薬を貰って克己のところへ行く。
「甲賀くんコレ食べてください!」
翔が克己との待ち合わせ場所まで来たら、そんな声が聞こえてきた。どうやら、女の子に捕まっているらしい。
少し遠い茂みに隠れて、その様子を眺めている事にした。邪魔しては克己より女の子に悪い。
女の子の方は、確か男子の間でも人気のある村上ナントカという子だ。流石克己、と思っているとなにやらもめている様子だ。
「悪いが、受け取れない」
「っていうか食べるだけ食べて!今すぐ!!」
村上の必死さが遠くにいる翔にまで伝わってくる。恋する女の子は一生懸命だ。まさかその場で包装を破って、中身を克己の口元まで運ぶなんて……凄い度胸だ。克己の方も必死に拒否している。
これは、もしや助けに出ないといけないのだろうか。
「お。何か、面白い事になってるじゃねぇか」
「篠田!」
いつからいたのか、正紀が隣りで一緒に克己の一騒動を見物していた。人の悪い笑顔を浮かべて。
「おい……克己が大変なのに、面白い事とか言うなよ。人が悪いぞ」
「助けに行かない日向も人悪いんじゃね?」
「今助けに行こうと思ってたの!」
ガサッと音を立てて茂みの中から立ち上がり、彼らの方に行こうとした、その時
「こーうがさーん!!」
「ぐはっ!」
後ろから来た何かに突き飛ばされ、茂みに倒れこみそうになったところを正紀の腕に助けられる。
一体、何なんだ。猪にでも突き飛ばされたような衝撃だ。
「甲賀さんには僕がいるんだよ!どきな、女!」
「きゃ!ちょっと何よ、アンタ!」
困惑していると、女の子の軽い悲鳴に、克己の「うっ」という低い呻き声が聞こえてきた。
「本上だ……」
正紀の呟きに頭痛を感じた。そうだ、本上だ、このテンションと声は間違いなく、克己に恋する乙女……ではないが、極めてそれに近い美少年、クラスメイトの本上夕喜。
そうですよねぇ、バレンタインですもんねぇ、頑張っちゃいますよねぇ、本上さん。
翔と正紀は一歩引きつつ、本上がキラキラのラッピングが施されたハート型のチョコレートを渡そうと必死になっている場面を眺めていた。
「……なぁ、篠田、こういう男が男にチョコレートを渡す日常に対して驚く事が無くなった俺って、もしかしてヤバイ?」
「ヤバイヤバイ。相当ヤバイ。実は俺もヤバイ」
いや、本上だし、克己だし……と二人で言い訳を口にしつつ、茂みから顔を出すことがなかなか出来なかった。現実を直視する勇気が無い。
それでもそろそろと顔を上げてみると、唖然としている彼女の前で、本上は克己にまとわりつき、克己はそんな彼を片手で制止しつつ、もう片方の手で口元を押さえて、眼を強く閉じている。心なしか、顔も青ざめているような。
「あ」
「どうした、日向」
「克己、チョコレート喰ったっぽい」
多分、本上の突撃に驚いて、思わず口を開けてしまったところに彼女から押し付けられていたチョコレートが入ってしまったのだ。克己は甘いものが苦手なようで、好き好んでは食べない。あの様子を見ると、本当に駄目らしい。
「へぇ、そんなに苦手なのか、甘いの。イメージどおりっちゃイメージどおりだけど。甲賀も人並みに嫌いなモノあったのか。人間らしい面初めて見た」
「うん。克己、チョコレートはカカオ99%のじゃないと喰えないって言ってたし」
「アイツ化け物だな」
前言撤回。あんなの素で喰えるなんて、むしろそっちの方が驚きだ。
正紀は新発売ものや噂の商品は必ず試してみるタイプで、誰よりも先にパーセント表示がされているチョコレートを口にしたが、99%はすでに人間の食べ物じゃなかったことを記憶している。
「甲賀さん!僕の愛、恥ずかしがってないで受け取ってよ」
本上は彼が甘いものが苦手だということを知っているのか知らないのか、チョコレートで苦しんでる彼にチョコレートを突きつけている。化け物だろうが何だろうが、気の毒なものは気の毒だ。
助けにいくか、と翔が重い腰を上げた時だ。
「本上……!」
とうとう我慢の限界か、克己が声を上げた。あ、怒る。正紀と翔はほぼ同時に思った。が
「なぁに、甲賀さん」
ようやくこちらを見てくれた克己に、きゅるんとした眼を向けた本上に、彼の体が硬直した。しばしの無言の間にも、本上はキラキラとしたピンク色の空気を彼へと向けている。
「……本上」
あれ?
克己の声がどことなく甘いのは、気の所為かと翔が首を傾げそうになったその時、彼は本上の小さな手を握り、輝かんばかりの笑顔を向けた。そして
「愛してる……」
……ってえええええええー。
「こ、甲賀さんっ!?」
驚きと喜びに顔を紅くした本上の体を彼は抱き締め、その耳元でなにやらむず痒い事を言い始める。
「お前は本当に可愛いな。こんなに近くに最高の相手がいたというのに、俺はなかなか気付けなくて……すまない、本上……だが、愛してる、心から!」
「甲賀さん……!うそ、夢みたい!!」
がしっと熱い抱擁を交わし、ピンク色のオーラを垂れ流す二人を、他3人は唖然とした眼で見ていた。
「うそ、夢みたい……」
正紀が本上と同じ台詞を茫然と呟いたのが後ろから聞こえてきて、魂が半分抜けかけていた翔はようやく我に返った。
が、我に返っただけで、頭の中は混乱していたが、精一杯整理に努めた。
本上が、克己に告白し、ようやく長年の恋心を成就させた。というのが今のこの現状だ。よくよく考えなくても、これはもしかしなくても良い話なのではないか?
「お、おめでとう?」
とりあえず拍手をしておこうか。
「って、日向そこ拍手しちゃうのかよ!!」
ぱちぱちと手を叩き始めた翔の行動に驚かされた正紀は思わず突っ込みをいれていた。
「良いのか、これで!」
「え、いーんじゃない?これで……ていうか、ぶっちゃけ一番収まる所が収まった、って感じじゃね?」
「そう言われればそうかも知れないけど……どうすんだ、これじゃ主人公本上になるんじゃ。そうなったら俺がクラスメイトその1その2的な扱いになるだろ!それだけは……それだけは!!」
「いやいや、篠田君、何の心配?」
とりあえず拍手はしながら会話をしていると、気付いたらあのチョコレートを押し付けていた彼女は消えていた。そりゃ、目の前で想い人が男とくっ付いたら誰だってショックだろう。
ついさっき成立したカップルは誰に見られても構わないというラブラブっぷりを見せつけている。
「本上」
「克己さん」
お互い甘い囁きで名前を呼ぶのを見て、翔はため息を吐いた。
もう帰ってさっさと夕飯食べて、さっさと寝よう。早く2月15日になればいい。
チョコレートなんて二度と見たくなかった。
おしまい。
BADED!というのは本上に失礼でしょうか(笑)
今回のEDの中で一番書いてて楽しかった、です……。
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