「ふぃー。これでトラップは大体除去出来たかな」

 大志が土に汚れた手をはらい、ずっとしゃがみっぱなしだったおかげで痛む腰を叩いた。

 トラップを仕掛けたり仕掛けられたり、という今日の授業内容で、トラップを外しながら目的地へと進んでいる。

 瓦礫の下やドアの下等に集中するブービートラップをどうにか外して、もうすぐ目的地である場所につく。

 ペアを組んだ遠也が冷静にトラップがある場所を指摘してくれたおかげだ。

「このペースなら時間内に目的地に着きそうですね」

 地図とコンパスで現在地を探りながら遠也がほっと息を吐く。

「これも全部遠也のおかげだよー」

 大志がにへらっとしまりの無い笑顔を浮かべて先に小走りで進む。

 慎重に進む事、と授業前に念を押されていたのをうっかり忘れて。

 調子に乗りすぎていたのかもしれない。

「!馬鹿、大志、足元!」

 彼の足元で不自然に土が盛り上がっているのを発見した遠也は慌てて彼に手を伸ばす。

「へ?」

 気がついたら、大志の足元に地面は無くなっていた。

 気を抜いてはいけない、と確か授業中に散々言われていた気がする。

 のに。

「うわぁあぁあああ!」

 







「遠也・・・・・・どうしたんだよ」

 土と葉っぱにまみれた大志と遠也の到着に翔が目を見開いた。

 顔にかすり傷を負っている大志が、不機嫌な顔をした遠也を背負っている。いつもの遠也なら嫌がりそうな体勢なのに、

 それを甘んじて受け入れているという事は

「実は、落とし穴に引っ掛かって、遠也足挫いたみたいなんだ」

 大志が苦笑しながら説明する。

「足挫いた?大丈夫なのか?」

「大したことはありませんよ」

 遠也はそう言うけれど、本当に大したことが無かったら大志に背負われることなく、自力で歩いてきただろう。

「ごめんな、遠也」

 近くにあったベンチに遠也を下して大志は自分のバックから救急用品を取り出した。

 大志がトラップにかかったのを、遠也は助けようとして巻き添えになったのだ。しかもトラップの落とし穴が狭くて、

 それがまた状況を悪くした。

 おかげでお互い体のあちこちに擦り傷が。

「・・・・・・気にするな。仕方ない」

 遠也はブーツの紐を解きながら大志にそう返事をする。でもそれで納得する彼ではない。

「遠也、俺がやるよ」

「え?」

「俺の所為だし・・・・・・」

「だから、気にするなと俺は」

 しゅんとしている大志の様子に遠也は言葉を止める。

 気が済むまでやらせないと、彼は多分もっと気を使ってくるだろう。

 それが容易に想像でき、遠也はため息を吐きながらも頷いた。

「わかった・・・・・・好きにしろ」

 その返事に大志は表情を輝かせて遠也の靴を脱がせ始める。

 なるべく振動を与えないように配慮しながら。

 靴下を脱がせると、真っ赤に腫れ上がっている患部が露わになる。

 普段の彼の足首の倍はある。肌が白い分痛々しい。

 かなり痛そうなのに、それを見ても遠也は涼しい顔。

「痛くないの?」

 無痛病なんて病気があるとどこかで聞いたような気がする、と思って恐る恐る聞くと彼は少し微妙な顔をした。

「外見に比例した痛みは感じている」

「あ、う・・・・・・そ、そうだよな」

 だったらもう少し痛そうなリアクションをしてほしいところだけれど、遠也だから望みは薄い。

 どこか危なっかしい手付きで包帯を巻いていく大志の姿に遠也は一瞬眉を寄せたけれど、すぐ何かを

 諦めたように背もたれに体を投げ出した。

 そんな遠也の様子に気付く余裕もなく大志は必死に包帯を巻いている。

「ホント、ゴメンな遠也」

「次から気をつけろ」


 ま、いいか。


 もう一度ため息を吐いて、遠也はぼんやり空を見上げる。

 白い雲がのんびり空を泳いでいるのを目で追っていたら、遠くで授業終了の鐘の音が響いた。






「あ、やほー、遠也」

 何でこんな時にかぎって彼に会ってしまうんだろう。

 図書室で本を選んでいたところで医学書片手に現れた早良はあからさまに嫌そうに表情を歪めた遠也に苦笑する。

「久々だってのに、釣れないな〜〜遠也くんってば」

「研究会だったんでしょう?論文は間に合ったんですか?」

「ギリギリな感じで!」

 ぐっと親指を突き出して笑う早良には脱力してしまう。この人は追い込まれないと文章が進まないという

 厄介な性質だから、いつもギリギリ間に合う研究会一週間前に書き始めるのだ。

 その一週間は悲惨の一言に限る。風呂は入らない食事もロクにとらない睡眠なんて取れるわけがない、

 と研究会の当日は廃人のような姿になっている。

 それでも、それなりの論文を発表出来るから謎だ。

 今日はまぁヒゲも剃って見た目が良いから、研究発表会後4日というところか。

「ずっと会えなくて淋しかったよーとぉやぁー」

 さぁ、この胸に飛び込んでおいでと言わんばかりに両腕を広げられたが丁重に遠慮させて貰った。

「論文書き中は淋しさなんて感じる余裕なんて無いでしょうが」

「ん、そりゃ言えてる」

 あっはっはと笑う早良の相手は正直疲れる。どうにもテンションがついていかない。

 そろそろ帰っても良いだろうか。

「じゃあ、これで」

 彼の横を通り過ぎようと一歩踏み出したら、昼間怪我をした足が鈍く痛む。

 忘れていた。そういえば怪我をしていたんだった。

 覚悟して痛みを感じるのと、不意打ちで痛みを感じるのとでは痛みの度合いが多少変わってくる。

 少し眉を寄せてその痛みを堪えつつそのまま通りすぎようとしたら、腕を掴まれた。

「待て。遠也、お前どっか怪我してんじゃね?」

 一番お世話になりたくない相手にあっさりバレてしまい、舌打ちをしたい心境になる。

「・・・・・・士官科ですから」

 怪我なんて日常茶飯事。

 そんなに騒ぎ立てる事でもないと彼の手を外そうとしたけれど、更に力を入れられそっちの方が足より痛んだ。

「だーかーら、お前は科学科に来いっつったろうが」

 早良は半ば呆れつつも遠也の体を抱え上げた。足を怪我していることは彼の様子ですぐに解かったから。

 まさか抱き上げられるとは思わなく、彼の意外な行動に遠也は目を見開いた。

「早良!?」

「ちょっと拉致らせてもらうよ」

「馬鹿、下してください!」

 この状態のまま歩き始めた早良に遠也はどうにかこの腕から逃れようとしたが、無理だった。

「歩けない子が暴れないの。ったく、手負いの動物みたいだなぁ。治してやるって言ってんだから抵抗しない」

 何が悲しくて男に姫抱っこされて歩かれないといけないんだ。いい見世物だろう。

 ここから科学科まではそう遠くなかったが、時々会う人の視線の方が足より痛くて、いっそ死んだ方がマシだと思う。

 早良は多分、この状況を楽しんでいるんだろうけれどいい迷惑だ。

「はい、到着」

 ついた部屋は彼の研究室で相変わらずの惨状だった。

 早良が扉を開けた途端部屋に入って来た風で書類が舞い、あちこちでひらひらとしばらく空中を漂い、床に落ちる。

 まだ、白い床がみえているだけマシかもしれないけれど。

 仮眠用に置いてあるソファに座らされ、遠也は仕方なく靴を脱いだ。彼は一応医者でもあるから、

 捻挫の治療くらいお手の物だろうし。

 足に巻かれた包帯に早良は目を瞬かせる。予想通りの反応に遠也はもう観念するしかない。

 驚きの目は段々と怒りに変わっていく。

「何コレ。お前、テーピングの基礎忘れた?」

 素人が巻いたとしか思えない包帯の巻き方に早良が率直な感想を口にしてくれる。

「こんな巻き方じゃ駄目だ。悪化するぞ」

 包帯を巻いた足を持ち上げて早良は遠也に厳しい声で忠告した。

 こんなやり方を教えた覚えは無い、と言いたげな口調に遠也は何も言えない。

「・・・・・・わかってますよ」

 ただ、自分が怒られるのは理不尽な気がするので小声で反抗はしておいた。

 それに早良は一瞬怪訝な表情を見せたけれど、すぐに何かに気がついたようで顔を背けている遠也に

 むかって意地悪い笑みを向けた。

「成程。お前が巻いたんじゃないんだな」

「・・・・・・まぁ、そういうことです」

「ふーん。三宅くん辺りかな」

 もう一人、日向翔という候補も早良の頭の中で上がったが、話を聞く限り彼は昔陸上をやっていたというから

 テーピングのやり方は習得できているはず。

 だからすぐに大志の名が上がる。

 早良の指摘は大当たりで、遠也は無言で正解だと伝えた。

「だよなぁ、この俺が知識を叩き込んだお前が、こんな巻き方するわけないよなぁ」

 その包帯を解きながら早良は妙な自信をつけていた。

 それってどうなんだ、といつもなら意義を申し立てているところだけれど、今日は口を出す気分にはならず

 遠也は黙っていた。

 今日はこちらの立場の方が弱い気がする。何となく。

「駄目だぞ、遠也」

「・・・・・・」

「捻挫はくせになるから、きちんと治しておかないと。一般常識範囲だ」

「・・・・・・わかっていますよ」

 わかってはいるけれど。

 一生懸命包帯を巻く大志の姿を見て、その巻き方は違うなんて茶々を入れられるわけがない。

 はぁーと深いため息を吐くと、早良は何故遠也が彼に文句を言えなかったのか察したらしい。

「遠也も随分と優しくなったな」

「・・・・・・そうですか?」

「だって、俺がもし間違った治療法をしたらお前文句言うどころか殴るだろ」

「そりゃ貴方は博士号を持つ医者じゃないですか」

 そんな事になったら医療ミスで訴えている。

 でも、相手は大志。医学的知識があまりない彼だ。

 ここで文句なんて言ったら、平謝りをされるし彼の自信を失わせかねない。

「俺に対する愛が足りない気がするよ、遠也」

「元々無いもの求められても困るんですが」

「ほらやっぱり愛が足りない!!」

 だから元々そんなもの無いと言っているのに。

 嘆く早良はすでに治療を済ませていた。大志とは違い、綺麗に包帯は巻かれていた。流石。

「遠也、次からは怪我したら俺のとこに来い。研究中だろうが何だろうが構わないから」

「は?自分で出来ますよ」

 今回は大志が必死だったから任せただけで、いつもは自分で適当にやっている。

 大体、他学科まで怪我をしたたびに来れるわけが無いじゃないか。

 けれど迷惑そうな遠也の視線にも早良は折れなかった。

「ダメー。俺の大事な遠也をこんな包帯の下手なヤツに任せてなんかられないんでね。今後は彼に任せないで

 俺のとこに来なさい」

「別にいつも任せてるわけじゃ」

「分かれよ遠也。俺は妬いてるんだって。まさかあーんなに他人に厳しかった遠也君がこーんなに社交的になるとは

 思わなくってさぁ。おにーさん焦っちゃう」

 妬く、とか焦る、とか何を言っているんだか。

 心底呆れて遠也は冷たい視線を早良に投げ付けた。

「貴方はお兄さんではなくおじさんという年代でしょうが。三十路のいい男が」

「てか、遠也も突っ込みどころはそこかよ。それに男は30からだぞ」

「だったら早く嫁でも見つけてきたら如何ですか」

 部屋の惨状を眺めながら心の底から早く伴侶を見つけてきて欲しいと思う。

「期待は薄いけど今度航空科の女の子と合コンするんだー」

「そりゃ良かったですね」

「・・・・・・妬いてくれないんだ?」

「何で俺がそんな無意味な事をしないといけないんですか」

 靴を履きながら遠也は冷たく返す。試しにちょっと足に力を入れてみたらあまり足に痛みが走らなかった。

 そのことだけは褒めても良い。

「で、遠也?さっきのこと、約束出来る?」

「却下します。そんな時間は」

「あれ?遠也君ってば、俺にそんな口きいちゃっていいのかな?今後一切、遠也に協力しないよ」

 くすくす笑う彼の言葉はまるで脅迫。確かに彼は科学科の職員の一人で、彼から情報を横流しして貰って

 助けてもらっている時もある。が

「・・・・・・それで困るのは貴方じゃないんですか?」

 高い位置に立っている為に表立った活動が出来ない彼を助けているのは自分だ。

 別に、彼に対して横柄な態度を取ったつもりは無い。自分としては真実を口にしただけ。

 でも後ろの壁に早良が音を立てて手をついた時に、思わず体を竦めていた。

 自分は間違った事は言っていない。

 すぐ目の前にある彼の黒い眼に体が後退しようとしたけれどソファの皮布がギシと軋むだけだった。

「随分と自意識過剰なお返事だな。確かに佐木病院の御曹司っていう肩書きを持つ駒はあった方がいいが、

 残念ながら駒は他にも沢山いるんだよ」

 早良のさっきまでとはうって変わった低い声に解かっているという意味で目を細めた。

 解かっている、そんなことは。

 解かっている、けど。

 何となく俯いたら、また早良の声が上から降ってきた。

「なーんて、言ったらどうする?」

「・・・・・・は?」

 顔を上げたら、いつもの人懐っこい笑みを浮かべている早良がいた。

「やだな、俺が遠也に単なる駒なんて言うわけないだろ?こんなに愛してるのにー」

「は?」

「でもたまには言ってみたいじゃん、こういう台詞」

「は!?」

「だって遠也つれないし。おにーさん悲しいよ」

「・・・・・・帰ります」

 色々余計なことを考えてしまった時間を返して欲しい。

 でも時間は取り戻せないから、これ以上無駄に使わないように心がけないと。

 その為にはまず早良と会う時間を大幅に削ればいいか。

 瞬時にそう判断して遠也はドアノブを握った。

 本気でそろそろ帰らないと寮の門限になってしまうし。

「でも、遠也、俺が心配している事は本当。いつでも頼ってくれて構わないから」

 ぐしゃ、と後頭部を撫でられて、彼には敵わないんだと痛感した。

「・・・・・・先程の話、善処させて頂きます」

「政治家みたいな返事するなぁ。どうせなら誓って下さい」

「無理です」

 バタン。

 ドアを力いっぱい閉めて全身で拒否をしめし、遠也は部屋から出て行った。

 善処するって言ってたくせに。

 白衣の胸ポケットから煙草を出して口に咥えて火をつけようとしたら、さっき彼が出て行ったドアが軽くノックされた。

「はい?」

「失礼します」

 顔を覗かせたのはさっきの会話の中心人物だった。

「あの、遠也いますか?」

 遠也と早良が知り合いだと知っていた大志は彼の帰りが遅いのを心配してあちこち探していたようだ。

 で、遠也と入れ違いになった、と。

 勘は良いのに運が悪い。

「さっきまで居たけど、帰ったよ、今」

「え、今ですか?」

 じゃあ追えばすぐ追いつくだろうかとでも思ったのだろう、彼は廊下の向こう側を伺い、慌てた様子で頭を下げる。

 ちょっと位邪魔をしても、罰は当たらないだろう。

「三宅くん」

「え?」

 すぐに走り出そうとしていた彼はまさか呼び止められるとは思わなかったのだろう。驚きと同時にどこか

 迷惑げな目を向けてきた。

 その視線が何だかとても愉快だ、と思うのは人が悪いのだろうか。

「包帯くらいちゃんと巻けないヤツに遠也は任せられないなぁ」

 後で遠也に大人げ無いとか怒られるかも知れないけれど。

 大志の段々大きくなる眼を眺めているのが、今一番のストレス解消法。



「あの子は俺の最高傑作だ。そう簡単には渡さないよ」



 実際、駒には違いない。

 でも、その中でも彼は頭脳も技術もトップクラス。

 すでにそう簡単に手放せる存在では無くなっているのも事実。

 いきなり出てきた人間に、掻っ攫われるのは困るわけで。



 残念でした。



 ふっと笑ってやると彼はドアを強く閉めて走っていたみたいだった。足音が壁越しでも聞こえてきたから。

「若いねー」

 苦い煙草の煙を吸いながら笑ってみたが、多分そんな子供相手に威嚇する自分もそれ相応に若いのだろうけど。





 早良と遠也はどっちかと言えば親子に近い関係かなーとか・・・・・・とか。
 でもデキててもいい気がしてきた(コラ
 三角関係どころかもう一人参戦して四角関係になるかも知れません(ワォ
 1.「誓えるな?」6.手負い17.わたさない
 色々突っ込めちゃったってば(私信