「バレンタインだね」
「誰にあげる?」
「やっぱり甲賀くんかな……レベル高いけど」
「こんな時じゃないと勇気出せないもんね」
教室の隅から聞こえてきたそんな会話を耳にして、村上くるみは笑いを堪え切れなかった。
「なんか、ご機嫌じゃない?くるみ」
友人の一人である影山恵里に話しかけられ、上機嫌に「そう?」と笑顔を返す。この学校に入る前はモデルをしていて、男達に持て囃された笑顔には自信があった。
幼さが残る大きな眼が印象的な顔に、容姿に不釣合いな程大きな胸はこの学校の男子の眼を引いている。その事が彼女に更なる自信を与えていた。
「まぁね。今日はバレンタインじゃない?せっかく良い男が揃ってるんだから最高の恋しないと」
グロスで光る唇を笑みに歪める彼女の様子はどこか勝ち誇っていて、また誰か顔が良い男に告白でもされたのか、と友人は判断した。
「何、バレンタイン前に告白されたの?誰に?」
「まだされてないけど、される予定」
今まで何度も男から告白された事のある村上には、誰が自分に好意を持っているのか察する事は簡単だった。その相手に色目を使い、恋の駆け引きをするのが彼女の趣味だ。同性にはそんな彼女を良く思わない人も多いが、残念ながらだまされる男の方が多かった。
「ふぅん、誰に?」
けれど、今回彼女が自信満々に笑ってから口にした相手には、彼女の話を聞き流していたクラス内が一瞬静かになった。
「甲賀克己よ」
「また村上くるみ変なこと言い始めたね……」
教室の端で彼女の爆弾発言を聞いた若生上総はため息を吐いた。自意識過剰な面を持つ村上には悪い感情を持っているわけではないが、良い感情も持っていない。呆れながら呟いたが、友人の古河都は興味ないという目でちらりと一瞥しただけで、何のコメントもくれなかった。彼女は男に興味が無いからそんな反応でもしょうがない。
「馬鹿ね。甲賀くんには日向君がいるのに」
けれど、友人の一人である高瀬希乃の眼鏡を光らせながらのコメントは間違っている。
「希乃……あんたねぇ……」
「何言ってるのよ上総!折角のバレンタインよ、折角良い男が揃ってるんだから萌えないと!」
そのバレンタインの楽しみ方は女として間違っているような気がするが、本人は楽しそうだったから何も言わないでおいた。
「どんなネタが良いかな?チョコに何か薬でも混ぜておくのが常套手段だよね?猫化女体化子供化それとも媚薬がいいかな!?」
興奮気味に訴えられても正直困るのだけれど。
「いや、あの希乃……妄想で留めておいてね?」
媚薬は一番笑えない上に一番実行可能な薬だ。彼女の妄想に付き合わされる相手が可哀想で、思わずぶっ飛んで行きそうだった高瀬の肩を掴んでいた。
「あら、あんた達甲賀くんにチョコあげるつもりなの?」
緩いウェーブがかけられた髪を揺らしながら、さっきまで楽しげに高笑いをしていた村上がこっちにやってきた。
「残念だけど、彼、私に気があるみたいなのよねぇ」
「あ、そう……よかったね」
それ以外にどう反応すれば良いのかわからず、上総が当たり障りのない返事をすると、彼女は眉を寄せて鋭い眼で睨みつけてくる。何でそんな目で見られないといけないのか。
「愉快な妄想じゃない。なんか、あんた可哀想だね、村上」
ふん、と鼻で笑ったのは高瀬だったが、彼女に妄想と言われてしまったら終わりだと思うのは自分だけだろうか……。
希乃、あんたも充分可哀想だよ、と心の中で呟かずにはいられない。
村上の方は、高瀬の言葉に怒るかと思ったが、反対に高笑いをした。
「妄想じゃないわよ。私、甲賀くんに助けてもらった事あるもの」
2ヶ月くらい前のことだった。村上が階段を下りているとき、誰かと肩がぶつかり、転げ落ちそうになったところをあの甲賀克己に助けてもらった。その時、彼は下のほうの階段にいたのにも関わらず、急いで駆け上がり助けてくれたらしい。
他人にあまり興味を示さないという噂の、甲賀克己が、だ。
「ここ2ヶ月、あっちから告白するの待ってたけど、意外と照れ屋なのね、彼。バレンタインでチョコを渡して、告白しやすいようにしてあげるの」
きゃ、と彼女は笑い、周りでその話を聞いていた女子の中には絶望的な表情になっている子も何人かいる。罪な男だ、甲賀克己は。
「楽しみだわー」
ほほほほほと笑いながら去って行く彼女の背を茫然と見ていたら、高瀬の手が上総の肩を掴んだ。
「希乃?」
「負けてられないわよ、上総……!とにかく何か混入させてチョコ渡さないと、甲賀くんがあの女の餌食になってしまう!」
混入は決定事項なんですか。
「って、甲賀くん、チョコ受け取らないって話じゃない?」
警戒心が強いのか、甲賀克己は他人から貰ったものをそう簡単に口に運ばない、と聞く。けれど、高瀬にとっては計算済みなのか、にやりと笑い、チッチッチと指を横に振ってから親指をつきたてた。
「日向くんにあげればいいでしょ。日向くんに食べさせればいいんだから」
女の子は容赦ない。
さて、と村上くるみはさっそくお目当ての甲賀克己のいるクラスにやってきた。
先手必勝。さっさとチョコを渡しOKを貰う。そんな図式が彼女の頭の中では成立していた。自分がさっさと彼を手中に収めてしまえば、放課後に渡そうとしていたライバル達の鼻をあかすことが出来る。悔しそうな同性の顔を見るのもまた一興だった。
ひょこっと教室の中を覗くと、奥の窓側の席に彼はいた。これまた色々な方面で有名な矢吹いずると篠田正紀が彼の前にいて、なにやら会話を交わしている。
矢吹いずるも篠田正紀も前に何度か声をかけたことがあるが、二人共気付いてくれなかったという過去がある。だが、甲賀克己が自分に眼を向けたら、彼らも気にかけるだろう。そしたら、いい男3人で自分の奪い合いが……!とまで妄想を繰り広げていた時だ。
くるりと甲賀克己がこっちを振り返り、眼が合ったと思った瞬間微笑んだ。
「えっ!」
滅多に見ない美形の微笑みに思わずドキリとしてしまったが、あんな微笑を向けられるのだから矢張り彼は自分に気があるのだ。間違いなく。
「甲賀く……」
「翔、お前大丈夫だったか?」
「大丈夫大丈夫。克己も心配性だな」
スッと村上の横を通り過ぎた少年が苦笑しながら彼に近寄っていく。どうやら、彼は自分ではなくその少年に微笑みかけたようだった。
「うぉ。日向お前結構傷負ったなぁ」
「岩場で転んだのは不運だったな。足場悪いんだし、気をつけろよ」
篠田正紀や矢吹いずるも口々に言うように、その翔という少年はあちこちに絆創膏や包帯を巻いていた。
「うん。悪ぃな、心配かけて」
「ほんと、日向に怪我されっとマジ痛々しいからなー」
正紀がよしよしと少し低い位置にある翔の頭を撫で、
「癒しっ子がそんな怪我するとあんまりいい気分じゃないよなぁ」
いずるが翔の肩に両腕をまわした。
状況をよくわかってない翔はされるがままだったが
「おい……お前ら」
克己の僅かに引き攣った声に、二人はほぼ同時に彼に視線をやり、笑った。
「なに、羨ましい?」
見事な台詞の被りっぷりに、遠目で見ていた大志は「出た、日向を弄って甲賀で遊ぶの技。あの悪ガキーズには流石の甲賀も勝てないな!」と心の中で呟く。
クラスの中では何てことない一こまだったのだが、始めて見た彼女からしてみれば、その衝撃は大きかった。
あの子、良い男三人に奪い合いをされている……!
羨ましいような悔しいような感情を抱えながら、残念ながらチャイムが鳴ったのでクラスに帰るしかなかった。
まだ、時間はあるから、大丈夫……なはず。
即告白は危険だ。彼の身辺調査と好みの調査をやらないといけない。
データが揃ったら、放課後に告白しよう。
→名もなきクラスメイトAを捕まえる。