克己が死んで、もう2年と少し。
彼が死んだと聞いたあの瞬間から、自分の周りから色が消えた。
小高い丘に作った、背の高かった彼には不似合いなほど小さな墓標に触れて、その冷たい感触にため息を吐く。
あの学校も無事卒業し・・・・・無事に卒業出来たのはそれなりの理由があるのだけれど。今は彼と一緒に居たころは
死ぬほど嫌っていたこの国の軍隊に所属していた。
だから、今の正装は軍服。
伸びすぎた髪が穏やかな風にふわりと揺れる。
「日向」
背に投げかけられた硬質な声にぎくりと身を竦めていた。
「碓井少将」
位が高いことを示している黒い軍のコートを着た彼が鋭い眼で自分を見ている。
今、自分は彼の付き人という位置にいた。
克己が死んでから、すっかり気落ちしてしまい軍人として役立たずになってしまった自分を拾ってくれたのが、当時生徒
会長だった彼。
近年稀に見る知将だった彼は卒業後もあの学校にその名を残す程で、そのまま陸軍の幹部になった。その若さでは異例
だといわれるくらい、彼の出世は速かった。
何が彼の眼に留まったのか解からないが、そんな彼の息がかかったところで今は過ごしている。
「ここにはもう来るなと言ったはずだが?」
穏やかだけれど重い声にぐっと奥歯を噛み締めていた。
「すみません、今日で最後に」
「何度目だろうな?その台詞は」
咎めるような彼の言葉に翔はうろたえるしかない。
彼を怒らせると後が酷いから。
「・・・・・・6回目、です」
正直に覚えのある数字を口にすると彼は眼を細める。
「お前は6回も俺に嘘を吐いたということになる」
冷たい台詞に指先が震え始めた。
消え入りそうな声で「すみません」と呟きながら顔を背けた時、痛むほどに強い力で腕をつかまれ抱き寄せられる。
優しい抱擁とは違う、所有物をただ自分の腕に取り戻すような行動だ。
顔を上げられて口を冷たい唇で塞がれた時は、流石に抵抗した。
「止めて下さい!」
渾身の力で彼を突き飛ばして、墓の方に逃げて懇願する。
自分の背には克己の墓がある。
そんなところで、こんなことはしたくない。
珍しく反抗された事にも動じず、碓井は相変わらず冷たい眼で翔とその後ろにある墓を見据えた。
「何故嫌がる?いつもしている事だろう」
ここがどんな場所か解かっていてやってきているくせに、わざわざ聞いてくる。
「それは・・・・・・っ」
彼の言葉に嘘は無い。
嘘が無いからこそ、この場所でそんな事を言って欲しくなかった。
「それとも、元恋人の墓の前では綺麗で居たい、か?」
嘲笑うような彼の言葉に漏れそうになった嗚咽を噛み殺す。
「今更だな」
否定する事も出来なかった翔を鼻で笑い、細い体を地面の上に叩きつけるように組み敷いた。
「少将!?」
痛む背中と後頭部の心配より、突然すぎる彼の行動に眼を見開く。
そんな自分の反応に上に乗っかってきた彼は口角を上げ
「いつもお前がしている事をコイツに見せてやったらどうだ」
顎で墓標を指しながらその手は翔のネクタイをはずしにかかっている。
その言葉に血の気が引いた。
「嫌・・・・・っ!おねが、離してください!」
こちらの懇願に耳を貸すとは思えないけれど、叫ばずには居られなかった。
墓標に捧げた白い百合の花が暴れる翔の手に当たり、ばさりと土の上に散らばる。土に汚れたそれを視界に入れ、
眼が熱くなるのを感じた。
「やだ・・・・・・っ!嫌だ!!ここは、ここでだけは!」
カタカタと細かく震える手で抵抗してくる翔を見てから、目の端で単なる石と化した彼をとらえ鼻で笑う。
「どんなに嫌がってももうコイツは助けに来ないぞ」
生前は翔を庇う姿をよく見かけたが、死んでしまってからではもう無理だ。
声をかけるどころか、手を差し伸べる事さえ出来ないのに。
「克己・・・・・・」
何故、翔はまだ彼を求める?
何だか無性にイライラする。
「ここだけは・・・・・・何でもしますから!」
涙ながらに訴える翔の姿を見て哀れみでも感じたのだろうか。碓井の手の力がふっと弛む。
「もう二度とここには来ないか?」
その問いに最後のチャンスだと思い、必死に頷いて見せた。
が、彼はにやりと笑い
「そんなの、信じられるわけがないだろう?」
絶望の色に変わった翔の眼に、再び手に力を入れる。
「少将!!」
悲鳴のような翔の声が、耳と心に突き刺さったけれど止める気はさらさら無かった。
初めて抱いた時はあの男の匂いが染み付いていたが、2年かけてどうにか自分に慣れさせた。おかげで今は周りで
一番抱き心地の良い人間。
別に、心も欲しいとか甘い事を考えているわけじゃないけれど。
翔の肌蹴た首元に顔を埋めると太陽の匂いがした。
「アイツが見ているぞ?」
からかうように紅くなった耳元に囁いてやるとひくりと芝生の上に投げ出された翔の手が動く。
もう何も見たくないと言う様に彼の眼は堅く閉じられていた。
「・・・・・・今日が最後だ。いいな?」
今更念を押さなくても翔は絶対に来ないだろう。
どこかでそう確信しながら碓井は自分を受け入れている翔を見下した。
「・・・・・・ごめ・・・・・・」
粉々に砕けてしまいそうな程頼りない翔の呟きは一体誰にあてられたものなのか。
自分か、彼か。
まぁ、後者だろうなと勝手に解釈をして噛み付くようにその口を奪う。

「・・・・・・一体いつになったらお前は俺のモノになる?」

そんならしくない呟きはきっと翔には届いていないだろうけど、言わずにはいられなかった。



終わり。



碓井氏・・・・・・本編にはまったく関わってこない予定の碓井氏・・・・・・。
何かよくありそうな話ですよね、コレ。
更にもっと良くありそうな展開はこの後克己が実は生きていたという展開です。
もっと笑えるモノにすれば良かった、と反省しつつも楽しかったです(満足


エイプリルフールでした。