「あー。おいしそう」
ショーウィンドウに並べられた綺麗にラッピングされた数々のチョコレートに翔は思わず足を止める。
今日はなけなしのマイマネーを集めて街、と言っても軍の敷地内だけれど遊びにはもってこいな場所に来た。
ゲーセンやカラオケ屋等々若者が好みそうな店が立ち並んでいると、自分の地元の繁華街に来たような気分になる。
その間間に、アーミーグッズを売っている店が無ければ、の話だけれど。
硝子に両手を当ててしげしげと向こう側にある色々な形のチョコレートを眺めていると、買い物に付き合ってくれていた克己も一緒に覗き込む。
「お前、好きなのか?」
低い声で問われ、チョコレートから視線を離さず翔は頷いた。
「うん、すきー。生チョコとか手の込んだケーキとかも好きだけど、こういう可愛い形のチョコもいいよな」
小さなティティベアのチョコレートを指差しながら克己に視線を移そうとしたら、ウィンドウの向こうにいる店員のお姉さんと目があって、笑われた。
彼女の微笑ましいものを見るような笑みに何だか恥ずかしくなり、差していた指を慌てて自分の手の中に握り隠した。
「もうすぐバレンタインだからな」
ふう、と疲れたようなため息を吐く克己の言葉に翔は逡巡する。
バレンタイン、と口の中で繰り返してようやく思い出す。
「あぁ、チョコの日!」
「お前、その考え方いつか女に刺されるぞ」
本来はチョコの日ではなく、女性が男性に愛の告白をする日。まぁ、そんな固定をされているのはこの国だけらしいが。
「入るか?」
あまりにも翔が物欲しそうにチョコレートを眺めているから、克己は黒い手袋をつけた手で店の中を指す。
「いいのか?」
克己にとっては暇な時間になってしまうのではないかと思いながら首を傾げるが、彼が頷いてくれたからまぁいいか。
「いらっしゃいませ」
外国風に作られている木の扉を開けるとからんと上につけられている鐘が鳴った。
暖房の暖かさが冷えた頬を撫で、さっき笑っていたお姉さんが柔らかい声で迎えてくれる。
店内には何人か客が居て、それぞれ好みのお菓子を選んでいた。奥のほうにいくつかテーブルと椅子が並べられているのを見ると、ここでお茶も飲めるのだろう。ケーキが並べられている棚の上には飲み物の値段表がかけられていた。
それとは別にバレンタインのチョコレートのコーナーも出来ていて、そこでは女の子が何人か真剣な顔で商品を選んでいる。必死な顔が可愛いというか、何と言うか。
「何か食べるか?」
「え?」
少し眺めたらすぐに店を出るつもりだった翔に克己が意外なことを言ってきた。
「寒いから少し休んでから帰ったほうが良い。ここは俺が出す」
そう言いながら克己は手袋を外してコートのポケットに入っていた財布を取り出していた。もうここでの小休止は決定のようだ。
「いいって。悪いし」
克己の財布の中身は知らないけれど、同じ階級なのだからそんなに入っていないはず。
慌てて首を横に振ると片頬に暖かいものが触れた。
「冷えてる」
何かと思えば克己の手で。
ふっと笑う彼の表情を見て顔が熱くなった。
「ば・・・・・・っナチュラルに恥ずかしい事してんじゃ」
「コーヒーとミルクティー。それとそこのフォンデンショコラ1つ」
「しかもオーダー済ませるな!」
慌てて克己の腕を掴んだけれど、「1034円になります」という店員の女性の声に負けてしまった。
彼女は手馴れた手付きで注文された物を1つのトレイに置いて笑顔で克己に差し出した。彼はそれを受け取り、「行くぞ」と一言だけ告げてさっさとテーブルの方に行ってしまう。
慌ててその後を追うと後ろの方から「仲良いカップルねー。男の人の方凄くカッコいいし」という店員の女性同士の内緒話が聞こえてきた。
・・・・・・なんと言うか、複雑。
「何だ?好きじゃなかったか?」
大人しく椅子に座ってオーダーしてもらったミルクティーを啜りながらコーヒーを飲む克己をじぃっと見つめた。それを彼は何か勘違いしたらしく、翔は慌てて首を横に振る。
ミルクティーは美味しい。飲むとほわっとした葉の香りと適度な甘さと暖かさが冷えた体を温めてくれる。まだ手をつけていないけど、目の前に置かれたケーキも美味しいはず。わざわざ生クリームとベリーでトッピングしてくれたんだ、見栄えもいい。
「好きだけどさ・・・・・・」
そう答えると「なら良い」と言う様に克己はコーヒーカップに口をつけていた。
いちいち仕草が格好いいっていうのは有る意味反則だ。
「さっき、店のお姉さんが俺達がカップルだって言ってたんだ・・・・・・」
両手でミルクティーの入ったちょっと大き目のカップを握りながら小声で気になっていたことを言う。
克己はちらりと少し不機嫌な翔の様子を見て、口を開く。
「・・・・・・まあ、仕方ないだろう。お前が女顔なんだし」
「俺の所為かよ」
「まぁ、大体はな」
本来、自分と彼の間柄の名称は恋人ではなく親友。学校に居ればそうそう間違われる事は無いのだが、私服で居る休日に街に出ると結構間違えられる。まぁ、それを逆手にとってカップル割引で映画を観たりしていることは秘密なのだけれど。
「・・・・・・克己が、格好良くて優しいのも悪いんだ」
「・・・・・・はぁ?」
褒められているのか注意されているのかわからない翔の一言に、流石の克己もその真意が読み取れなかったらしい。普段あまり変化が無いといわれる顔を少し驚きに変えている。
さっきから、店に居る女性の視線が克己に集まりっぱなしだった。それに、自分に羨望と嫉妬の視線が突き刺さっている。正直、居心地はあまり良くない。
克己が格好いいと思う気持ちは良く解かる。さっきコートを脱いだのか、黒いセーター姿になっている彼はどこかのファッション雑誌を切り抜いてそこに貼り付けたようで。
「だから、克己が格好良くて優しいのが問題なんだってば。さっきみたいにお金出してくれたり好みのオーダー出来たり、トレイを持って席まで誘導したり、まんま、女の子気遣う紳士じゃないか」
克己がそんな態度を取れば、翔が女の子であるという事を後押ししている。
確かにそれは最もかもしれない。
的確な指摘に克己も納得したけれど、多分直せといわれても無理だろう。
「なるほどな。でもだからってどうしろって言うんだ、俺に」
「・・・・・・うー・・・どうしろって、なぁ・・・・・・」
「俺はこれが普通だ。お前に対しては」
お前に対して、と限定された言い方にはちょっと嬉しくなった。
それは彼に有る程度特別視されている証拠だから。
「それとも、こんな俺は嫌いかな?」
人の悪い笑顔を浮かべながら克己は顔を覗きこんでくる。
答えがわかっているのに聞いてくるのは卑怯だ。
「・・・・・・嫌いじゃ、ないです」
何だかとても悔しいけれど、渋々答えてやった。
勝ち誇る克己の笑顔に敗北感。
「早く喰え」
まだ手をつけていなかったケーキの皿をつつかれ、翔は慌ててフォークに手を伸ばす。
「あ、おいしい」
一口食べて甘すぎないスポンジに思わず感想を口にしてしまう。目をちょっと上げると微笑ましいものを観る克己の目と合った。
「克己も食べる?」
首を傾げて聞くと少し困ったような顔をされた。
「俺はいい。甘いのはあまり好きじゃない」
「そんなに甘くないって。あ、中に入ってるチョコは少し甘いかもしれないけど、それが無きゃ大丈夫だって」
ホラ、と一口大に切ったスポンジだけフォークで刺して克己の前に出してやるとやっぱり困ったような顔をされた。
それでもしつこくそのままでいると、観念したように克己が口を開いて、食べる。
「なぁ、どうよ、結構いけるだろ?」
「ああ・・・・・・これくらいなら大丈夫だけど、翔」
「何?」
こういうことをお前もするからカップルに間違われるんだ、なんて言ったら今不思議そうに自分を見つめている彼が自己嫌悪に陥るのがわかっていたから、それは克己の心に留めておくことにした。
「・・・・・・残りはお前が全部喰え」
「ん!じゃあ、遠慮なく〜〜」
意外と美味しかったのが翔の機嫌を浮上させたらしく、残りはすべて彼の胃に納まった。
「この借りはいつか必ず返すから」
からんからん、と来た時と同じ鐘の音に見送られながら翔は固い決意を口にする。
「別にそれほどのことでも無いだろう・・・・・・」
「それほどの事だろ。貴重なお金を使わせたし」
「貴重と言われてもな・・・・・・」
ちらりと見た翔の姿は、コートはかろうじて着ているものの、手袋やマフラー類は身につけていない、寒々しい格好で。
実家に忘れてきたと言って、そのうち学校から指定のものを支給されるのを彼はひたすら待っている。
今日、服屋に行かなかったってことは買う気がないのか、コイツは。
ため息がつきたくなるほど寒い姿だったから、あのケーキ屋で暖を取ったのだ。こちらの気遣いを察してくれればいいものを、翔はまったく気がついていない様子。
「・・・・・・翔、もう一件付き合え」
「え?いいけど?どこ行くんだ?」
「服屋」
その後、街のあるブランド店で言い合いをする美形のカップルがいたとか居なかったとか。
終わり。
バレンタイン前話。