篠田正紀を発見。

「いずる、これ」
 誰もいない教室で、親友であるいずるに四角い立方体の箱を正紀は渡した。
 それをいずるは眉を寄せて受け取る。
「何だこれ。俺モテます的主張?」
 はっと呆れた感じで鼻で笑われ、正紀は慌てて否定した。
「違ぇよ。俺から、お前に。400円のチョコレートですー」
「……値段は言わないのが礼儀だろ、馬鹿」
 それでもまんざらではない様子で、いずるは手の中でその箱を弄っている。その口元がどことなく嬉しそうなのは、きっと気の所為では無いはずだ。
「なぁ、いずる。ホワイトデーは三倍返しだって、知ってるか?」
 けれど、正紀のニヤニヤ笑いに何かを察したようで、手の動きを止め、呆れたようにいずるは息を吐く。
「何が欲しいんだ」
「新しいTシャツ。この間、見つけたTシャツすっげ気になるんだよな。背中に独眼竜って」
「はいはいはい、お前の面白Tシャツ集めは知ってるが、俺に趣味の悪いものを買わせるな。選ぶ権利は俺にある」
「なんだよ、買ってくれたらお前にも貸すのに」
「断固拒否する」
「ちぇ。つまんねぇの。ま、値段は安いけどそのチョコ結構美味いからさ、喰えよ。お前、甘いの好きだろ?」
 いずるが実はかなりの甘党である事を知る正紀は、毎年バレンタインにチョコレートを渡していた。いずるもいずるで結構もてるのだが、彼に本気になりすぎた女の子はチョコレートや食べ物ではなく、手編みのセーターやマフラー、香水など、そういったものを渡してくる事が多い。毎年、プレゼントの中身を開けてはチョコレートじゃないとどことなくがっかりする親友への気遣いでもある。
 彼の家では、あまり甘いものが食べられないと彼自身の口から聞いていた。食べられても、落雁や餡子などで細工されたチマっとした和菓子。嫌いじゃないが、「俺は思いっきり喰いたいんだ!」と嘆いたいずるが所望するのは洋菓子であるケーキやチョコレート系。友人である自分が言うのもなんだが、甘いものを欲しがる彼の姿は哀れだった。
「正紀、悪いな」
「気にすんな。ダチだろ?」
「実は、毎年貰ってばかりじゃ悪いと思って、俺も今年は用意しておいたんだ」
「え?」
 そっといずるが取り出したのは、何だか立派な包装紙に包まれた箱。詐欺師の眼を受け継いだ正紀には一目でそれがかなり値の張るものだと解かった。いや、詐欺師の眼を継いでなくても、庶民の目であれば誰でも気付けることだろうが。
「チョコレート専門のパティシエに特別に作らせたものだ。純金箔をふんだんに使ってさらに幻と言われるブランデーを惜しみなく使い、カカオもパティシエ本人が厳選したものを使っている。一粒あたり5千円の価値はあるぞ」
「うっ!チョコレートが光り輝いて見える!!てかお前コレ自分で食えよ!」
「酒が入っているチョコレートは好きじゃない」
「変なところでガキだな!」
 だったら酒抜きで作らせればいいのに。
 ブツブツと文句を言いながらその一粒五千円を口に出来るあたり、正紀も金持ちの友人との付き合い方に慣れてきている。勿論、値段相応かと言われたらよく解からないが、美味いチョコレートだった。
「俺こんなのよりチョコレートそうめん喰ってみたいよ……」
「なぁ、正紀」
「何だよ」
「ホワイトデーは三倍返しだったな」
 少なくとも、いずるがこんなことを言い出す時までは、美味いチョコレートだった。
「か、カンベンしてくださいよ、いずるさん……俺庶民だし」
 三倍っていくらだ?とりあえず、一粒5千円で、三倍だから1万5千円?それが1.2.3……数えたくない。
 青ざめる正紀に、いずるは意地悪い笑みを浮かべた。
「ま、期待せずに待っている」
「待つな!マジで待つな!!」
 あわあわと慌てる正紀を眺めながら、いずるは上機嫌で彼から貰ったチョコレートを口に入れた。人が悪いと言われようが、正紀で遊ぶのは楽しいのだから止められない。
 が。
 口の中に広がった苦味に、いずるは口を押さえ思わず立ち上がっていた。勢いがつきすぎて、椅子が背後でけたたましい音を立てて倒れる。
 しかし、そんな事には構っていられない。熱くなってきた目で正紀の方を見ると、彼もまた、意地の悪い笑みになっていた。
「まさ、き……!お前っコレ……!」
 喋ると舌が動き、殺人的な苦味が広がる。
 ぐっと涙を堪えるいずるの姿に正紀はしてやったりと笑った。
「ふふーん。カカオ99パーチョコレートを溶かして固めて冷やしました!!」
「バカお前!!くっそ……!何こんな手の込んだ真似しやがる!!」
「庶民舐めんなよ。俺は庶民的な悪戯に命かけてる!」
「ロクなことしないな、マジで!!そういえばお前去年も唐辛子にチョコレートかけて渡してきやがったな!!」
 蘇る昨年の悪夢は、どうして今まで忘れていたんだろうといずるは己の軽率な行動を悔やんだ。だが、今更遅い。
「いずる、来年も楽しみにしてろ!」
「正紀、お前マジで覚えてろよ!!」


 篠田正紀を探しにこの教室に来たは良いものの、なんだか彼らのやりとりを村上はドキドキしながら見ていた。
 なんだ、結局はギャグオチなのね、と何故か残念に思い、その場から離れようとした時
「女の子でホモが嫌いな人はいませーん」
 そんな、高瀬希乃の声が聞こえてしまった。

 おしまい。
 正紀といずるのバカED。
 正紀といずるの色んな意味でギリギリな関係が大好きです。
 迷言ですよね→「女の子で〜」(笑)

m