若干バレンタインデーの時の話を引きずっているのでそれを読んでからどうぞ。
でも、隠しページでした……(><;)
バレンタイン企画へ
春の日差しは眠気を誘うくらいに心地よい暖かさだ。
和泉は今日も一人木の上でうつらうつらしていた。この木の枝は密かにお気に入りだった。自分が寝転がると丁度良いところに木の枝があり、しっかりと自分の体を支えてくれる。自分の身長に合わされたような木の枝の配置にそのまま寝てしまいそうだ。
その時だ。木の下から奇妙な会話が聞こえてきたのは。
「ん……辻くん」
「圭……」
どことなく甘い空気を孕んだ声に、和泉は眉間を寄せる。こうして木の上で休んでいると、下からカップルの睦み合いが聞こえてくることがしばしばあった。学年が上になると、木の上に人がいる気配を感じてそんな馬鹿なことはしないのだが、未だ人の気配を察せない一年生はこうして和泉の下で過ちを犯す。
覗き趣味はない。ただ、安眠したいだけだ。
無視してこのまま寝入るか、それとも馬に蹴られる覚悟で声をかけるか、両方面倒だと思いつつ算段しているところで、恋人の会話が聞こえてきた。
「もうすぐ、ホワイトデーだな。三倍返し、どうしようか。圭、何か欲しい物あるか?」
「え、えぇ?そ、そんな気を使ってくれなくていいよ……!」
ホワイトデー、直訳すると白い日。
聞き覚えのない行事に目蓋を上げ、視線を下へ向けると、いちゃいちゃしているカップルが木の幹に寄りかかっていた。正直、見なきゃ良かった。
再び彼らから視線を外し、目を閉じようとしたその時
「そうもいかないだろ。圭にはバレンタインの時に高いの貰ったからな……」
バレンタイン。
聞き覚えのある行事に再び目蓋を上げる。と、同時に白い髪の彼を思い出した。バレンタインは恋人の日だと嬉しげに語り、自分に会いに来てくれた彼を。
あの日に関連した行事だとは分かるが、詳しい事は解からない。
「あ……ぼ、僕、次の授業の当番なんだ。先に戻るねっ」
一人がわたわたとどこかへ去っていくのを和泉も木の上から見送り、恋人を見送った男の背後に顔を出した。
「おい」
「っわ!!」
まさか誰かいるとは思っていなかった辻は驚きの声を上げ、後ろを振り返る。そこには、木の葉の間から顔を覗かせている和泉がいた。
「い、和泉……?お、お前いつから……」
「何だ、お前俺を知っているのか?」
「おい、クラスメイトだろ」
「そんな事はどうでも良い。今の話は何だ」
「い、今の話……?」
辻は内心ハラハラしていた。彼の恋人、田中圭吾と付き合っていることはまだクラスの友人達には知られていない。その事を言及されているのかと思った。が
「白い日、とは何をする日だ?」
「は?」
木の上から下りた和泉が至極真剣に問うて来たのは、辻も一瞬理解出来ない事だったが、すぐに何の事か察した。ホワイトデーのことか。
よくよく考えてみれば、自分と圭吾が付き合っていることなど、和泉にとってはどうでも良い事だろう。辻がクラスメイトだということすら認知していなかったのだ、そんな彼がクラスメイトの恋愛関係などに興味を示すわけがない。ちょっとは興味を示して欲しいところだが。
じ、と自分を見上げてくる和泉に、自分が彼より多少身長が高いことを初めて知らされた。普段は彼の方があらゆる面で秀でているし、近寄りがたい存在だったから、何となくイメージで彼の方が自分より身長が高いと思っていた。よくよく見れば、顔も小さいしそれなりに容姿も整っているのだと気付く。
「おい?」
「あ、ホワイトデーだな?」
返答を急かされ、慌てて辻は両手を挙げて何となく降参のポーズを取る。
「ホワイトデーってのは、バレンタインの時にチョコを貰った相手にそのお返しをする日だ。3倍返しが基本らしいが、律儀にそんな事をする人間は少ないだろうな」
「お返しとは、具体的に何をする?」
「クッキーとか飴とかマシュマロとか……そういうお菓子を返す場合もあるし、それは人それぞれなんじゃないか?」
「……そうか」
和泉は彼の説明に納得し、考え込む。
まさかと思うが、彼はまたここに来るのではないだろうか。そんな予感に、背筋が寒くなる。余計な知識を彼に与える人間がいなければ……いや、彼は本の虫だ。そういう知識は自ら見つけてくる人間だ。
「和泉、なんだ、お前好きな相手がい……」
辻が問う前に、和泉は彼の前から姿を消していた。
「狼司!」
バンッと風紀委員会室の窓を蹴り開け、中に転がるようにして入った和泉に狼司はただただ唖然とした。突然の風に書類が舞ったのにも気を回せないほどには驚いた。
「……しゅ、秀穂……?」
自分の傍らにいた黒豹も驚きの登場にただ顔を上げ、目を瞬かせている。そんな一人と一匹の前に和泉は立ち、
「お前、俺に隠していることは無いか?」
バレンタインの時に蒼龍潜入の手引きをしたのはこの狼司だと聞いている。次のホワイトデーの時にまた彼がやってくるとしたら、狼司がまた一枚噛むに決まっている。そう予測して、狼司を問い詰めたが、当の本人は何を言われているのか解からないというような表情だ。
「な、何もないぞ……?」
「本当か?」
「ああ、本当だ」
じぃっと狼司の黒い瞳を覗き込んでも、それが揺るがないのを認め、和泉はようやくほっと息を吐く。
「なら、いい。邪魔したな」
「いまだ、行け!風!」
後ろを振り返りかけたところで、狼司のそんな声が聞こえハッと身構えたが遅かった。視線を戻したところには、風時雨の黒い顔があり、抵抗する間もなく脳が振動した。ロボットである風時雨が、和泉に頭突きをしたのだ。
狼司の言葉を信用した自分が馬鹿だった。薄れゆく意識の中、和泉は一つ学習していた。
覚醒し、まず初めに感じたのは額の酷い痛みだった。そこを撫でようとしたが、身動きが取れない。
何だ?
自分の状況を確認しようと目を開けても、閉じたままと同じくらい真っ暗だ。
狼司の野郎、次会った時は殴る。
暗闇の中、募るのは一瞬信用してしまった相手の裏切りへの怒りだ。殴る程度ではこの怒りは収まらない。では何をしてやろうかと、復讐の内容を考え始めた時、目を白い光りが刺す。どうやら自分は箱のようなものに閉じ込められていたのだとその時察した。窒息したらどうする!
箱を開けようとしている人間は間違いなく狼司だろう。彼が開けるまで、待てなかった。両手を使い、力いっぱい蓋らしきものを押し上げると、白い光の世界に迎えられた。
「狼司!貴様一体どういうつもりだ!こんな……」
ごととん。
背後で重い蓋が落ちた鈍い音が虚しく響いたが、その音は秀穂にも、目の前にいた相手にもきっと届いていなかっただろう。
秀穂が狼司と思って食って掛かった相手は
「……蒼、さま?」
「……秀穂?」
彼も相当驚いたようで、瞬きもせず箱から顔を出した秀穂を凝視した。クッション剤代わりに入れられていた白い鳥の羽が、蓋を押し上げた反動で舞い上がり、それがふわふわとただただこの状況に驚く秀穂の周りを漂い落ちる。
先に我に帰ったのは秀穂だった。
「な、何で蒼様が……ここは一体どこで」
「俺の部屋だ……」
慌ててきょろきょろと周りを見回すと、蒼龍の言うとおり見覚えのある蒼龍の自室だった。今秀穂が住んでいる軍学校の寮の個室の数倍はあるだろう広さにただただ唖然とするしかない。
「こ、ここ……宮?は?何で……!?」
自分の姿を確認すれば、御丁寧に宮服に着替えさせられている上に、髪も切ったはずなのに背に流れる長い髪があった。これはカツラだろうが、芸が細かすぎる。
「……お前は、狼司から届けられた。品名は吃驚箱と書いてあったから、何の事かと思ったが……」
まだ茫然としている蒼龍の説明に頭痛を感じた。確かに、風時雨から頭突きを受けたのだから痛んで当然なのだが。
「冗談が過ぎる……!学校も脱走は重罪で、宮も無許可の侵入は大罪!ああ、もう……嵩森様に事情を話して早く」
焦燥感にかられるままに、秀穂は立ち上がり箱から出ようとした。早く学校に戻らないと、きっと大変な事になってしまう。これは正直に狼司の悪戯をそれなりの地位がある嵩森に告げ、こっそり戻してもらうように頼まなくては。なるべく早いうちに。
「待て、秀穂!」
しかしその行動は秀穂の足首を掴んだ蒼龍に阻まれ、痛む額を床に打ち付けることになってしまう。ゴンッという鈍い音を聞くのは本日二回目だった。
「……蒼さま」
木の床に打ち付けた額が地味に痛い。
「あ……すまない秀穂、大丈夫か?」
恨めしげな声を聞いて蒼龍は慌てて秀穂の足から手を離す。
「いえ、大丈夫です」
少し泣きたくなったのを堪え、秀穂はその場に座った。取り合えず、待てと命令されたのだから、待つ。
その秀穂の態度に蒼龍はほっと息を吐き、紅くなった彼の額をそっと撫でた。
「明日の夕、迎えの者が来るらしい。だからここで大人しく待っていろ。その間、学校のほうは狼に任せれば良い」
「しかし、」
「私もその間この部屋から出ない。ここで仕事をしよう。手伝ってくれるな?秀」
「それは構いませんが……私がここにいる事を誰かに知られたら」
「なるべく人払いはするように努める。誰か来ても隠れられる場所は、お前が一番知っているはずだ」
「……それは、そうですが」
ここ数年、彼と共に過ごしていた時間が一番多いのは自分だ。彼の部屋の死角は敵を排除する意味でも自分が彼の護衛のために隠れる意味でも熟知している。
「頼む、秀穂。折角来たんだ、帰るな」
蒼龍の頼み事には昔から弱い。それを知っていて彼はこう言っているのだから性質が悪い。思わず黙り込んでしまった秀穂は、嫌だとは言えなかった。
「そうだな、まずはお前の詩が聴きたい。それと踊りも、笛も。18時間あるが、一分も無駄にしたくない」
「18時間……?」
その数字に秀穂はきょとんとした顔を見せた。何だろう、何かが引っ掛かる。18という数が。
18という数字は色々なところに使われている。十八界や十八願という仏教用語や、武芸十八般などがまず浮かんだが、それが正解では無いだろう。
18は2の倍数でもある。それと3と、と公倍数を並べようとしたところで正解を見つけた。3×6は18。6、というのはバレンタインの時に蒼龍が自分と共にいた時間だ。彼が自分と共にいた時間は6時間。今回いられる時間は、その3倍だ。
つまりは、三倍返し。
相変わらず変なところで芸が細かい、と秀穂は狼司の何も考えていなさそうだった顔を思い出し、ため息を吐いた。
それをどう解釈したのか、蒼龍の表情がどことなく暗くなる。
「蒼さま?」
「……いや、俺はどうもお前に迷惑をかけてしまうな、と……今日も恐らくは俺がお前に会いたがっているのを周りが察して……お前は無理矢理つれてこられたのだろう?」
気絶の要因となった赤く腫れている秀穂の額を蒼龍は軽く擦り、すまなそうに、そして淋しげに笑む。そういえば、バレンタインの時も秀穂は少し迷惑気だったと今更ながら思い出していた。
「今すぐに戻れるように手配しよう。少し待て」
「いいえ、違います」
部屋から出て行こうとする蒼龍を秀穂は慌てて止めた。何だか狼司の思い通りに事が進んでいるようで悔しいが、咄嗟に掴んだ蒼龍の手を離そうとは思わなかった。
「……これは、俺の意志です」
「秀の?」
「今日は白い日……だと聞いたので貴方を思い出した」
「……白い日?ああ……」
どことなく気恥ずかしそうに顔を逸らした秀穂の言葉に蒼龍はすぐに彼が言いたい事を察した。ああ、ホワイトデーか、と。書物で読んだ事があるが、今日がその日だとは多忙すぎて気付けなかった。だが、秀穂はそれを知り、自分の元に来る事を望んでくれた。自分に会いたいと思ってくれた。
それだけで、充分だと、目の前の自分より幾分華奢な体を抱き締める。
背に回した手には慣れた綿の感触と、この間は無かった長い髪が甲に触れる。懐かしい感触だった。
「……矢張り、お前は洋装より和装の方が似合うな」
「俺も、こっちの方が楽です。洋服は、少し窮屈で。ネクタイとかは特に」
「うん、脱がせやすさもやはり和装が一番だ」
「蒼さま」
少し咎めるように名を呼ばれ、流石にそれは駄目かと蒼龍は苦笑したが、
「……三倍、は流石に無理ですが」
耳まで赤くした秀穂の許しに、その苦笑は満面の笑みに早変わりした。
恋人の行事となっていたホワイトデー、辻は圭吾に少し高めのクッキーをプレゼントした。それはどうせ自分も一緒に食べることになるだろうと考えてのプレゼントだったが、思った以上に2人でのんびりした一日を過ごせた。
そんな昨日の事を思い出しながら寮の裏庭を歩いていると、その幹に見覚えのある人物が腰掛けている。
「和泉」
声を掛けると彼はかったるそうにこちらを振り向き、辻を見つけるとすぐに顔を逸らした。
「今日は木の上にはいないんだな」
クラスメイトだし、これくらいの会話は許されるだろうと思い、そう声をかけたが、彼は矢張り無言だ。
もしかして、自分は彼に嫌われているのか?と思うが、彼は誰にでもこんな態度だ。別に自分は嫌われているわけではない、はずだ。
彼の隣りに座り、ぼんやり空を見上げると見事な快晴で、それだけで心が和む。
「良い天気だな、和泉」
しかし、やはり返事はない。次第に沈黙が苦痛になってくる。自分も余り話さない方だが、次から自分からも何か会話を振るようにしようと今学習した。
そんな時だ。
「あ、いた!和泉―」
向こうから走ってくるのはクラスメイトの日向翔だ。彼は手を振ってこっちまで走ってくる。和泉の隣りに辻がいる事に一度首を傾げたが、すぐに手に持ってた紙袋を和泉の前に突き出した。それには彼も面倒臭そうに顔を上げる。
「………何だ」
辻の時は声も出さなかったのだが。
「薬とか、飯とかだ。具合悪いなら大人しく部屋で寝ておけって。授業の方はどうせあと学科しかないし、御巫センセには俺から適当に言っておくから」
翔はテキパキと和泉に指示をし、それには彼の方も鈍い動きで立ち上がり、差し出された紙袋を手に歩き出す。
「ちゃんと飯喰えよー」
そんな背中に日向はさらに念を押して見送る。辻は思わず、和泉と親しげにしている翔を見つめていた。一通り見送り終えた翔は、何か言いたげな辻を振り返り、「何だ?」と首を傾げる。
「……日向、和泉と仲良いのか」
「別に、そこまで良くねーけど」
「………なんか、良いな」
「んん?」
何故かうらやましがられた事に翔は再び首を傾げ、後には辻のため息が残された。
終
何か、思わず書いてしまったわけですがこの2人ってどれくらい需要ありますかね……?本当にもうちょっと!もうちょっと!ラブラブさせたいのに……。 私は結構好きですけど!(笑)王室萌仲間募集中です(何 いやでも賛同してくれる人が多いなら私本気もう迷わない。 なんかもうちょっと何のしがらみもなくラブラブさせたい2人ではあります。でも過去に色々あったらしいので難しいかなぁ……。 |