「これも訓練の一種だからなー」

どこら辺が、ですか?

教官の一言は絶対だけれど、今だけは絶対に皆同じ突っ込みを心の中でしていたと思う。



戦闘技術という授業で渡されたのは二人に一つの手錠。
「この手錠は科学科の最新技術で作られた硫酸にも溶けなく銃でも壊せない材質で出来ている。つまり、お前たちがどんな手段
を使おうともこの手錠は壊せない」
担当教官の話を背筋を伸ばして聞いていたが、その視線は皆机の上にある手錠に向かっている。
珍しいのだろう。今までドラマかそこら辺でしか観たことの無いものだ。
「これから数日間、寮の部屋の二人でペアとなり、二人に手錠をつけて生活をしてもらう。南は適当にペアを組め」
けれど、その活用法に教室の空気がピシリと固まった。
「戦闘中は常に仲間との密接な連携が必要となる。相手が何を思い、どう行動するかそれを常に把握出来ていないといけない」
教官に言われるとそうなのか、と納得しそうになるが何だか腑に落ちないものも。
でも、腑に落ちないものがあってもなくても彼の言葉は絶対なわけで。
「必要な時以外は外すな。外した時も10分以内に再びロックしなかった場合、搭載されているセンサーが俺のパソコンに連絡してくる
からな。それでマイナス点をつける」
教官が話をしている時にその手錠を手にとってみると、思っていたより軽かった。
「・・・・・・どうする?」
取り合えずペアの相手はルームメイトと指定されたから、克己だ。この身長差だと少しキツイものがある気がするが、何とかなるだろう。
どうするも何も、手錠をつけるしかないのだが。
「お前、利き手は?」
克己の質問に「右」と答えると彼は黙って自分の右手に手錠をかける。そうすると、翔は左手に手錠をつけることになるのだけれど・・・・・・。
「克己、左利きだっけ?」
記憶では克己は右手で字を書いたり銃を持っていたりしていた気がするのだけれど。
「俺は両利きだ」
成程、流石オールマイティ。
「期限は3日間。せいぜい仲良くな」
軽い調子で言ってくれる教官が少し憎かった。




「あぁー・・・・・・なーんでこんなことになるかな」
食堂で頬杖をついてぶつぶつと不満を漏らす正紀の右手と、その隣りに座るしかないいずるの左手は手錠でつながれていた。
「授業の一環何だから仕方ないだろ。3日我慢すればそれで済む」
いずるの方はすでに諦めているようで、のんびり食後のコーヒーを啜りながら親友を諭している。
彼に言われなくとも解かるけれど、愚痴を零したい心境だった。
ついでに、夕食のAセットについてきた紅茶に砂糖を入れたいところだが、片手を手錠で繋がれている為、テーブルの端に置かれている
スティックシュガーに手が届かなくて少しイライラしていた。が
「いずる」
「ああ」
呼んだだけでいずるが自分が欲しがっていた砂糖をあっさりとってくれた。それには少し驚いたけれど
「正紀」
「あぁ」
いずるに呼ばれた時に彼がコーヒーに入れるミルクを欲しがっていると察して、手元にあったそれを彼に渡してみたらビンゴ。
・・・・・・意外といけるかもしれない。
そう思ったのは正紀だけではなく、いずるの方も苦笑していた。
「俺たちはまだマシな方だ。昔からの馴染みだから変な緊張をしなくていい」
「変な緊張?」
男女のペアだったらまだしも、何故男同士で緊張なんか。
けれどいずるは伏せていた目を少し上げて、その一例を指した。
「う、うわわわわ、ご、ごめん遠也っ、手ぇ触った!!」
「・・・・・・手錠で繋がれているんだから仕方ないだろ」
「ごめん、マジごめん!」
ガシャーン。
右斜め向かいに座っている大志が、どうやら水を飲もうとして手を動かして、手錠でつながっていた遠也の手に触れたらしい。それをひたすら
謝って、慌てて、しまいには取ろうとしていたコップを床に落としていた。
何だかもう、眼も当てられない。
「アレ、3日間持つのかね・・・・・・」
普段はあまり遠也と仲良くないが、大志の慌てっぷりには流石に同情する。
他にもさっそく喧嘩をしているペアが食堂にあちこち見受けられるから、幼馴染という関係の自分達は多分このペアでラッキーだったのだろう。
「いずる、俺は佐木が2日でブチ切れるに千円」
「なら俺はブチ切れて三宅がひたすら謝り倒して3日間持つのに二千円」
すでに阿吽の呼吸を会得していた正紀といずるのペアはこのイベントの傍観者となっていた。
それと、もう一つ気になるペアは
「何か、意外と支障ないもんだな」
思っていたより不便じゃない生活にほっとしている翔と、彼の言葉に無言で同意している克己。
すでに二人とも食事を終えているあたり、本当に支障がなかったようだ。
「へぇー。お前ら、付き合いあんまり長くないのに凄いな」
まだ遠也に平謝りをしている大志の姿をちらりと見てから正紀は身を乗り出した。彼らと同じくらいの時間の付き合いなのに、この差は一体何
なんだろう。
「克己、元々何でも出来るヤツだからな。すぐに臨機応変に動いてくれるんだ」
「お前もそれなりに応用力があるしな」
お互いを褒めているけれど、そういう問題なのだろうかと邪推してしまう。
「付き合いが長くなくても深い付き合い方をしていれば・・・・・・」
隣りのいずるがボソリと呟いた台詞には目の前の彼らに気付かれない程度に頷いた。
「甲賀さーん!!」
そして、絶対来るとどこかで予想していたけれど、それが的中して欲しくなかった声がこちらに向かってくる。
「甲賀さん甲賀さん!!」
声の主が体当たりをする勢いで克己にどーんと飛びつき、彼のペアが更にスピードに耐え切れずぶつかってきた。
いつもの倍になった衝撃に流石の克己も堪えきれず、床に倒れそうになったところを更に手錠で繋がれている翔が巻き込まれる。
ガターンと激しい音をたてて椅子が二つ倒れ、4人が床の上に積み重なっていた。
二次、三次災害となった悲惨な情景を目の当たりにしてしまった正紀といずるは助けようとする前に茫然としてしまう。
何かもう、助けるとか依然に他人の振りをしたい感じ。
「だ、大丈夫か、日向・・・・・・」
取り合えず正紀が一番の被害者の心配をし、いずるとほぼ同時に立ち上がる。細かいところまでシンクロ率が高い。
「いってぇ・・・・・・」
一応翔も受身を取ろうとしたけれど、片手が克己と手錠でつながっていた事を忘れていた。おかげで満足に受身を取ることが出来ず、むしろ中途
半端な形になってしまったので床に思い切り打ちつけた左肩が痛い。
「本上、お前なぁ!」
身を起こしながら翔は何も考えず飛びついてきた本上を振り返ったが、彼のペアの顔を見て硬直してしまう。
その、顔はまぁ平凡なレベルだけれど、一度見たら色んな意味で忘れられなくなる顔は
「ななななな中村ぁっ!?」
本上の手錠と繋がっていたのは、あの中村だった。
「あぁ、日向、久し振りぃ〜〜」
彼も身を起こしながら笑顔で片手を振ってくるけど、その腕にはしっかりとシーサーだかハーサーだかが巻きついている。
彼の愛蛇が。しかもどれも毒を持っている種類だから始末が悪い。
「何で僕がこんなヤツとペアなんだ!僕だって甲賀さんとめくるめく3日間を過ごしたかったのに〜〜!」
克己に抱きついたまま本上は本気で嘆いていた。相手が中村なら当然か。
何だか流石に今は本上に同情する。
相性以前に、蛇に噛まれて人生が終わりそうだ。
「別にめくるめくことは無いよ、俺達・・・・・・」
だからちょっとフォローをしてみたけれど。
「めくるめくったら撃つよ、日向」
物凄い目で睨まれた。フォローだったのに理不尽だ。
「じゃあ、折角だから本上、ハーサーとめくるめく日々を送ろうよ」
中村も多分彼を励ますフォローのつもりだったのだろうが、翔以上にフォローになっていなかった。むしろ、どん底に突き落としている。
腕に巻きついていた蛇を目の前に突き出された本上は顔を蒼白にしていた。
「近寄るな、この爬虫類!!」
「近寄るなって言われても手錠があるからなぁ・・・・・・」
「甲賀さんのためにとっておいた僕の処女が蛇に奪われる!!」
錯乱状態の本上に何を言ってやればいいのか、というかどこから突っ込みを入れるべきなのか解からなかった。
翔も早く中村の側から離れたかったが、本上が克己にすがり、その本上と中村が手錠で繋がっている為逃げようが無い。
「あ、そういえば甲賀〜〜」
本上がパニックに陥っている理由が自分だと気がついていないらしい中村はのんびりとしている。
「話を俺に振ってくるな」
そんな彼を克己は心底嫌そうな眼を向けているが、中村はまったく気にしない。ある意味大物だ。
愛しいペットの頭を指先で撫でながら、彼は満面の笑みを浮かべて
「ウチのクーサーが君に一目惚れしたらしくってさ、君の卵が生みたいって」
クーサーって誰だー!!
今まで聞いたことの無い名前に中村以外の全員心の中でそう叫んだ。
どうやら新しいペットを飼い始めたらしい。どうせ蛇だろうけど。
「なぁ、頼むよ甲賀」
「お前・・・・・・俺が蛇を孕ませられると思っているのか」
「大丈夫、オールマイティの君なら出来る!」
ぐっと親指を突き立ててくれるが、なにやら彼は色々勘違いしている気がする。
「いざとなったら天才と名高い佐木くんにも協力をしてもらって」
「さり気無く俺を巻き込まないで下さい」
他人を装っていた遠也は中村に指名をされて即座に拒否。心底関わりたくなかったらしい。その気持ちは解かるからこっちを向かずに
拒否をした彼を咎める事は出来なかった。
「なぁ、甲賀頼むよ〜〜この通り!」
しかも中村は土下座までして頼んでくるし。
「取り合えず小学校の理科からやり直して来い」
まだ食い下がってくる中村に克己は最もなアドバイスをしていた。
「僕だって蛇なんかとじゃなくて甲賀さんとお風呂に入りたいー!」
本上はまだ嘆いているし。
一日目でこんなに収拾がつかなくてどうする。
「いずる、もう帰ろうぜ。とっとと風呂入ってとっとと寝るぞ」
「・・・・・・だな」
取り合えず、見なかったことにしてしまえ。
教官の言っていた密接な連携をすでに会得している正紀達は、目の前の惨状に関わらないことにした。
そのうち克己辺りが何とかするだろうし。いや、見かねた遠也かもしれないが。
「まぁ甲賀、蛇を孕ませたらきっと軍から勲章貰えるだろうし」
「要らないフォローするならさっさと帰れ」
いずるの余計な一言に克己は舌打ちをして犬を追い払うような仕草をしてくれる。
勿論、彼の言葉には甘えさせてもらうつもりだ。
「間違っても日向を孕ませないようにな、この3日間で」
耐えろよ。
意地悪い笑みで正紀が要らない注意をすると予想通り克己は眉を上げ、本上が眼を剥いた。
「へ?俺?」
意味をよく飲み込めていない翔が首を傾げたのが合図となり。
「甲賀さん!!そんなの無いよ、こんな色気の無いヤツじゃなくて僕を、僕を!!」
「日向もそれなりに可愛いけど、色気だったらクーサーだって負けてないよ!!」
泣き喚く本上と、蛇を片手に勧めてくる中村。
帰るなら事態を悪化させないで欲しい。
恨みがましい眼で翔が正紀を見ると、彼もまさかここまで酷くなると思わなかったらしく片手を上げて謝ってきた。その隣りでは
いずるが呆れたようなため息をついている。
本当に、どうしてくれるんだ、この状況。
翔が逃げ出したくなったその時
「誰が、誰を孕ませるって・・・・・・?」
氷より冷たいその声に凍ったのはきっと正紀達だけじゃないはず。
克己だけは予想済みだったらしく、疲れたような表情になっていた。
「さ、佐木・・・・・・いや、その冗談で・・・・・・」
遠也が話しに加わっていなかったから彼が近くにいることを忘れていた。
発言者の正紀が慌てて撤回しようとしたが、もう聞く耳を持たないらしく、わたわたと慌てる正紀なんて視界にも入れていなかった。
遠也の絶対零度の氷の視線は克己に向けられる。
「3日間ですか・・・・・・解かっているでしょうね、甲賀」
意味ありげな遠也の冷ややかな言葉は恐らく“翔に手を出したらどうなるか解かっているだろうな”だ。
遠也の登場のおかげで妙に熱くなり始めたこの空間が一気に冷める。やや冷えすぎな気もするが。
蛇でさえその寒さに冬眠しそうな勢いで身を固めていた。
気のせいだろうか。室内のはずなのに雪原が見える。
「善処する。行くぞ、翔」
さっきから隙さえあればさっさとここから立ち去ろうとしていた克己はあまりの寒さに茫然としている本上・中村ペアを目の端でとらえ
つつ、左肩を擦っていた翔の手を取った。
「あ、うん・・・・・・じゃ、じゃあな」
まさか自分達が一抜け出来るとは思わず、翔は戸惑いつつも律儀に友人達に手を振って克己についていく。
それの後姿を見送りつつ
「いずる、俺は2日耐えられるに千円」
「じゃあ俺は今すぐ喰うに五百円」




終。
「鎖」「雪原」「勲章」「額づく」
ゴメンなさい、詰め込みました・・・・・・。
そのうち続きをアップしようかと思いますです。