Aタイプ

予告状が来た。


相手は、今をときめく怪盗から。

若い女性に大人気、ってことは多分美形?

まぁ、それは突っ込みをしてもどうしようもないから良いとして、彼はどうやら俺が持っている母親の形見のロザリオをご所望らしい。

しがない学生である俺は父親と警察が慌てている姿をぼーっと眺めているしかなかった。

予告状の時刻まで後30分。



「あぁ、どうしましょうどうしましょう」

そう言って慌てている老紳士は俺の親父。

普通より裕福な家庭であるウチの親父はこういう厄介事に慣れていない。

アレだ、一代で大企業を築いた人間は狡猾だけれど、代々金持ちの人間はのんびり系ってヤツ。その話はあながち嘘じゃない。

「どうもこうも・・・・・・大丈夫ですよ、早間さん。我々警察が全力でお守りします!」

そう胸を張って言うよれよれのコートを着た刑事は、どうやらその怪盗の担当をしているらしい。

でも、今まで怪盗が起こした事件件数は13件。いずれも怪盗の勝利。

ま、彼らが今回役に立つとは思えないわけで。

「おい、お前、彼の警護についてやれ」

その刑事は近くに居た警官に俺の警護につくよう指示をした。

別に要らないんだけど・・・・・・。

その警官があたふたと俺の隣りにやってくるのを横目で見つつ、手元にあったパソコンを開く。

騒がしい周りの空気に流される事なく俺はひたすらカタカタとノート型のパソコンのキーボードを叩いた。

こんな馬鹿みたいな喧騒に巻き込まれるのは正直ごめんだが、母さんの形見であるものを盗まれるのは嫌だ。

大体、こんな現代社会で怪盗だなんて、馬鹿馬鹿しい。

パソコンの時刻を見ると予告状の時間まで後2分。周りの緊張も高まる。

思わず、胸から下げていたそのロザリオを強く握り締めていた。


ジリリリリと侵入者をつげるベルが高らかに鳴り、それに刑事が表情を険しくさせる。

「どこだ!」

「A地点からです!」

「よし、行くぞ!!」

猪突猛進とはきっと彼らの事を言うんだろうな。

正しいのか解からないその情報を信じて彼らは全員でその地点へと向かった。親父までついていっている。

それを見送ったのは俺と、もう一人。

「じゃあ、予告通り頂いていきます」

鮮やかな動作で彼は俺の首からロザリオを取り外した。

今まで俺の隣りに居た警官が、だ。

「お前・・・・・・!」

その腕を掴もうとした瞬間、煙が舞い上がる。それに気を取られて思わず目を閉じてしまい、気が付いたときに彼の姿は無かった。


やられた。


でも、これで終わらせたりはしない。

ぐ、っと手を握り俺は外へと足を踏み出した。



満月が照らす夜の道。

道と言っても、怪盗専用の道である屋根の上。

家主の人には悪いけれど勝手に登らせてもらった。

だんだんと近付いてくる人影を確認して、俺は立ち上がる。こちらに気が付いた彼はこの屋根に飛び移ってすぐにその足を止めていた。

「遅かったな、怪盗さん」

「君は・・・・・・」

黒いマントにシルクハットなんてお決まりの格好してるなよ、怪盗。

驚く彼に向かって、俺は手を突き出していた。

「捕まりたくなかったら今すぐ返せ」

パソコンっていうのは本当に便利なもので、今までの彼の逃亡ルートを入力しただけで共通の道を導き出してくれる。全てのルートの線が結びついたのが、この家の屋根の上だったというわけだ。

黒い姿のヤツをじっと見据えて手を伸ばす俺に、彼は肩を竦める。

「困りましたね・・・・・・すでに私が奪ったものなので所有権は私に移ったのですが」

「移るわけねぇだろ!俺のもんだっつーの!!」

天然なのか悪意のあるボケなのか、それとも本気でそう思っているのか・・・・・・っていうか本気でそう思っていたらぶん殴る。

「それは母さんの形見なんだ!」

他のものだったらいくらでも持っていけばいい。ウチは結構金持ちだから他にいくらでも金目のものはある。なのに、何でよりによってそれだったんだ。

こちらの悲痛な叫びに流石の犯罪者も動揺したらしい。

「そうなんですか?」

「そうなんだよ!」

「うぅーん・・・・・・返してあげたいところですが、困りましたね・・・・・・」

「何が困るっていうんだ。つか、俺のもんだっての」

「このロザリオは歴史的にも価値があってそれを理解出来るのはこの私」

「歴史なんて知るか。母さんとの思い出っつー価値が俺にはあるんだよ」

「ははぁ、成程成程・・・・・・」

何だか会話が全然進展しない。

イライラしながら屋根の上を大またで歩いてヤツの腕を掴んだ。彼は考えに集中していて、俺が近付いていることに気が付かなかったらしい。

仮面の下の目が大きく見開かれる。驚いたのならいい気味だ。



「君、なかなか可愛い顔していますね!!」

「はぁ?」

物凄い勢いでがしぃっと顔を白手袋をつけた両手で掴まれた。つか、今コイツなんて言った!?

「可愛いなぁ。物凄く私好みですよ」

「は、はぁ・・・・・・そりゃどうも」

何だかいきなり熱っぽく語り始めた怪盗に思わず礼を言ってしまう俺って・・・・・・。

「お名前は?」

「は、早間、颯太・・・・・・」

「颯太くん、ですね」

にっこりと笑う彼の顔に近距離だった所為か思わず魅入ってしまった。

多分、仮面の下の顔は美形なんだろうけど・・・・・・。

「では、颯太君。これは惚れた弱みということでお返しいたしましょう」

盗んだロザリオを彼は俺の手の中に押し当ててきた。それが嬉しくて、彼の台詞の中の問題発言を聞き流してしまう。

「よかった・・・・・・」

半分ダメだと思ってたから本当にほっとする。

「その代わりと言ってはなんですが」

「え?」

またあの手袋が俺の頬に触れて、何とも軽やかな動作で彼は身をかがめ、こつりと彼の仮面が俺の額に当たった。

・・・・・・当たったのは、仮面だけじゃない。

「今日も良いものを盗めました」

彼は俺から一歩離れてうやうやしくマントを片手で広げて頭を下げる。

盗んだって、何を・・・・・・なんて間抜けなことは聞けないだろう。

「お、お前・・・・・・っ!!」

キスされたキスされたキスされた!!

思わず口を手で押さえて、マントをはためかせているヤツを茫然と見る。

何で?何でだ!!

「それでは、ごきげんよう。颯太君。また今度」

ボンッ。

何かが爆発する音と共に白い煙が俺を包んで、ヤツの黒い姿が全く見えなくなった。

「ちょ、待て・・・・・・っ!!」

大口を開けて叫んだら、その煙を思い切り吸い込んでしまった。ゴホゴホ咳き込んでいたらその煙が消えていく。当然のようにヤツの姿は無かった。

し、信じらんねぇ・・・・・・!!

「ふざけんなぁぁぁぁ!!」

満月の夜空に俺の遠吠えが響き渡る。

多分ヤツの耳にも届いているんだろうけれど、これを聞いてにやりと笑うヤツの顔しか想像出来ず、更にムカついた。