むせかえるような湿気と雨の匂い。この雨は自分の時間感覚が狂っていなければ、もう3日も降り続いている。


瓦礫と化した石造りの民家は雨をもしのげ無い程ボロボロで。

それでも、何もないよりマシだった。

火薬が雨で濡れないように気を使いつつ、克己は石の壁にもたれかかる。

全滅しかけた隣りの街から、援軍を求めてこの街まで傷ついた戦友を引きずりながらやってきたけれど、情報とは

違ってそこに援軍は居なかった。

見捨てられたか、と思ったけれど、ここまで傷ついてもいまだに自国を信じている戦友には口が裂けても言えなかった。

数十人は居ただろうこの部隊も、気が付けば自分を含めて十数人。

もう、何人殺したか解からないけれど、誰が敵で誰が味方なのかも、解からなくなって来ていた。


「大丈夫か」


大丈夫ではないことは見た目で解かっていたけれど、足から血を流す青年は雨に濡れた顔を笑みに歪めて小さな声で

「大丈夫」と答えていた。

大丈夫では無いのに大丈夫と答えるのは自分達の国の悲しい民族性らしい。

何人かのグループに分かれて、あちこちに点在している多少形の残っている家で一晩明かす事になった。

ぽつぽつと冷たい雨が降りそそぎ、煙草に火もつけられない、と隣りに居た兵士がイライラした様子で火がつかないライ

ターを投げ捨てている。


「捨てるな。敵に進路を知られる」


克己の冷静な一言に彼は舌打ちをしながら安っぽい緑色のそれを拾い上げる。

本来、煙草だってご法度なのだ。煙と臭いで敵に気付かれる可能性がある。

それでも兵士の喫煙率が高いのは、精神安定の為なのだろう。


「おっまえ・・・・・・詳しいな。あのガッコの生徒だっけ?」


足に怪我をしてぐったりしている青年が苦笑まじりに聞いて来た。その手が自分の腹部に当てられているのは、その箇所を

怪我しているからだろう。モスグリーンの戦闘服がどす黒く染まっている。

彼の質問に黙ったまま頷くと、彼は疲れたような笑みを向けてきた。


「そっかぁ・・・・・・。俺は、徴兵に引っ掛かっちまった一般市民だ」

「・・・・・・運が悪かったな」

「お前こそ」


彼は笑いながら自分の手元にあったヘルメットを自分の頭に被せていた。

でも、その被せ方は普通と反対。上手くバランスを取っているが、ヘルメットとしての効力はまったく望めない。


「俺ね、サッカー選手だったんだ。でも、もうこの足じゃ、無理だな」


ヘルメットをボールに見立て、頭だけでリフティングをしていたらしい。

頭でも打ったのかと思ったが、どうやら違ったようだ。

彼は悲しげに自分の殆ど動かない足を見るが、何も言ってやる事は出来なかった。


「おい、怪我人に」


その時、部隊のbQが自分達のいる家にやってきて、一本の注射を克己に差し出してきた。

麻酔か何かだろう。まだ残っていたのか。

少し外側は土に汚れているようだったが、中身は綺麗な透明だった。

それだけ渡して彼は帰ってゆく。


「お前用だな」


足を怪我している青年は「悪い」と微笑んだが、それに意義を申し立てたのは先程ライターを捨てかけた男だった。


「待てよ、俺だって怪我しているんだ。俺にも寄こせ」


そう言い張るけれど、彼の傷は両腕にかすり傷と打撲くらいだ。


「注射針の回しは衛生的に良くない。それくらいの傷我慢しろ」


冷たく言い放つ克己に男は怒りで顔を紅くする。ここで仲間割れを起こすのは得策ではない。

そう判断した足を怪我した青年が「俺は構わない」と細い声で言った。

仕方なく、克己は男に3分の1、青年に残りを注射する。


「お前はいいのか?」


すべての薬を青年の体内に入れると彼は驚いたように克己を見てきた。

実際、激しい痛みを感じる傷は無かったし、なるべく危険な行為は避けたい。

黙って頷くと彼は心底すまなそうに目を伏せる。そこまで気にされる事ではないが。

しばらくして、薬が効き始めたのかライターの男の寝息が聞こえ始めた。


「雨は、いいな。血の臭いを消してくれる」


降り注ぐ雨を見上げながら青年がぽつりと呟く。

気が付けば、遠くで聞こえていた爆音や銃声も消えて雨音しか聞こえなくなっていた。


「雨は体を冷やし、傷を悪化させる。そんなに良いものじゃない」


彼の単純な考えを克己は否定したけれど、彼はただひたすら灰色の空を眺めていた。


「なぁ、知ってるか?人間って、本当は人間を殺せないように出来てるんだって」


彼は焦点の会わない目で天を仰ぎ、その口元には自嘲めいた笑みを乗せている。


「人は、狂わないと人を殺せないんだって」


かたかたと震え始めた手を見つめるその目から涙が流れているように見えたけれど、それが雨だとすぐに気がついた。


「俺、狂ってんのかなぁ?」


どんな返答を求めているのか解からない黒い眼に見上げられ、克己はただ黙っていた。

どんな答えを返しても、自分にとっても彼にとってもマイナスになる気がして。


「・・・・・・天は嘆いているんだよ」


そんな彼のぼんやりとした言葉を無視して睡眠を貪る為に克己は目を閉じた。






雨の感触が無くなって、多分少し意識を飛ばしていた。

時刻は夕刻になっていたらしく、薄暗い。

ふと周りをみると、あのライターの男は自分が意識を飛ばす前と同じく体を横にして寝ているが、足を怪我していた青年は

居なかった。

それと、気になるのは散々今まで嗅いできた鉄のさびたような臭いが鼻につくこと。

しかもすぐ近くで、だ。

彼はサッカー選手だったと言っていた。もしや自分がもうその職につけない事を嘆いて自殺でもしたのだろうか。

そう思って身を低くしながら彼の姿を探してみたが、血の臭いがする範囲に彼の姿は見つけられなかった。

じゃあ、まさか。

体を横にしている男の体をよくよく見てみると、彼の体から血溜りが広がっている。

その胴体に、首はついていなかった。

敵か。

そう思ったけれど、では何故近くに居た自分はこうして無事なのだろう。

ゴッゴッゴッ。

家の外から聞こえてくる奇妙な鈍い音に、そっとぼろぼろになった窓枠から顔を覗かせてみた。

この街が街だったことは大通りだったであろう道のど真ん中に、探していた人物が立っていた。

なにやら怪我をしたはずの足を器用に動かし、そう、サッカーのリフティングをしている。

ボールなんて、この廃れた瓦礫の街にあるはずがないのに。


「おい・・・・・・」


妙に擦れている自分の声には驚いたけれど、相手は自分に声をかけられることにそんなに驚きもせず、血の滲んで

いる膝でボールを高く蹴り上げ、足の甲で上手くキャッチし、地面においてそれを踏む。


「上手いもんだろ?」


自信満々に彼は胸を張るが、その笑顔は薄暗い空間でも解かるほど真っ赤な色に染まっている。

先程、宙に浮いた拍子に見てしまったボールの正体に、克己は思わず眉を寄せていた。

苦悶の表情のライターの男の首、だ。


「お前・・・・・・!!」


戦場では悲惨な光景を見て、心根の優しい人間ほど狂うと聞く。

でも、それだけじゃないだろう。

手元に置いておいた注射器の存在を思い出し、思わず奥歯を噛み締めていた。

あの中身は、もしかして単なる麻酔の類ではなく・・・・・・・・・。

彼のリフティングの光景を見ていたのは、克己だけではなかった。青年の背中側、つまりはこちらの家の向かいに

あたる家で休んでいた部隊長とNO.2も見ていたらしい。

そのこちらの家と同じく硝子なんて無い窓から銃口が突き出ていた。

狂った人間は、始末される。彼は自分の味方を殺したのだから重罪にあたる。

でも、あの薬を渡してきたのは彼らなのに。

理不尽なものを感じつつも、上司の判断を止める事は出来なかった。

パン、という乾いた銃声の次に響いたのは、もっと大きい破壊音。

爆風にあおられるのを反射的に身を低くして避けた。石造りの家は意外と丈夫だ。

風が収まってきてまず眼に入ったのは、赤い空。

昼間のような明るさではなく、ただ真っ赤な空。


上司達が居るはずの家があとかたもなく崩れ、炎に包まれているのだと気が付いたのはそれから少し経ってからの事だった。


天は嘆いているのだと、彼は言っていた。


でも、この赤い空は人間達が滅亡していく様をどこか嬉しげに眺めているように見えた。

どちらが、本物の空の意思なのだろう。

茫然としながら空が焦げてゆくのを眺め、瓦礫の家を後にした。


終わり
雨と涙・ガレキ・赤い空。
戦争モノ書いた!って気分に少しなった。克己、行っていた当時の話。
軍養成学校なので戦場を書く機会は殆ど無い予定だったので、書けて良かった。
書きたかった話の一つ。多少グロイですが、ね・・・・・・。
短いですけど、何かを感じるモノになっていたら嬉しいです。

っていうか全然BLじゃないじゃん俺!!orz