自分を取り囲むように倒れている三人の大人の体。

 一応、全員自分の家族だった人達。

 この家族で生き残っているのは自分だけ。

 早くお前も死ねというように彼らの体から白い血が徐々に流れ出し、翔の足を濡らした。

 さっき使ったばかりの血にぬれた包丁の刃が鈍く光り、自分を使えと囁いてくる。

 そっと首元にその刃を当てると、思ったより冷たくは無かった。

 力を入れると鋭い痛みが走る。

 ぐっと奥歯を噛み締めて刃を滑らせると、ぴっと紅い血が彼女の白い体の上に散った。

 紅い花弁のようだな、とぼんやり思いながら目を閉じる。

 自分の血は彼女への散華。






散華






「ただいまー」

「ああ、おかえ」

 少しいつもより遅く帰ってきたら、克己が出迎えの言葉を止めた。

 その原因は多分自分の両手いっぱいの花束だろう。

「どうしたんだ、その花」

 真白い霞草の花束に、一瞬花束が部屋に突撃してきたのかと思った。

「買った」

 翔はあっさりと返事をして自分の机に置いておいた花瓶の中にそれを突っ込んでいた。

 何の飾り気もなかった部屋の一角だけが華やかになった気がする。でも、すべて霞草だからそんなに部屋の中の雰囲気は変わらない。

「買った、って」

 何の為に?と克己は首を傾げる。

 まさかこの部屋を飾る為では無いだろうし。

「んー、明日姉さんの誕生日だから」

 小さな霞草の花を指でつつきながら翔はこの花の用途を告げる。

「明日辺り叔父さんのトコに送って、お墓に供えて貰おうって思って」

「それだったら、クール便で花屋から直接送ってもらった方がいいんじゃないのか?」

「あ、そっか」

 そういうやり方もあったか。

 克己に言われて初めて気が付いた。そっちの方が花の保存は良いだろう。

 けれど改めて買い直すほど所持金も残っていないから、今年は少ししなっとなった花で姉には我慢してもらうとするか。

「じゃあ、命日からそうするかな・・・・・・」

 本当は、直接行くのが一番いい方法なのだけれど、この学校に拘束されている以上それは今後3年は叶わない。

 でも、あの墓の前に行く花と触れ合えるってのはいいかも知れない。

 人気のない、冷たい石だけが規則正しく並ぶ空間を思い出して翔は眼を細めた。

「・・・・・・なら、明日学校に行く前に送った方がいいだろう。早めに寝とけ」

「あ、うん」

 克己に投げられたタオルをキャッチして意気揚々とシャワー室に向かった。

 それを見送った克己はふぅ、と息を吐きながら儚く小さい花に視線をやる。

 多分、この小さくて白い清純なイメージがある花は翔にとって姉のイメージにぴったりなのだろう。霞草単体で大量に買い込む

 人間なんて彼くらいだ。

 触れたら何かの拍子で潰してしまいそう。

 そんなことをしたら翔に怒られる・・・・・・どころじゃ済まなそうだ。

「明日までもてよ」

 明日の朝になって枯れていたら、翔が悲しむ。

 そんなことを呟いて花の一つを軽く弾く。

 さわりと揺れた小さな花が、そこまでヤワではないと訴えているように見えた。






 朝、目覚めると大体同じ時間。

 体内時計がそうセットされている所為だろう。おかげで寝坊も遅刻もした事が無い。

 カーテンの隙間から朝日が差し込んで、昨日翔が買ってきた花を照らしていた。

 枯れてはいないようだ。

 その事に多少ほっとして克己は体を起こす。

 隣りのベッドに寝ている翔はまだ起きていない。

 まだ起こすような時間でも無いから、いいか。

 時間を確認して怠い体を立ち上がらせ、外の天気を確認する。

 カーテンをめくると日差しに比例した良い天気。今日の授業内容を脳内で確認して、授業内容の変更事項は何もないだろうと予想した。

 強い光に照らされた霞草を視界に入れて、昨日と何の変化もないともう一度確認してから自分のベッドの近くにかけておいたタオルに

 手を伸ばそうとした。


 ・・・・・・あ?


 けれど、何かが違う気がして、もう一度光を入れてその花を確かめた。

 やっぱり、昨日より色が変わっている気がする。

 花の色が昨日は真っ白だったのに、今は何故か少し赤っぽい。しかも綺麗な赤ではなく茶色に近い赤だ。

 一瞬枯れかけなのかと思ったが、そんな色ともまた違う。

 何だ?

 原因解明の為に花束を持ち上げると包装がバリっと音を立てた。

 花の色が変わるのは、吸い上げた水分の色が変わったから、くらいしか理由がない。

 茎を包んでいるアルミホイルを後で巻きなおせるようにそっと外すと下にある水分を含んだ脱脂綿が出てくる。

 けれど、白いはずのそれは見覚えのある液体で汚れていた。

 思わず眉を寄せて自分の指で触って確かめてみるが、予想通りの感触と色が指につく。

 アルミを巻きなおして、前と同じように花瓶に花を戻して翔のベッドに近付いた。寝息が聞こえるから起きるまだ様子は無い。

 布団からはみ出している彼の手に自分の指を一本、そっと乗せて曲がっている指を開かせてみたら、薬指に真新しい絆創膏が貼られている。

 昨日の授業で怪我をしている様子は無かった。

 ということは、放課後に怪我をしたということ。

 怪我をする理由の無い時間に、だ。

「・・・・・・お前」

 寝ている翔に声をかけてもどうしようもないが、どうにも遣る瀬無い。

 こうやって、毎年彼女に謝罪の気持ちを届けているのだろうか。

 それでも悪夢やトラウマから解放されることは無いのに。

 無駄だから止めろ、と言って止めるようなタイプではないのは解かっているけれど。

「・・・・・・俺は、貴方が嫌いです」

 彼の血で色づいた花を通して、一人で勝手に死んだ彼女を睨みつけた。

 いつまでも彼に苦しみを与える彼女が嫌いだ、と思う。

 こんなに他人を嫌いだと思ったのは久々な気がする。

「ん・・・・・・あれ、克己、もう朝か?」

 昨日少し早く寝た所為か翔はいつもより早く眼を開けた。

 体を起こして眠い目を擦っていたら、頭の上に彼の手が乗っかった。

「ん?何?」

「いや・・・・・・」

 何でも、と言いながら彼は頭を撫でてくる。

「・・・・・・姉さんの夢見たよ」

 久々に悪夢ではない夢に翔の表情は明るい。

「あの花持って、ありがと、って笑ってくれてたんだ」

 夢というものが自分の脳の中で作り出されているのは知っているけれど、それでも嬉しいものは嬉しい。

 早く彼女の元に届けてあげたい。

 心底嬉しそうに笑う翔の表情に、克己は何だか遣る瀬無い感が増した気がしたけれど、今それを告げることは憚られた。

「・・・・・・そうか」

 よかったな、としか言ってやれなかったのに、それに更に翔は笑みを深めて力強く頷いていた。

「俺、早めに送りに行って来る。克己、先に食堂行ってて」

「ああ、わかった」

 明るい空気をまとった彼からは想像が出来ない過去や想いがあるのは知っている。それがあの花に凝縮されている気がして、

 火をつけて燃やしてやりたくなった。

 怒られる・・・・・・どころじゃやっぱり済まないだろう。

 それにそこまでの権利はまだ無い。

「手の傷、大丈夫か?」

「うん、平気。気付いてたんだ」

「まぁ、な」

「平気平気」

 薬指なんて滅多に使わない上に怪我をしなさそうなカ所なのは、トリガーを引く人差し指と、補佐を努める事の多い中指を避けた結果だろう。

 しかも、利き手ではない左手。

 計算された傷だから、普段の生活にあまり支障はないとは思うが。

「小さな傷でも命取り、だからな」

 遠まわしの台詞はその本当の意味を相手に理解して貰う事は無く、翔は「わかってる」と苦笑するだけだった。





「気付かれてないよなぁー・・・・・・」

 花を片手に翔はさっきの克己の態度を思い出した。

 まさか手の傷に気付かれているとは思わなかったが・・・・・・多分、大丈夫だ。

 よし、と傷をつけた手を握りその事に安堵していた。

 気付かれたら、怒られる・・・・・・どころじゃ済まないだろうし。

 他人から見たらグロイとしか言われないだろうし。

 自分でもどうなんだ、と思っているし。

 でも。


 赤銅色の贖罪の花は彼女への散華。


 その為につけた傷はきっとあの頃の自分への散華。

 

 絆創膏を貼り付けた指は少し腫れているようだった。



終わり。


克己がこんなことを思っていたらいいなーという希望的観測話(そうだったのか)
このネタはどっちかといえばホラー物で使いたかった。
マークが付いていたのは私が生理的にダメだったからorz(お前かよ!
一応「血の惨状」も入っています・・・・・・。