翔と一緒に行く。
村上さんという人の噂は何度か聞いたことがある。顔が可愛くて胸がでっかくて、男の間では結構話題に上る子だ。
そんな噂の子を連れて、俺は克己のところに向かっていた。彼女に会った時の剣幕は物凄かった。
「アンタが日向翔!?」
「男のクセにそんな紛らわしい顔してんじゃないわよ!」
「だから甲賀くんもだまされたのね!」
キンキン声での罵声に耳を塞ぎたくなったけど、話を聞いてみれば、……林の奴、適当な事言いやがって!!
林は、俺と克己の事を気に入っているようで、俺らにちょっかい出す女の子が気に入らない。だから、偶に告白しようとしてる子に、適当なネタを吹き込んでいるらしいっては聞いてたけど、まさか本当に適当なネタ吹き込んでたとは……!いつか殴ってやる!!
そんな決意をしつつ、克己との待ち合わせ場所についた。先に来ていた克己は、こちらを振り返り、思いっきり眉を顰めた。多分、俺の後ろにいた彼女を見たから。
「克己、遅れてごめ……ぐはっ」
「甲賀くん!」
後ろにいた彼女は俺を突き飛ばして、克己の前へと立つ。まぁ、良いけどさ……女の子って怖い。泣きたくなる。
姉さん、貴方みたいなお淑やかな女性はもう絶滅危機にあるんでしょうか……。多分背中に彼女の紅い手形が出来てます。鏡で確認したら、女性不信になりそうです。
「私、甲賀くんが……」
「悪いが、それは受け取れない。おい、翔帰るぞ」
ってか克己お前も瞬殺かよ!
台詞を最後まで聴かずに断る親友には非情さを感じたが、克己の声から僅かに怒りを感じてそれを咎める気にはならなかった。そりゃ、ようやく女の子の波から抜けられたのに、俺が女の子連れてきちゃあ怒るよな……。
「待って!貴方このあいだ私のこと助けてくれたじゃない!忘れたの?」
「……は?」
村上さんは克己の腕を取って……おぉー、最近の女の子は積極的ですね。親友のキスシーンを目の前で見せられ、気まずい笑みを浮かべるしかない。
触れるだけのそれを済ませた彼女は色っぽく「思い出した?」と甘い声で囁いたけど、克己の方は平然とした顔だ。
「……いや、全然」
あ、馬鹿。
彼女の綺麗に描かれた眉が吊り上げるのを見て、俺は身を竦めた。彼女の怒りのオーラがこっちまでビンビンと伝わってくる。
「半年くらい前に、階段から落ちそうになったところ、助けてくれたじゃない!」
「……階段から……?あぁ……」
そしてようやく思い出したらしい克己に、彼女はほっと安心する。が、克己の方は何故か彼女と俺を見比べ、少し考えるような風だった。
「もしかして、髪、最近切ったか?」
克己は村上さんのウェーブのかかった肩より少し短い茶色の髪に眼をやり、彼女はそれに眼を輝かせる。ちょっとした変化に気付いてもらえると、女の子は結構喜ぶ。
「うん、そうなのよ……あの頃は、今より長かったわ」
「あの日、後ろで結んでただろう」
「えっ!?そこまでは覚えてないけど……そうだったかも」
そんなことまで覚えていたのか、と彼女は嬉しげだ。あ、もしかしてちょっと良い雰囲気?俺、先に帰った方がいいのかなぁ?
とか、考えていたら、克己が一言。
「間違えた」
「はっ?」
彼女はその言葉の意味が解からなかったのだろう、目が点だ。っていうか、俺も良く解からないんですけど……。
克己は、俺の方を見て、更にもう一言。
「だから、アイツと間違えた。頭しか見えなかったからな」
………。
しばしの沈黙の後、ギギギギと音がしそうなくらい鈍い動きで彼女の首が回り、俺を振り返る。
いや、あの、そんな眼で見ないで……お、俺は何も悪くないだろ!?
「あんた、甲賀くんとは恋人じゃないって、言ってたわよねぇ……?」
「いや、だって実際恋人じゃないし!!」
「じゃあ、なんで、あんたを、甲賀くんが、必死に、助けるのよーっ!!」
「それは……と、友達だから?」
「限度ってもんがあるでしょうが!!バカーッ!」
バシン、という物凄い音が聞こえたのは、それから3秒後。
「何で、俺がこんな目に……」
水飲み場でタオルを冷やして引っ叩かれた頬に当てる。ああ、口の中も切れてるっぽい。血の味がする……。
「克己が変なこと言うから、誤解されただろ!」
隣りで全然すまないとも思ってない馬鹿を睨むと、肩を竦めるだけ。ってか、彼女の俺じゃなくてコイツ引っ叩けばいいのに!
「本当の事だ」
しれっと言うか、お前。
「つーか、女の子のピンチは普通に助けろ。男の義務だ」
「……あんな風に誤解されなければ、普通に助けても良いんだが」
あ、それは言えてるかも。
克己は格好良いから、夢見る女の子はきっとコイツに助けられたら思っちゃうんだろうな、運命だ、とか何とか。
「……俺は、まだ友達と馬鹿騒ぎしてればいいや。彼女はいらない」
「同感だな」
「いや、克己は彼女作ったほうが身の回りが安泰な気がする」
「じゃあ、お前が俺の彼女になればいい」
「俺?あっはっは参ったね、色男の克己君に告白されちゃったーってお前ふざけんなよ」
べしっと温くなったタオルを克己の顔に投げつけて、俺はその場から離れた。克己も、後ろからついてくる。
克己と一緒にいる間はこんな騒がしいバレンタインなんだろうなぁ、と思うと頬がまた少し痛んだ。
この一連の騒動を見ていた林が新たなネタを手に入れて息を荒くしていたことなんて、この時は気付きもしなかった。
おしまい。
一応正規ルートです。お疲れ様でした!
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