「親睦会・・・・・・・・・?」

廊下の掲示板の半分を埋めているポスターの前に立ち止まって首を傾げた。

日時は2週間後の夜。主催は生徒会のようだ。

1年生と生徒会役員は出席義務、と赤文字で書いてある。

「これが噂の毎年恒例親睦会か」

克己がもの珍しそうに呟いたのに更に首を傾げた。

「コレ何?」

「空、陸、海の親睦会。お互いの仲を良くしようっていうのが目的らしいがあまり意味は無いな」

空、というのは空軍直属の航空士官科の事で、海というのは海軍直属の海上士官科の事だろう。

同じ敷地内にあると聞いているそれぞれの学科だが、如何せん一つの県程あると言われる広い敷地内。

とりあえず海の士官科が海沿いにあることだけは知っている。

そんな3学科だが、実は仲が悪い。特に陸と海が。

空はすでにエリート集団という事でまさに雲の上の人々。羨望の視線に優越感を感じつつ、海や陸の人間を蔑みの目で見ている人間が多い。

海と陸のレベルは同等で、歴史的に仲が悪い。それは大人達の海軍陸軍の仲が最悪だからという面もあり、お互いをライバル視している仲だ。

亀裂が入っている軍内に危機感を覚えた文官・・・・・・軍事担当の政治家が十数年前から始めたというこの親睦会、内容はかなり馬鹿げたものだった。

因みに、何故士官科も巻き込まれたのかというと、子供の時から仲良くしておけば良いと何とも安易な考え方から始まったらしい。

「結構大々的にやるから良いもの喰えるかもしれないぞ」

克己の言うとおり、場所が軍関係の式典等を行う屋内会場だから結構大きなイベントなのだろう。

「そっかー。じゃあ楽し・・・・・・」

楽しみ、と言いそうになって嫌な想像が脳裏を過ぎる。


「・・・・・・親睦会って、まさか学科対抗体育祭とかじゃないよな?」

「今回は違うな。夜に体育祭なんてやるわけないだろう」

「今回は、ってやっぱりあるのか!?」

「多分な。噂では相当白熱するらしいぞ。それにそれだったら全員参加義務だろ」


この学校の体育祭って、どんなのなんだろう・・・・・・。

想像するだけ恐ろしいが、今回はそれでは無いのだ。それだけは安心していいところだろう。

「でも、具体的に何やるんだ?コレ。飲食パーティのみ?」

だったら凄く楽なのに。

廊下を歩きながら克己を振り返ると彼は何だかとても微妙な顔をしていた。

「いや・・・・・・これもあくまで噂なんだが」

克己は心底嫌そうな顔をして声を低くする。

「だから、その話はお断りさせていただくと何度も」


ドンッ。


廊下の曲がり角で口論している誰かと思い切りぶつかった。

「うわ・・・・・・」

「翔!」

額に何か堅いものが当たった。多分相手の服についていた階級章か何かだと思うが、それが骨に響いて痛い。

思わずその箇所を手で押さえると上から舌打ちが降ってくる。

「陸の奴等は鈍臭いな、これだから・・・・・・」


ヤバイ、上官か? 


その物言いに慌てて顔を上げてから頭を下げる。

「すみません!」

一瞬だけ目に入った相手の格好にアレ?と思ったけれどとりあえず謝っておこう。

白い学ランなんて制服は、とりあえずこの陸には無い。

見慣れない制服を着た青年は翔の顔を見て少し驚いたように目を大きくさせる。

「あの、申し訳ありませんでした!」

これ以上何か言われる前に謝り倒してしまおう。

もう一度頭を下げると克己が充分、と言う様に肩に手を置いてくる。

それに恐る恐る顔を上げると、ぶつかった相手はしげしげと自分の顔を見つめてきた。

その相手の風貌には思わずこちらも瞠目してしまう。

この国では珍しい金髪碧眼は恐らく地だろう。高い身長に整った顔は、軍が顔で入学者を選んでいるという噂の裏づけになる。

金髪の彼の隣りには彼と同じ制服を着た黒髪の青年も居る。その彼の外見も申し分なく。

それでも、彼のどこか殺伐とした視線は軍関係者だと解かるものだった。

美形だろうが何だろうが、兎に角許して貰わないと自分の命が終わってしまう。

「・・・・・・君、名前は?」

低い声にびくりと身を震わせてしまった。

来た。どうにか誠意を見せないと多分死ぬ。

慌てて慣れない敬礼をして背筋を伸ばした。

「し、士官科の1−E、日向翔です!」

「日向翔、か」

どう思われているのかさっぱり伺えない声色にぐっと奥歯を噛み締める。

碧い眼がじっと自分を観察しているのは解かるのだが、どうリアクションすればいいのかさっぱりだ。ここはもう一度謝っておくべきだろうか。

「あの、本当に俺、すみませ」

「かーわーいーいー。陸、意外と可愛い子いるんだなー」

敬礼していた手を金髪の彼に握られ、何かを顔を上げたら彼の満面の笑みがすぐ目の前にあった。

「そんなに緊張しないで。俺、ぜんっぜん怒って無いから。ってゆーかむしろこれって運命じゃない?よくあるよねー、廊下とかでぶつかって恋が

始まるって展開さ。まさに今この時、俺と君の運命の鐘が鳴り響いたと思わないかい?マイスウィート?」

甘いマスクと声でベラベラと話し始めた彼を、翔は茫然とみていることしか出来なかった。


運命?展開?恋?スウィート?


彼の口から発せられた単語が頭の中でぽかぽか浮かんできては意味が解からず破裂していく。

そして、白い学ランは海の制服だとようやく今気が付いた。

でもとりあえず今のぶつかったことは怒っていないらしい。そこは安心していいはず。

「あ、あの・・・・・・怒っていないんですか?」

一応恐る恐る聞いてみると満面の笑みで頷かれる。

「何でこの運命的な出会いに感謝するのならまだしも怒らないといけないんだい?」

ぎううううと掴まれた手を握り締められ、曖昧に笑い返すしか出来ない。

変な人だ。でも、この時は変な人で良かった。

ほっと一息をついたところで、この奇妙な空気をガチャリという聞きなれた金属音が壊してくれる。

この音に聞き覚えがありすぎて、翔は血の気が引いた。何かとその音の方向を見たら金髪の彼のお付の人らしい黒髪の青年が彼の愛用らしい

銃を構えていた。

金髪の彼は許してくれてもお付の人は許してくれないのか。

「ごめんなさ」

とにかく謝り倒せ!

と、思って頭を下げたが

「・・・・・・とりあえず、死んで下さい」

その怒りの銃口は何故か金髪の彼の頭に向けられた。

冷静な声には怒りが滲み出している。

「陸の廊下でいきなり陸の生徒を口説くな・・・・・・貴様はウチの、いや海軍の・・・いや、軍全体の汚点だ。死ね。死んで国に詫びてくれ。貴様の死は

無駄にはならない」

彼に初めて会ったけれど、彼の眼が本気だという事は解かる。

「誠馬、マジマジ洒落になんないから止めろよ」

慌てた金髪に彼は凄惨な笑みを向けた。

「安心しろ、洒落じゃない」

彼の人差し指がトリガーにかかった時、ようやく金髪の彼は翔の手から自分の手を離した。

「あー、もう、解かった。公務中以外でやります!」

「なら、よし」

いいのか。

あっさりと銃をしまった彼は唖然としている翔と一瞬視線が合い、すぐにバツが悪そうに逸らしていた。

その不思議な反応を疑問に思う前に金髪の彼が視界に飛び込んでくる。

「俺の自己紹介がまだだったよね、俺、見れば解かると思うけど、海上士官科の3年瀬野拓海。こっちは同じく達川誠馬。よろしく、日向ちゃん」

瀬野が甘い笑顔で翔の顔を覗きこんできたから思わず一歩後ずさると、とん、と誰かにぶつかった。ずっと後ろに控えていた克己だ。

彼が近くに居た事を思い出し、ほっとする。

「本当に、すみませんでした」

とりあえず彼は海だしもう会う事は無いだろうからよろしく、と言うのは何だか無駄な気がした。

もう一度謝罪を口にすると瀬野は破顔する。

「いいよ、気にしなくって。俺の方も前方不注意だったわけだし、それに」

不意に瀬野の手が翔の額に触れ、軽い痛みが走った。

「紅くなっちゃったね、ごめん」

どうやらぶつけたカ所が赤くなっているらしい。

気にするな、と言おうとした時にその額に何かひんやりと柔らかいものが触れる。

ちゅ、と音を立てられて何が起きたのか察する事が出来た瞬間、二の腕を後ろに引かれて彼から引き剥がされた。

「からかうのは止めてください」

克己だ。

「からかってなんかいない。俺は本気だからね、ハニィ」

邪魔をされて少し残念そうに瀬野は言いつつも投げキッスをしてくる。その瞬間背筋に悪寒が走った。

じゃあね〜と彼は手を振って達川と共に廊下の奥へと消えてゆく。

一体何だったんだろう・・・・・・。

「あ、あの人一体・・・・・・」

「海の副生徒会長だな、今の」

階級が上であることを示す階級章を襟につけていたのを克己はきちんと確認していた。

その面白くないと言いたげな台詞に思わず口を大きく開けてしまった。


「副会長―!!?」



空、海、陸には普通の学校と同じくそれぞれの科をまとめる生徒会長がトップに立つ生徒会がある。

生徒会役員になるにはまず小中学校で帝王学を習得済みで無いといけないので、そんなモノを習う事もない公立中学校を卒業してきた

翔達には遠いところの話。そして、それと同じくらい生徒会の存在も遠いものだったのだ。

瀬野拓海、現在海上士官科の副生徒会長。その派手な外見は同盟国出身の母親譲り。父親は軍上層部の幹部。彼は中世騎士のように

気に入った相手には接するが、自分の敵だと判断した相手には冷酷非道。

その統括力は海の生徒会長相良輝紀に勝らずとも劣らないので、絶対的な信頼を下からも上からも受けている。

遠也からもらった情報を思い出しながら翔はため息を吐いた。

「まさかウチの生徒会長の顔も拝んでないのに他の科の副会長に会うとは・・・・・・」

しかも口説かれたっぽいし。

特別授業と言われて戦闘服に着替えて指定された教室へ向かう道すがらさっきの瀬野の顔を思い浮かべる。

やはり、副会長となるとそれなりな顔を持っていないと駄目なのだろうか。

「忘れろ」

その一件以来何だかイライラしている克己のオーラは正直怖い。

「・・・・・・あ、そういえば、親睦会の内容って何なんだ?あの時話途中だったよな」

彼の言うとおり忘れた方が良さそうだ。

話を逸らすと克己は表情を少し和らげて「そうだったな」と呟く。

「あれは」

「舞踏会、だよ」

克己の台詞を奪い去りつつ翔の背に抱きついてきたのは、前の会話の主人公の瀬野だった。

「瀬野副会長!」

忘れようとしていたのに彼はそれを許してくれないらしい。自分の正体を言い当てられた彼は暑苦しいくらいの笑顔になる。

「俺の事さっそく調べてくれたんだ、嬉しいな」

「いや、確かに調べたっていうか色んな人には聞きましたけど、別に他意は!」

「まったまたぁ。っていうか、ここで会うのも運命だと思わない?」

こんな口説かれ方をされた事のない翔は適当に流す方法がわからず困惑した顔を晒すしか出来ず。

それが更に相手の好感度を上げていることなど気付く余地も無い。

「お前の言う運命とは裏工作をした上での展開を言うのか」

瀬野の背中に冷たい言葉を浴びせる達川も健在だった。

何故海の生徒がまだ陸の敷地内をうろついているんだ。

周りにいたクラスメイト達も瀬野達を怪訝な眼で見始める。そんな時丁度授業開始のチャイムが鳴り響いた。

そして

「あー、じゃあ授業始めるから教室に入れ」

そう言ったのは他でもない瀬野だった。


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何か長くなった・・・。