な攻防戦を続けている友人二人の行動を見ていられなくなったいずるは、助けを求めて308号室にやってきた。

 しかし、扉を開けた先の光景に、口を開けたまま石になってしまう。

「あ、矢吹ー。見てくれよー。可愛いだろ?」

 翔は来客を喜んで迎えたけれど、克己は殺意のこもった目で矢吹を振り返る。

 帰れ、帰れ。そして今すぐこの光景を記憶から抹消しろ。

 そう視線で訴えてくる克己の姿は、髪にはバレンタインのラッピングに使われていただろう赤や緑色のリボンをつけられ、首にもリボンをかけられていた。

「可愛いー。これでスカートとかあったらもっと良いんだけどなぁー。なぁ、矢吹、そう思わないか?」

 話をふられたいずるは石像状態から我に返り、ガタガタと体を震わせた。

「ココもかー!!」

 そんな事を彼は叫び、半泣きで部屋から飛び出していった。

 ココもって、もしかして正紀達も同じ状況なのだろうか。

 もうどうにでもなれとすべてを諦めた克己は翔の言いなり状態。

 薬の効き目が切れた翔にその姿を見られ、爆笑されるまで後26分。

 腹を抱えて部屋を転げ回る翔を見て、本気で犯してやろうと思ったとか、思わなかったとか。





終わり。









親友endです。