碓井生徒会長
そう聞いただけで生徒達はどよめき、憧憬の眼差しを向けた。
生徒達に渇仰され、大人からも一目置かれていた彼。
当時生徒会長であった自分の兄を手にかけてその地位を手に入れたという噂を聞いたときは、特に驚きもしなかった。
興味が無かったのもあり、大して珍しい話でもないと思ったのもあり。
自分と同じ世界の人間だと思っていなかったというのもある。まるでドラマか映画の中の話のようにその噂を聞いていた。
他人事だったのが、今は何故か自分事。
人生というものは解からないものだな、とぼんやり思ったら泣けてきた。


「いいよなぁ、誰かさんは少将の抱き枕でこんな苦労しなくていいんだから」
そんな陰口ももう聞き慣れたものだった。
それなりの実務はこなしているのに、誰も自分の能力を認めてくれる人間は居なかった。
確かに自分でも大した力は持っていないと自覚しているから、構わないけど。
「大丈夫?眼、紅いけど」
細々とした事務的な仕事をこなしていたら、陸軍省に遊びに来ていた海軍のそれなりの地位に居ると聞いている瀬野が顔を覗きこんできた。
平気です、と硬い口調で返すと彼は少しつまらなさそうに自分から体を離す。
「また碓井に泣かされたのか?」
「公務中です」
翔のつまらない返事に瀬野は深くため息を吐き、近くにあった黒革のソファに座る。
「俺、昔の日向ちゃんの方が好きだったなぁー」
ちまちましてて明るくてからかいやすかった。
彼は懐かしげに眼を細めて見せたけれど、それでも翔の態度が全く変わらないのにもう一度ため息を吐く。
「ねぇ、日向ちゃんさぁ、碓井から離れたら?」
「・・・・・・少将には拾ってもらった恩があります」
彼に拾ってもらわなかったらきっと当の昔に自分は死んでいた。
それなりの恩は感じている。一応は。
けれど瀬野は呆れたような視線を翔に向けて、金髪の頭をぐしゃりと撫でていた。
「・・・・・・何言ってんの?日向ちゃん」
「え?」
「あの、甲賀って子、殺したのは碓井だよ?」



ホラ、アイツ結構前から日向ちゃんの事気に入ってたじゃん?
だからアイツ、甲賀くんを一番キッツイ戦場に送らせたんだって。
君がこうしてアイツの隣りにいるのもアイツの計算どおり。
甲賀くんが死ねば君を手に入れることが出来るとか馬鹿みたいなこと考えたんだろ。
所詮は自分の思い通りにすべて事が進まないと気がすまない人間だからね、軍人ってのは。



話を聞き終えて白い顔で部屋から走り去っていった翔の背を見送ってから、瀬野はにやりと笑う。
騙されやすいお人好しな面はまだ残っていたらしいのがこちらに幸いだった。
「酷いヤツだな・・・・・・お前も」
「お。誠馬じゃーん。今の聞いてた?」
翔と入れ違いに部屋に入ってきた達川は瀬野の問いに頷いた。
特に責めるわけでもない達川の冷静な眼に瀬野は嬉しげに笑う。
「誠馬だって、俺が偉くなるの嬉しいだろ?」
「当然だ」
「その為には、邪魔な人間は消さないといけないっていうのも、解かるよな?」
「勿論」
「それに、俺、嘘吐いてないし?」
今の話は本当の話だ。
碓井の友人としてだったら話すべきことではなかったかも知れないけれど。
翔が海の人間である自分の話をまともにとったとしても、それは彼の過失になる。ライバル関係である海の人間の話を信じる方が悪い。
「碓井も馬鹿だよなぁ。こんな時に弱み作っちまって」
俺としてはラッキーだけど。
くすくす笑いながら瀬野はさっきの翔の顔を思い出す。
白い顔が更に白くなって、可哀想な程だった。
彼がこれからどう行動するか、楽しみだ。
「な、誠馬、俺って最低?」
にこにこ笑いながら聞いてくることじゃないだろう。
達川は肩をすくめてから口角を上げた。
「貴方を閣下と呼べる日が来るのを俺は誰よりも楽しみにしています」
今現在、有能と言われている碓井と敵対出来るほど力を持っているのは、自分と空の元生徒会長。
空の元生徒会長は碓井と友人で、その能力をかっているから自分が彼より上に行くだなんて事を考えてはいないだろう。
でも、自分は違う。
もう学生の時とは状況が変わっているわけで。
達川が大切な相手だということは変わっていないけれど。
「・・・・・・誠馬がそう言うんなら尚一層、頑張らないとな」
大切な相手に憎しみしか与えられない彼に負けるつもりはさらさら無かった。

終。

なんかあれな感じですが。所詮オマケなので(^^;)